おじさんは全年齢にキメさせたい〜魔法少女が来る前に媚薬を健全に使い切れ〜

客砂鈴

おじさんは正義と健全の味方

 私は池照雄司(いけてる おじ)。

 筋トレと少女漫画誌を読むのが趣味のしがない中年男性だ。


 今日は上司の命令で弊社の製品を持って「営業活動」にやってきている。

 この製品をさばき切らなければまたカミナリが落ちたり減給コース。

 上司は私に丸投げな癖してノルマ達成に厳しい、所謂クソ上司の類だろう。言わないがね、私は紳士なので。


 目の前には触手を携えた怪物がいる。パステルカラーの可愛らしくも凶暴な体躯が街に迫っている。

 グロテスクさに欠けてこそいるものの迫力があり、確かに人に害を与えるであろうものは魔法少女の敵にちょうどいい。しかし今では少々活きがよすぎる……。



 そう、私の仕事は魔法少女が来る前の前準備なのだ。



 現代、それはストレス社会。

 人の悪意やら不満やらがなんやらかんやらして怪物が生まれ、街を蝕むようになった。細かいメカニズムはよく知らない、知る必要も無いのだよ末端は。

 ともかく、怪物の被害の減少と人々の心の癒し、それを同時に行えるものとして魔法を扱える可憐な少女達・魔法少女が現れるようになったのだ。

 魔法少女達は華やかな攻撃を放ち、鮮やかに敵を一掃するが一般人には知られてない秘密がある……それは火力不足だ。


 彼女達は攻撃の華を重視されているため野蛮なことをさせられない。出血を伴うダメージを負うこともスカートの下が見えるようなこともあってはならない、彼女達は全年齢に愛されるべき存在だからだ。

 よって少ない動き、エフェクト重視の攻撃が優先される。さらに言うならば彼女達には学業や青春がある、それらも邪魔をされてはならない。浪漫だからね。

 そんなことを考えていたら魔法少女の力だけで倒すのは厳しい、そこで今の世の中、魔法少女の前準備ビジネスが流行りなのだ。


 私の「営業活動」というのは弊社の製品、怪物弱体化専用薬品を魔法少女が来る前に怪物に打ち込むことだ。

 ノルマ分渡された薬品を使い切って速やかに退散し、魔法少女に華をもたせる、それだけの仕事だ。

 いい感じの弱体化で見せ場を作れば作るほど弊社の業績は良くなるらしい、私の給料には関係ないので分からないがね。


 ともかく会社に関してどうこう言っても仕方ない、今日の仕事を始めよう。

 いつものようにトランクを開く、そこには薬品の入った試験管と注射器が入っている。それをセットして仕事開始……なのだが。


「これは……手違いかな?」


 思わず私は首を傾げる。

 いつも透明な液体が入っているはずの試験管にはピンク色の液体が入っている。

 中身の正体を確かめるべく試験管の蓋を開け、手で扇ぎ嗅ぐ。甘ったるい匂いがする。


「おやおやこれは……。」


 嫌な予感がして試験管をくるくると回してラベルを探す、すると小さいものだが



【媚薬】



 と書かれたラベルが貼られていた。



 なんという事だろう、

 最悪の手違いだ。



 こんなものを怪物に打ち込んで怪物が発情して魔法少女にあんなことやこんなことをしようものなら全年齢の体裁は崩れてしまうし、健全な少女達の精神は傷つけられてしまう。ついでに性癖も歪んでしまう、非常にけしからん。


「営業用の製品が媚薬になってます、いつもの製品をすぐ持ってきて貰えませんか。時間稼ぎはしますので。」

『馬鹿が、そんなことしていたら魔法少女が来てしまうだろうが!』

「しかし媚薬を投与すると我が社の体裁的にも大変まずいのでは……。」

『手違いをしたことが社長にバレたら私の体裁が危ないだろ?お前が責任をもってどうにかしろ!』


 とんでもない無茶を言われて電話を切られてしまった、この世の悪はここにあるね。


 しかし一刻を争う状況なのは変わらない。

 ここで逃げて弱体化が足りず、魔法少女が危険に晒されるのもとても気分が悪い。それに給料が出ないのも困る、少女漫画誌の売上に貢献できないからね。


 まずは状況分析から行こう。

 敵は4体。巨人に触手が生えたような姿をしている。

 体長は成人男性の3倍くらいといったところだろうか、1体だけ体色がビビットピンクなこと以外は大体同じ種類の個体だと思っていいだろう。

 上司のしでかし、もとい、人類の悪、ノルマを消費させるべく注射器に媚薬を入れる。


 さて、ここからはスマートに行こう。

 注射器を持って、敵の首筋を狙う。

 ここは筋トレで鍛えた脚力を活かす、今どきの社畜は3mの垂直ジャンプは人権なのだよ。私も若い頃は10mは跳べたのだがすっかり鈍ってしまった、歳だね……。


 続いて、投与後の対応だ。

 強力な媚薬のようで、敵の動きはかなり鈍っている。

 媚薬は判断力を低下させ、発情を促すようにできている。後者の効果さえ無ければ弱体化させるものとしては向いているのだが……。

 発情状態の怪物は非常に危険だ、それはもう穢れた大人の手にするというウスイホンに載るような事態になってしまうだろう。私はそんなもの買ったことがないから噂話から想像する範囲だが。

 この怪物は人間のフラストレーションが生んだ(らしい)ものだ、魔法少女を見たら性欲が刺激されるに決まっている。


 しかし、私は中年男性だ。

 特にガタイの良さには自信がある。魔法少女を愛でたい生き物が、こんなおじさんに対して大半の性欲は向かないだろう。

 だから一先ずは心配無用だ、弱っている状態のうちに頭頂部に対してドロップキックを叩き込む。

 思考回路の切除は重要だ、大人の穢れた思考を魔法少女に触れさせる訳にはいかない。

 喉元にも蹴りを入れる、汚い言葉を聞かせる訳には行かない。声帯を潰しすぎないのがコツだ、そうすれば可愛い声で鳴いてるように見えるからね。おじさんはファンシーにも気を使いたい、できる大人だからね。


 そんな流れで3体の対処が終わった、あとは体色の違う1体だけだ。

 これまでと同じく媚薬の消費から始める、これさえ終わればこのノルマは終わる。


 しかし、油断は大敵、だったようだ。

 その怪物は動きを鈍らせるどころか、ギラギラとした視線を私に向け、追いかけてくるのだ。


「どういうことだ、薬物に耐性がある個体だとは聞いてないが……?」


 後ろに跳んで距離を置きつつも首を傾げる。

 これは完全に計算外、予定が狂ってしまう。

 原因を探ろうとするよりも前に、敵は口を開いた。


『そんな素晴らしいおじ様、逃がすわけないだろう!?』


 そう裏返った、興奮気味の声で言った。


「……は?」


 普段は聞くことの無いようなその言葉に理解が追いつかない。


『ワタシはロリよりおじ派なんだよ!いつもは抑えてるのに急に魅力的に見えてきて我慢出来なくなっちまったよオイ、どうしてくれんだオイ。』

「どうしてくれるんだと言いたいのは私の方なのだがね」

『ワ!声も渋い!好み!』


 徐々に状況を理解する。

 ……どうやら、性癖がズレてる個体に出会ってしまったようだ。

 奴は私を完全に目の敵……というより発情対象にしてしまっているようなのだ。

 奴の触手は私を絡め取ろうとしつこく追いかけ回してくる、上手く距離を詰めるのもこれでは難しい。


『そっちが入れてきたってことは誘ってきた、てことでいいんだよなぁ?』

「そういう邪な発言はよしたまえ、風紀が乱れる。」

『もしかしてピュアおじさん!?』

「黙れ。」


 カチンと来た勢いで声帯を潰そうと喉元に蹴りを入れる。

 しかし脚が喉に届くと同時に手の自由を奪われる、触手に絡まれてしまった。

 脚に力を入れ続けるが、それと同時にどんどん腕にスルスルと触手が這っていく。


『刺激的だなァ、そういうところもいいと思うんだ。』

「ハハハ喧しいな、レーティングを上げないでもらえるかな?」

『嫌だね、このままゴールインしよう、色々乗り越えよう。』

「乗り越えられたら困るのだよ、色々な教育に宜しくないからね……!」


 口では強気に反抗するが流石に気持ち悪い。

 絶体絶命の大ピンチとはまさにこの事を言うのだろうか、死ぬより最悪な目にあいかねない。

 何でも1人でこなして来た中年男性池照、何十年ぶりだろうか、情けない声が出た。



「たすけてっ……!」



 その時、淡い光が見えた。



「何もしてないおじさんを巻き込むなんて、この魔法少女がゆるさないわ!」


 鈴の鳴るような声。

 華やかな衣装。

 鮮やかなステップ。

 煌びやかな攻撃。



 ──魔法少女だ。



 魔法少女がやって来た。



 ここまで来たなら勝利は確定演出、奴の言葉通りなら魔法少女には通常通り弱体化されてるように見えるはずだ。

 魔法少女の手によって引き剥がされ、私の身の安全も保証される。しかし、私にはまだ1つ不安があった。


 声帯潰し、それが間に合ったかどうかだ。


 頭を潰せていない以上、私に対する発情状態は解けていない。さっき以上の不健全な、将来の性癖を歪めかねない発言をこの子達に聞かせてはいけない。

 それが出来ていなければ私はこの仕事のベテランとして失格だ、クビどころか死んで詫びなければならない。


 魔法少女の必殺技を食らい、浄化される直前の一声。

 それで全てがわかる。

 思わずごくりと唾を飲んだ。


『ピ……』



『ピギーーーーッッ!!』



 そんな甲高く、マスコットキャラクターのような声を上げて奴は浄化された。


 間に合った、私はやり遂げたのだ。


 思わず小さくガッツポーズしたが、すぐにやめ、おろおろとした顔を作る。

 魔法少女が来る前に弱体化させていること、そしてそれをしがない中年男性がやっていることは絶対にバレてはならない。私は絶対的な一般被害者で無ければならないのだ。


 そうして私は魔法少女達に頭を下げ、彼女達の元から離れた。

 今日の仕事は大変だった、上司の態度は変わることは無いだろうが。

 大人というのはつくづく世知辛い、これでは世界から悪もなくならないものだ。


 しかしテレビに魔法少女達が映る様子、そしてそれを見て笑顔になる人々の様子を見ると。

 まあこの仕事も辞められないなぁとおじさんは思ってしまう訳だ。


 みんなが魔法少女の活躍を観れて、魔法少女自身も楽しく過ごす為にも。

 おじさんは正義と健全を守らなきゃいけないのだよ、今までもこれからも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おじさんは全年齢にキメさせたい〜魔法少女が来る前に媚薬を健全に使い切れ〜 客砂鈴 @kyasarin_yusyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ