取り戻すまで
目が覚めた。寝室(代わりのオフィス)。
すかさずアイツを探す。いつものロープウェイ乗り場だ。二人もいるはずだから、そこにアイツはいる。冬宮さんに説得されたから見逃したけど、やっぱり殺したい。
なにか違和感を感じると思ったら、髪が解かれている。別に落ち着かない訳じゃないけど、いつもと違うのは慣れない。寝室にも無かった。あの二人が持っていってどうする。用途がない。だとしたら…いや、考えたくもないけど。嘘だ流石に。あんなに命乞いをしておいて…
「アタシってポニテ似合うかなぁ?」
「あぁー…」
「そですねー…」
「ん?どうした二人とも?…………後ろ?…あっ」
「…」
「あ…えぇっと……これは……その……」
「一時休戦とはいえ、仲良くなったつもりはない」
「あっはい…」
「今すぐにでもお前を殺してもいい」
「待て狂蓮…落ち着け」
「…話を聞いてもらえますか、冬宮さん」
「元からそのつもりだ」
「…コイツは…狂骸は、とんでもないクズです」
おおよそ5年前。私達はネットで知り合った。趣味が合って、仲良くなって、名前も似せたりした。ある日、オフ会をしようということになって、初めて顔を合わせて話した。学校でもろくに友達が出来なかった私が、ネットで知り合った友達と、こんなに仲良くなれるとは思わなかった。だから、とても大切で、手放したくなかった。それから1年弱経って、頻繁に合うようになっていたが故に、私は見つけてしまった。ショッピングモールに行ったとき、狂骸がトイレに行っている間見張りを頼まれたバッグの中に、袋が入っていた。特になんてことはないのだけど、なんというか、隠されているというか。不自然だった。腹痛を催してたから、しばらく戻ってこないだろうと思って、ちょっとだけ覗いてみた。中から出てきたのは、注射器だった。悟ってしまった。狂骸には、いわゆる病み垢というのもあって、私は狂骸の闇を知っていた。だからこそ、すぐにわかってしまった。
狂骸が戻ってきて、すぐに人目のつかないところに連れて行って、注射器について問い詰めた。ひどく動揺して、秘密にしてほしい、見なかったことにしてほしい、と泣きながら訴える。彼女の辛さは知っている。どこでどうやって手に入れたかは知らないけど、実行するまでの心情なら少し分かる。私も片足を突っ込んだことがあるから。これで誰にも言わなかったら、私も同罪なのだろうか。ここで庇うのは、彼女のためになるのだろうか。そうやって悩んでる時に、人に見つかってしまった。至って普通の女性だった。相当お人好しなのか、揉めている様子の私たちに、何か出来ることはありますか、と声をかけてきた。すると狂骸は突然叫びだした。
コイツがクスリをやってた、と。
注射器は取り上げたと言って、大胆に見せる。私は慌てて、違う、やってたのはこっちだ、って反論した。でもこういうときは大体、先に言ったもん勝ちなのだ。女性はスマホを取り出して、私たちから距離をとる。こんなのおかしい。私だって一度考えたことはあった。だけど我慢したんだ。彼女は我慢できなかったのに、なんで私がこんな目に合わなければならないんだ。怒りと、焦りが私を動かした。
相手が女性だったから助かった。
突き倒して、スマホを奪って。
首を絞めて、女性を殺した。
少しだけ放心状態になって、我に返って振り返ったときにはもう、狂骸はいなかった。
人間は恐ろしいものだと、その時思った。この状況で最初に思ったことが、死体の処理方法だったから。なんで殺してしまったのだろうとか、狂骸のこととかを考えたのは、死体を隠して、また持っていって、川に捨てた後だった。
それから光が降るまではずっと、ろくな生活が出来なかった。当然のごとくネットの方は狂骸にブロックされて連絡できないし、探そうにも死体が見つかって犯人が分かった、とかになったら外を出歩けない。全てを失った気分だった。高校を卒業して、一人暮らしを始めてから、初めてできた友達に裏切られて、残っているのは罪悪感とボロアパート。
こんなつもりじゃなかった。
自殺を考えた。いっそクスリで死のうかとも思った。だけど結局、首を吊ることにした。首を絞めて人を殺した私には、ピッタリの罰なんじゃないか、とも思った。ロープを首にかけて、さぁ吊ろう、と思ったときに、視界が真っ白になって、気づけば部屋は植物で覆われていた。
「私はコイツに人生を狂わされました。光がなければ、普通に自殺してました。だから私は、コイツが死ぬほど嫌いなんです。殺したいほどに」
「…」
目の前で自分の悪行を暴露されて、少しは狂骸も反省しているようだった。だけど、反省どうのこうのの話ではない。
「…それって今関係あるか?」
だけど、冬宮さんの言葉は、全く予想もしていなかった、正直言って、馬鹿みたいな感想だった。
「でも」
「今は警察もいないからクスリなんて普通だし、殺人もメシ食うみたいにされてんだろ」
「やっぱふーちゃんは賢いねぇ」
「黙れ」
ふーちゃん!?お前が軽々しく呼んでいい人じゃない。コイツ、状況を理解しているのか。
「それにお前も大概じゃね?」
「ちょ冬さん!?」
「…」
「そーだそーだ!」
「分かってる…分かってますよそんなの…だけど狂骸があんなことしなければ私だって」
「人を殺したのは、お前の本質だ。今まで隠されていたものが、狂骸によって露わになった。違うか?」
「…」
それは、私が最近薄々感づいていたことだ。狂骸が攻めてきたとき、冬宮さんが言ったこと。私は、もうすでに何十人も殺している。こんな世界だから、死体の処理なんてしないけど、人を殺すということに抵抗が無くなってきていることは確かだ。手慣れてきている。まさに食事のように、習慣化しつつある。勿論意味もなく殺したりはしないが、実際、私は狂骸を殺そうと考えていた。少なくとも光が降るまでの私は、狂骸を殺そうとは考えなかった。殺してしまいたいほどに憎かったけど、仲直りしたかった。また、楽しい時間を過ごしたかった。
「ふーちゃんいいこと言うねぇ〜」
「お前もだよ」
「うっ」
「冬さん…もしかしてこういう現場手慣れてます?」
「…別に」
「なぁ狂蓮」
「何」
「アタシはアンタのことを嫌いだと言ったことは一度もないはずだ」
「……無い」
「アタシはさ…ヒーローみたいなことしてたんだ。スラムで悪いやつ見かけたら、瀕死までボコる。だからかな、いつのまにかアンタを殺そうとしてた。それは自分でも驚いたよ。ふーちゃんの言う通り、アタシも人殺しが得意みたいだ」
「…言い訳にしか聞こえない」
「仲直りじゃないけど…アタシもアンタも、罪を犯した。じゃぁ、アタシたちの仲はよほど強かったんだ。どうせなら、善人として、潔白に二人で生きていきたかったけどな」
「…私は、もう狂骸のことを好きになれない。けど、許すことなら、出来ると思う。私は、あなたを許す。私も罪を償うから、あなたも罪を償って」
「分かった。でも欲を言えば、仲良くしてほしいかな」
「じゃぁ、私たちがまた、親友に戻れるまで」
そして、狂骸は何故かここに住み着いた。いやまぁ、別に変ではないけど、正直気は進まなかった。
やたらと色んなものが散らかっている。
「狂骸さん!また散らかってますよ!」
「あぁ〜ごめんしーちゃん!片付けといて〜」
コイツ…
「狂骸アンタさぁ…」
「ヒェ」
慌てて片付け始めた。そう、昔もこんなだった。一度、彼女の家を訪ねたことがあったけど、それはもう凄い散らかりようだった。でも本人は全ての物の場所を把握しているらしく、私が言ったものを持ってこれるか、というゲームで何十分かは遊んだ。
「狂蓮さん、結局仲良しじゃないですか」
「んな馬鹿な」
「さっき笑ってましたよ?」
「ん、昔を思い出してただけ」
「…狂骸さん、ヒーローやってたって言ってたじゃないですか。それを、この4人でやりたいって言ってましたよ」
「嫌。絶対やらない」
「でも、それだって仲直りのきっかけになりますよ。きっと狂骸さんも少しは更生してますよ」
「……………チーム名とか、決めてみる?」
「ヒーローズ!ヒーローズがいい!!」
狂骸がしゃしゃりでてきた。
「そのまんますぎるでしょ。もっとこう………」
「ほら思いつかないでしょ?はい決定!」
「え嫌なんだけど」
「いいんじゃねーの、ヒーローズ」
「あ、冬さん」
「猿でもわかるぜ。アベンなんとかより分かりやすくていいんじゃねぇ?」
「冬宮さん、本気です?てか、ヒーロー活動自体賛成なんですか?」
「あぁ、いいんじゃねぇの。てか、元々俺らってそういう目的で生まれてきたからな」
「…何です?」
「狂蓮…知らないの?」
「誰のせいだと思ってるの」
実際、知らない。あの光が遠い宇宙の人知を超えたなにかだっていうのは聞いたけど。まさか、宇宙人が地球で壮大な実験をしてるとか…
「えーっと、なんか変なやつが、ベラベラ喋ってて、急にぱーってなってばんだった」
「わかんないんだけど…ぱーってなってばんは私も見たし」
「身元不明の男が宇宙の力を使って、日本中の人間をヒーローに変えた。ヒーローとはいっても、大失敗だけどな」
大失敗というのは、恐らく3年前は大量に湧いていたあの異形のことなのだろうか。
それなら私も変わりはないか。
「だとしたら狂蓮って、結構優秀個体なんじゃないか?アタシと大差ないほどに」
「…私のアレを見てあんなに怖気づいてたのに?」「あー…それは…ねぇ?狂蓮があそこまで怒ってるとは思わなかったというか…」
「でも凄かったですよね、狂蓮さん。戻ったと思ったら倒れちゃいますし、相当体力使うんですか?」
「アレは………アレは私が元いた場所では、”アストラル体”って呼ばれてた。その場所で、私が一番だった」
アストラル体は、人間が本来死ぬべき状態になっても、体を強化しある程度生き延びるようになれる技、と教えられた。しかし多くの人が意図せずアストラル体になってしまうことが多く、その後の反動で死んでしまうことが多かった。30分も持てば上出来だった。死を超えているからこそ、代償も大きい。私の経験上、アストラル体は死に間際だけではなく、感情の昂りがピークに達したとき、自分の意志とは関係なく、発動してしまうようだった。アストラル体が使えるのも限られた個体だけだそう。実際、冬宮さんたちと出会ってから、一度も私以外のアストラル体を見たことがない。
狂骸は多分、出来てしまうのだろう。出来ればコイツには、教えたくはなかった。
「すごい…かっこいい…死んでも復活できるのか?」
「回復に徹すれば、ね。最後の足掻きで使えば、派手な死に様になるだけ。要は道連れ」
「そんなものがあったのか…3年も経って、一度も見たことがないぞ」
「無理もないです。あまり世間に広まってはないですし、そもそも使える人が少ないですから」
「それって訓練とかは要るんです?」
「あぁ、要るよ。まずは、死ぬ」
「え」
「冗談。ちゃんと自分がアストラル体を使えると分かってから、死ぬ」
「結局死ぬんじゃないですか!?」
「で、最初は大体アストラル体を限界まで使っちゃって瀕死になる。初めてだったら、大体15分くらいかな。それを、1分で戻れるまで縮める」
「拷問じゃないですか…」
「私だって今も苦しいよ、アレは」
結局、チーム名は「ヒーローズ」に。正直めちゃ嫌だけど、私がいい感じのセンスを持ち合わせていなかったため、阻止も出来なかった。
それからは半年ほど、訓練を続けた。あれほど怖がっていた綴が、アストラル体の訓練を始め、冬宮さんは基本的な戦闘術。狂骸は一人で山中の木を相手に暴れ回っている。地球温暖化進んだら多分コイツのせいだ。
そしてついにやってきた。山の上から、ずっと見えていた景色だ。
スラム街、レイヴンズネスト。
「うぉー帰ってきたー!」
「騒ぐなあほ」
「狂骸が帰ってきたぞー!!」
突然、住民が騒ぎ出した。
「おぉ…人気者ですね」
「だろだろー!」
「帰れー!」
「お前なんていらねぇんだよ!!」
「もう消えろー!!」
「あれっ」
どうやらこの半年間、何かあったようだった。
「世代交代ってことじゃねぇの」
「お帰り、狂骸」
目の前に、スーツを着た男が立ちはだかった。
「あー…アンタか。久しぶり、ファウスト」
バトルロイヤルオブヒーローズ 三兎 @Glitch-cat7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。バトルロイヤルオブヒーローズの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます