第2話 0 愚者 その2 

 そんなわけで僕が歩いていると、中くらいの大きさの、白い毛並みをした犬に出会った。森の中で、犬に出会うなんて珍しいな

、と思いながらしゃがんで犬をよんだ。なかなか近づいてこないので、僕は決心し、背負い袋からパンを取り出して千切って投げた。犬は最初鼻を鳴らしながらパンの匂いを嗅いでいる様だけど、ついに食べた。僕は嬉しくなって二切れ三切れとあげた。その度、犬は僕に近づき、そしてついに僕の目の前でパンを食べたっ。僕はそっと手を伸ばして犬を撫でた。そう、僕は犬に触りたかったんだ。

 思う存分犬を撫でると僕は立ち上がり歩き始めた。犬も一緒についてきた。一人で歩くよりも嬉しい。僕はもう一度犬の頭を撫でた。

 何日か一緒に歩き、一緒にパンや干し肉を食べていると、どんどん仲良くなってきた。  

 だけど、パンも干し肉ももう無くなりそうだ。どこかで食べ物を見つけなければ。

 そう思って食べ物を探していると、見知らぬ小さな男の子と女の子に出会った。二人は僕に気がつかない様だったので、僕の方から「こんにちは」と声をかけた。

二人は最初びっくりした様子だったけど、小さな声で「こんにちは」と返してくれた。

「僕は旅をして来たんだ。それでちょっと一休みしようと思って」

僕が大きいから怖がっているのかもしれない、と思って二人からずいぶん離れたところで座った。犬が膝に乗って来て、物欲しそうに眺めるから、パンの残りと干し肉を分けて食べた。犬が食べる様をみて、僕はまた犬の頭を撫でた。

「お兄さんは人喰い鬼?」

突然そんなことを聞かれて僕はびっくりした。僕が人喰い鬼だって?!なんでそんな事を思うんだろう?僕は人喰い鬼の様な格好をしているかな?旅を続けて多少埃っぽいけど

服にはまだほつれはないし、紐だって擦り切れていない。大丈夫、まだ僕は鬼みたいな格好はしていない。

「僕は人喰い鬼なんかじゃないよ。ちょっと疲れた旅人だよ」

「どこから来たの」

「その犬触って良い」

二人一緒に聞いて来たからたまらない。僕は二人いっぺんに話を聞けないんだ。

「ごめんごめん。一人づつ話をしてくれるかな。二人いっぺんは聞けないよ」

というと二人は「ごめんなさい」と言ってお互いに目を見合わせた。どちらが話しかけるか、もめているらしい。

男の子が僕に聞いて来た。

「どこから来たんですか」

何処からと言ったらいいのだろう?どれくらい歩いたっけ?多分40マイル以上。

「西から来たんだよ。ちょっと遠くからね」

「遠くってどれくらい」

と聞いて来たので40マイル、と答えようとして思いとどまった。この子たちにどう言えばわかるかな。

「凄く遠くと言うわけでは無いけど、村を10箇所くらい通り抜けるほどは遠くだよ」

男の子は目を輝かせて

「それじゃあ村を10箇所も通り抜けてきたんですか」

と聞いてきた。いけないいけない。例えが間違ったみたいだ。

「いや、西の方はそれほど村はないからね。そんなに村を通り過ぎてはいないよ」

それから、僕はどれくらい歩いたか説明した。村があって、領主様のお屋敷があって、それから修道院。そうだった、僕は修道院でパンを分けてもらったんだ。そして修道院の畑の側を通り抜けるとまた村があって、名主様の屋敷を通り過ぎるとまた畑があって。それから湖。とても大きな湖で向こう岸が見えなかった。僕は暫く湖の辺りを歩いてきたんだ、と説明していたら二人とも黙って聞いて

いた。

「面白くなかったかな」

と尋ねたら二人とも首を振った。

「私も色んなところに行ってみたい」

そう言われると僕は困った。こんな小さな子を連れては行けないし、僕が旅に出たいきさつを考えると大きくなったら旅に出られるとも言えない。いや、大きくなったら行ってもいいのかな?

「お前はダメだよ。大きくなったらお嫁さんになるんだろ」

「兄さんは大きくなったら旅に出るの?」

僕はどう答えるんだろうと思った。この子が畑を継ぐなら旅に出る必要なんてないし。そこで、僕はなんで旅に出たんだろうって考えた。そうだった。お日様の昇る所を見たかったんだった。お日様の上るところには中々辿り着けないけど、色々な事を見れた。だからまだまだ旅をしたい。もっと色々なものを見たい。

 だから僕は、男の子に言った。

「お日様の昇るところを見たくなったら旅を始めればいいんだよ」って。

そうしたらその子が

「うちにおいでよ。旅の話をいっぱいして」

というので、男の子の家に行く事にした。

男の子と女の子の家は、僕の家より大きかった。だから玄関から入るのは少し躊躇ったんだけど、結局入ってしまった。

そうしたら、2人がお父さんを呼んできて、紹介してくれた。

「旅人は、珍しいな」

と言ってご飯を食べさせてもらう事になった。旅の間のいろんな話をした。お父さんは子供達と違って、良くものを知ってて、いろんな質問をした。僕はその度にドギマギとして、答えられないなんて事も起きたりした。ぼくが、兄さんと別れる事になった経緯を話すと、お父さんは、僕を呆れた様にみて。それから少し怒っている様だった。僕は楽しい思い出を話して怒っているお父さんをなんとか宥めようとしたけど無駄だった。「こんな優しく愚かな人を騙すなんて酷すぎる」と言った。僕は愚かなのかな?

「明日時間があるかね?」

当然フラフラ歩いているだけなので

「あります」

と答えた。

「じゃあ麦の刈り入れを手伝ってくれないか」

と言うので良いですよ、答えた。

久しぶりの麦の刈り入れだ。僕はこの刈り入れが上手いんだ。父さんにも褒められたし、村の誰より速い、て村の人たちも言っていた。だからこの子達のお父さんも僕の刈り入れの上手さにきっと驚くぞ。

そんなことを思って寝た。

朝日の昇る直前に目が覚めた。すぐに起きて、井戸から水を汲んで顔を洗った。其れから東の方を向いて朝日の昇るところを眺めていた。

 朝日の光景は、いつ見ても凄いな、て思う。眩しくて、煌めいている。それに見る人によって感想が違うんだ。これって凄いことだと思う。

「おはよう。早いんだな。農民には朝が早いのは良いことだ」

と言われた。褒められたのかな、何だかそんな気がする。

それから僕たちは朝食を食べ、畑へ行った。

 畑の麦は黄金色に輝いていた。僕は黄金なんて見た事はないけど、お父さんがこれが黄金色なんだ、と言ったので、僕は黄金色がどんな色か知っている。

 そんな僕たちの畑の小麦よりこのおじさんの畑はもっと綺麗に輝いていた。風でサワサワと揺れると、黄金色がキラキラと輝くようだ。

 僕は刈り入れが始まるまで、ずっと畑の様子を眺めていた。

「うちの畑は気に入ったかね」

「はい、まるで黄金が輝いているようです」

おじさんはちょっとびっくりした様子だった。だから僕はこう言ったんだ。

「きれいな黄金色なので刈り取るのが勿体無いです」

そう言ったらおじさんはニコニコとし始め、「そうかい、綺麗かい。でもな、きれいなうちに刈り取らなければならないからな、そうしないと麦が腐っちまう」

「はい」

僕は頷いた。お父さんもよく言っていた。熟したらすぐ刈り入れなければならないって。


 僕たちは二日間ずっと借り入れをしていた。刈り入れは重労働だ二日やって僕はヘトヘトになった。でもご飯が美味しかった。焼きたての黒麦のパンが美味しいなんて知らなかった。

 黒麦パンはボソボソしてて好きじゃなかったんだけど。この黒麦のパンは少ししっとりしている気がした。それに、くるみや干し葡萄なんかが入っている。美味しい。

「黒麦パン気に入ってもらったようだね」

「はい。美味しいです。でもどこで黒麦を作っているんですか?刈り入れの時は見かけなかったですが」

「これは裏の畑で取ったものだよ」

そうだったのかと思った。

 こんな黒麦パンなら毎日でも食べたい、というと、おじさんは、それじゃぁ出立の日には黒麦パンをいっぱい焼いてやろう、と言ってくれた。

 おじさんの家には、結局三日お世話になった。お母さんとはあんまり話をしなかったけど、良い人だと思った。

「何方へ行くんだね?」

おじさんが聞いて来たので

「東に行きます。お日様に一番近いところにいきたいんです」

「もしよければ、この辺りの領主様か代官様に訴えて、君の家の畑を正当に半分にする事だって出来るんだぞ」

と言われたけど、おじさんの言葉の半分くらいしか理解できなかった。

 でも代官様に言いつければ兄さんと畑を半分こ出来る、と言うことは理解できた。

 少し考えたけど、僕は本当に畑が欲しいのかな?と考えたら、すごく疲れてしまった。こう言うことは、夜寝る前に考えたほうがいいかな、と思ったのでそれ以上考えるのをやめた。

「ありがとう。でも僕はお日様を見に行きます。それから自分の畑を探します」

「そうかい。愚かだよ、君は」

愚か、と言うのは馬鹿、と言うことかな。でもおじさんは馬鹿という言葉を使ったことがなかったな。

「愚かって何ですか」

僕は聞いてみた。

「愚かというのは、自分の持てるはずだった畑を手放したり、朝日を見るために東に旅をすることだよ。そんなことをしても一文の得にならないだろう?でもそれは馬鹿のすることじゃない。君はいつか大した人物になるかも知れない。だが、今は愚かな真似をしているように見える。だから愚かなのさ」

「そうなんですか」

またよくわからなくなってきたぞ。僕のやって来ていることは悉く愚かだということなのかな。

「君のような旅をするものは旅人といい、君のような愚かな真似をする人を愚者と呼ぶんだ」

そうなのか。なら僕は、


僕は、愚者で旅人だ。

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愚者の旅 かほん @ino_ponta

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