愚者の旅

かほん

第1話 0 愚者 その1

 父さんが死んだ時、僕の家族は兄さんと僕の二人きりになった。父さんが死んだ時すごく悲しかった。母さんも死んで父さんも死んだ。兄さんも死んだら、僕には家族がいなくなってしまう。一人ぼっちになった時のことを考えた時、僕は恐ろしくなってその考えを振り払った。

父さんの葬式が終わるまで、兄さんはほとんど僕に話しかけなかった。

 ずっと何か考えているか、悩んでいるかしていた様だった。葬式の終わった夜、兄さんに

「畑は俺が守る。お前には幾らかの銭をやるから、家を出ろ」

と言われた。

 父さんは死ぬ時、「二人で畑を守れ」と言っていたけど兄さんの考えは違ったらしい。   

 流石にそれはどうだろう、と思い

「父さんは二人で面倒をみろ、って言ってたじゃないか。なぜ兄さんは僕に家を出ろ、なんて言うんだい」

兄さんはじ、と僕の目を見た。こう言う時の兄さんは感情を表には出さない。こういう、兄さんの目は苦手だ。僕は人よりもすこし、頭が悪いから兄さんが何を考えてるか分からなくて、不安になる。

「いいか、二人で畑を持つことにしたとする。畑は増えてないから今のところを半分づつだ。ずっとこのままなら二人とも食べていける」

兄さんはそこで言葉を一旦切った。これは、僕に判らせるためにちょっと間を開ける、兄さんの癖の様なものだ。

「もし、俺とお前が結婚したとする。そうすると、一つの畑で四人が食べていかなければならない。判るな」

「う、うん。判るよ」

そんなことを言ったけれど実を言うとなぜ兄さんがこんなことを言い出したのかよく判らなくなってきた。

「一つの畑で四人だ。だがもし、子供ができたらどうする?例えば俺とお前に三人ずつだ。そうすると一つの畑で十人だ。食べていけると思うか」

「大丈夫じゃないかな……父さんは少しお金を貯めてたみたいだし」

と言うと

「それは父さんと俺とお前しか家族がいなかったからだ。十人も養おうとしたらいずれ餓え死する」

僕は兄さんが飢え死にするって考えていることにひどく驚いた。何にも食べ物もなくて、腹を空かせながら死ぬなんて真っ平だ。

「本当に飢え死にするの」

「今は大丈夫だ。この分なら今年も豊作だろうしな。だが不作が続けばダメだろう」

そんな僕を兄さんは悲しそうに見た。

「だから、この家を出てくれ。二人とも死ぬわけにはいかない」

僕は兄さんが何を心配していたのか判ったので、頷いた。

 僕は旅の用意をして、お金をもらい、明日の朝早くに家を出ることに決めた。

 まだ、朝靄が立ち込める頃、僕は家を出た。兄さんは僕に

「どこに向かうんだ」

と尋ねてきた。

「東へ」

「当てはあるのか」

兄さんの言ったことに少しの間分からず、行き先のことを言っているのだとやっと気づいた。

「無いよ。これから作りに行くんだ」

兄さんは、はっ、とした様な顔をした。どうして兄さんはそんな顔をしたのだろう?

「じゃ、行くよ」

と言うと、兄さんは

「良い旅を」

と答えてくれた。

僕は東に向かって歩き始めた。別に何か有るから東に向かったんじゃ無い。ただお日様の昇るところが見たかっただけなんだ。お日様の昇るところを一番近くで見たい、と、そう思ったから。


一日歩き続けてずいぶんとお腹が減った。背負い袋からパンと干し肉を取り出して食べた。水を飲んだら、ほとんど残ってなかった。明日は水を探さないと。僕は泉や川を探すのは本当に得意なんだ。僕は焚き火を消して、大きな木の根本で眠った。

 朝早く目覚めた僕はーー本当に早かったーーパンを少し食べて、それから水を探しに出掛けた。清水があれば良いんだけどな、そう思いながら探した。

 そう、水を探すときは、水のことを考えながら探すのが良いんだ。そうすればやがて水の音が聞こえてくる。水を探しているのに水が見つからないのは、余計なことを考えるから水が見つからないんだ。

 林の中にぽっかりと開いた様な空き地に、カタクリの花がグンセイしていた。僕がグンセイ、て言う言葉を知っているのは父さんがそう言っていたからだ。

 だから僕は水牛が沢山いるとグンセイしてる、て言うし、うずらが三四羽いてもグンセイしてる、て言った。それを兄さんに言ったら、兄さんはすこし困った様な顔をして、それから小さく笑った。

 カタクリがグンセイしているってことは近くに水があるって事だ。だってカタクリは水のそばで咲くことが好きな花だから。

 カタクリの花を踏まない様に注意しながら進むと、澄んだ小さな清水があった。水の流れと言ったのは、川と言うにはずいぶんと小さい流れだったからだ。でも、これで僕には十分だった。

 流れの水をたっぷり飲んで、それから皮袋に水を詰めた。もう一つ、皮袋が欲しいけど、無いものは仕方がない。

 僕は立ち上がって流れの下流に向かって歩き始めた。其方の道を通っても東に向かう様だし、なるべく流れの水を飲んで、皮袋の水を節約しようと思ったから。

 

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