反乱

”本物”達は巡り合う

光が降り注いでから3年。

既にほとんどの人間が海外に逃げ、保護されている。あれ以来白衣の男がこちらにメッセージを送ってくることはなく、日本は国としての機能を完全に無くした。核兵器による日本の殲滅も検討されたそうだが、島国ということもあってか様子見という結論に。まぁ、安心は出来ないが。

異形系適合者は年々姿を消している。そして時折、機械的な武装に身を包んでいる個体を見る。恐らく、白衣の男に回収されているのだろう。そうなると、奴は人間の姿と倫理観を保ったまま能力を得た者がいることを知らないようだった。もし知られたら、一体どうなることやら。


山奥。どこかは知らない。荒廃したロープウェイ乗り場で俺は昼食を取る。静かで良い場所だ。元々は景色も良かったのだろう。昼食といっても山にあった食べられる野草やら果物やらをかき集めただけで、特に旨くはない。下に行けば、海外に逃げなかった変わり者がスラム街を築いて暮らしているそうだが、騒がしそうなので行ったことはない。俺のような適合者と、大した影響が無かった奴らが暮らしているそうだ。異形系適合者も無差別に人を襲うようなことはなくなってきた。ある意味で、秩序が保てている状態だ。全体的に見れば、だが。

「お前…またかよお前…おい…」

出入り口には凄まじい怪我をした綴が立っている。

「だからいつも付いてきてってお願いしてるじゃないですか。冬さんが隣にいれば僕だってこんなことにはなりません」

「…」

綴には、例のスラムに定期的に出向いてもらっている。野草と果物だけじゃ物足りないから、パンやら肉やらを調達したり、情報収集だったりと。向こうはだいぶ荒れているそうで、目が合ったら喧嘩、そういうレベルらしい。綴はマッチ一本さえあれば十分だからそれだけで土下座する奴もいるそうだが、パワー全振り脳筋野郎が定期的に現れるらしく、炎をものともせず突っ込んでくるので、こういうことになるとのこと。

「あぁでも、それだと敵も回復しちゃいますかねー?対象の指定って出来ないんですか?」

「今のところはな」

綴の怪我がすっきりなくなった。どうやら俺の治癒能力はかなり協力らしく、腕を失った不適合者に近寄ったら腕が生えてきた、なんてことがあった。半径約5mの生命体に作用し、ほとんどの怪我を治すが、病原体には効かず、死体にも効かない。わかっているのはそれくらいだ。綴が言った通り、対象の指定も出来ない。俺がスラムに行かないもう一つの理由でもある。俺自身や味方だけ回復するなら強いが、無差別に作用するので相手も回復してしまう。故に、戦闘向きではない。第一、脳が強化されたとはいえ運動神経は良くない。肉弾戦が苦手なのだ。

「お前も大概だろ。どうせお前自分が強いと信じて疑わなくて、煽りに煽ってんだろ?」

「煽ってはないです。挑発です」

「一緒じゃん」

「あれ、狂蓮さんは?」

「ハイキング中」

「そですか。やっぱり女の子ですね」

「誰が?」

「ヒェ」

いつの間にか綴の隣には人影が。成人だが、制服を来たら高校生に間違えられるような見た目だ。

狂蓮。元々このロープウェイ乗り場に住み着いていた少女で、適合者。数ヶ月前に俺たちがここに来たとき、彼女はだいぶ警戒していた。異形系適合者のことはあまり知らないようで、逆に人間や適合者と対立することの方が多かったそうだ。その理由は、彼女の能力が原因だろう。因みに、狂蓮というのは彼女が名乗っている名だが、本名ではないらしい。なんとなく、こじらせているような気はする。

「そうかぁ。私が女の子、かぁ。まぁそうだけど、そうじゃないというか。それ以前に、お前に言われるとなんかムカつくな」

「理不尽…」

「お前は冬宮さんに甘えきってるだろ。私は一人でも戦えるんだ。その点で、お前は私より格下だ」

「花だって燃えるんですよ」

その瞬間、綴の頬を薔薇が掠める。瞬時に俺の能力で傷は消える。薔薇はどこからともなく現れたが、出どころは分かる。狂蓮の指。指から薔薇が生えている。というよりかは、指が薔薇に変わっている。

狂蓮の能力は体を植物に変える能力。今まで体が植物になっている適合者は何人か見てきたが、彼女は完璧と言える。自分の意志で好きな部位を好きな植物に変えられるし、いくら変えてもデメリットは無し。植物化によって攻撃を避けられるし、潜伏や移動、不意打ちも可能、たとえ腕を失っても植物を生やしてそれを腕に戻せば完治。つまり、俺はいらない。この中では間違いなく最強。

「それ以上口を開くな、濡れたマッチ」

濡れたマッチ…?

「…」

効くんだ…

「冬宮さん」

「はい」

「………なんで敬語なんですか」

「いや別に」

「そですか。ま、いい感じに山菜取れたんで好きに食べてください。濡れたマッチは生で食え」

「それは酷くないですか?」


綴は当然のように料理が出来なかったが、意外にも狂蓮までも料理が出来なかった。というわけで料理担当は俺になっているのだが、なんといっても廃墟だし元々料理をするような場所ではないので、まともなものは出来ない。綴に調達してきてもらった少しの調理器具で試行錯誤を繰り返している。どうやら光の影響は植物にも多少の影響を与えたらしく、雑草でも甘みがあったり、やたらと苦いものが増えたりと、地雷だらけの状況。毒見が大変だ。

すると突然、大きな音がした。二人がいた方だ。何かが崩れたような音だった。

「大丈夫か?何があった!?」

急いで向かうと、二人は既に戦闘態勢に入っている。綴はライターを構え、狂蓮の右腕は無数の蔦に姿を変えている。出入り口付近の壁やら天井やらが崩れていた。そこに一人の少女が立っていた。

部屋着のような格好で、ぼーっと突っ立っている。

「道場破りでーす」

小柄な見た目とは裏腹に、語気が強く低めの声。

「………生きてたんだ」

狂蓮が呟く。

「知り合いか?」

「あいつは…」

「おにーさん、近づかない方がいいよ。その子、人殺してるから。光以前にね」

「…だからなんだ」

狂蓮は動揺した様子だが、俺は特になんとも思わなかった。綴も同じようだ。

「…何、どういうこと」

「こいつは俺らと出会ってからですら既に10人は殺してるからな」

「えっ…あぁいやまぁ、光が降る前だよ?」

「降る前と後じゃ世界が違いすぎるだろ。戻るわけじゃあるまいし、その時代のことなんてどうでもいい」

「冬宮さん…」

「………………あざしたっ!!」

少女は物凄い勢いで逃げ出した。何がしたかったのか。と思いきや、狂蓮も物凄い勢いで追いかけていった。

「狂蓮さん!?」

綴も後を追う。一体これはどういう状況なんだ…


「待ってください、狂蓮さん!あの人と何があったか知りませんけど!!」

「しばらく見ないから死んだかと思ってた…のこのこと現れて、すぐに逃げて…絶対に逃さない、あのクソ野郎」

「…とりあえず不仲だってことは分かりました」

狂蓮さんの体がしきりに植物に変化しているあたり、相当気が立っている様子。よほどのことがあったんだろう…

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

よほどのことが…

「やい狂蓮!!人でなしなのは変わってないみたいだな!」

さっきの少女が現れた。僕たちよりも高い場所にいる。山の中だから、登るのも大変だろう。となると。

「私はもう諦めたよ、もう疲れたんだ」

「ふぅん、そうか。じゃぁ、ここで殺しても異論ないよね?」

「こっちも同じ」

完全に置いてかれている。この二人の間に何があったのか知らないけど。でもあの少女は相当の実力者だ。乗り場の出入り口付近を一人でぶっ壊し、一瞬で逃げては一瞬で姿を現した。抜けた天井から一瞬だけ見えた、恐竜の化石のような巨大な骨。あれが少女の武器なのだろう。となれば、ある意味この二人が対立するのは正解と言うべきか。恐らく互角。体を植物にする狂蓮さん。そしてあの少女は。

「アタシの方が優れてるんだ。いつでも」

少女の右腕の肉が消えていき、骨が剥き出しになる。しかしその骨は筋肉を持つかのように動き、その形を変えていく。歪に、太く、硬くなり、鈍い音を鳴らし地面に落ちる。

「殺してやるよ、偽善者」

その腕を地面に叩きつけ、その反動で飛び上がる。その遠心力で、猛スピードでこっちに落ちてくる。

「綴、下がってて」

「でも」

「早く」

狂蓮さんは全身を花弁に変え、四方八方に飛び散った。僕も後ろに下がって、マッチを一本用意。

少女の重い一発は地面に大きなクレーターを作る。一つの生命体だけで作られたものとは思えない。

少女は地面に這いつくばったまま動かない。

狂蓮さんは体を戻す。

「大したことないね」

「なんだぁ?もっとドス黒く行こうぜぇ…」

少女は興奮しているらしく、色々と荒々しくなっている。少女の背中から背骨が飛び出し段々と大きくなる。大蛇のように蠢き、少女の体を持ち上げる。少女は逆さに吊るされたまま、狂ったように笑い出す。

「いつまでそうやって聖人ぶってんだぁ?自分がどれほどのクズ野郎だって分かってても、そんなことができるか!本当にクズなんだなぁ!」

「…お前さ、ちょっと黙ってなよ」

狂蓮さんが聞いたことないくらい低い声で静かにキレ出した。怖い。

「男二人に囲まれてかわいこぶって姫プ生活でもしてんのか?よほど暇なんだなぁ、アタシと殺り合うほうが楽しいぞぉ」

少女の両腕が骨と化し、そのまま伸びて僕の方に来る。

「なんで僕っ!?」

咄嗟に火を撒いたが、相手は骨なので効果は薄かった。首を掴まれ、ぶん回される。

「お前かぁ?狂蓮をつまんねぇ女にしやがったのは?」

「お前のつまんないの基準が分からないんですけど…」

「…敬語なのかなんなのかハッキリしてくれや、キショい」

つい癖で敬語が出てしまった。

「…」

「綴、しゃしゃり出てこんでいい」

別にしゃしゃり出たわけでもないが。なんなら引っ張り出された。しかも引っ張り出した張本人が首をどんどん首を絞めるのを強くするせいで、今はあまり喋れない。冬さん、追いかけてきてるのは知ってるけど、出来れば早く来てほしい…


凄い音が鳴った。隕石でも落ちたみたいな、物凄い衝撃音。周りの木々が揺れた。綴は火だし、狂蓮はパワータイプじゃないから恐らくあの少女が出した音だ。建物を一人で破壊するくらいだから、よほど強い。少し前の、狂蓮との会話を思い出す。


「私…ライバルというか、宿敵というか、八つ裂きにしても足りないくらい嫌いな人がいるんですけど…」

「うん少なくともライバルではないな」

「もしそいつが能力を手に入れていたら、真っ先に私を探すと思います。私を殺すために」

「仲悪いの一言で済みそうにないな」

「生憎私も能力を手に入れているので、殺しに来ても瞬殺はされないでしょう」

「まぁ…そうだな」

「私も同じ考えであいつを探して、ここにたどり着きました。もしも、もしもですけど…殺されたら、私を殺したこと、100回死んでも足りないくらいに後悔させてくださいね?」

「怖いのよさっきから。てか、そういう保険のために俺らのところに?」

「そうでもありますけど、単に気に入ったからでもあります。一石二鳥ってやつです」


多分、八つ裂きにしても足りないくらい嫌いな奴ってのは、あの少女だろう。あの少女を見る狂蓮の目、いつも人を殺すときにする目よりも残酷かつ、色々と黒い感情を感じた。

「やめろぉぉーーーーー!!!」

悲鳴が聞こえた。狂蓮でも、綴でもない。まさかとは思うが。

「私が悪かった!!私が全部悪い!!!だから許してくれ!!!!」

さっきの少女が、巨大なクレーターの中心で泣き喚きながら土下座している。

「あ、冬さん…」

「綴、何があった」

「えっと…あの人は昔から狂蓮さんと仲悪いみたいで、僕はそれに巻き込まれたんですけど…今、見ての通り狂蓮さんがすごいことになってます。僕たちも見たことない、本気ですね」

「え…どこ?」

「あれです」

よく見ると、木々が蠢いている。突然蛇のようにうねり、塊となる。そこから巨大な口が現れる。鋭く大量の牙を持っている。

「あぁぁぁ…あぁぁ!!ああ!!!許して…許してぇぇぇぇ!!!」

「待て狂蓮!」

巨大な何かの動きが止まる。本当に狂蓮のようだ。

「何があったのか知らねぇけど、アイツもあの様子だし許してやれ。復讐は構わないが、殺すこたぁないだろ」

「お…おにーさん、いいこと言うねぇ!復讐も良くないけどっ!アンタ最初は怖くて怖くて仕方がなかったけど、悪くないな、そのままアタシ側についといてよ?」

「お前が何したかによる」

その瞬間、狂蓮が咆哮を上げる。

「おぉぉぉぉぉ落ち着け狂蓮!!とりあえずコイツにアタシらの話を聞いてもらおうじゃないか!」

狂蓮は少し待って、体を元に戻していった。木の塊から、顔が見える。

「逃げんなよ」

掠れた声でそう言い残し、人の体に戻った瞬間、狂蓮は倒れた。


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