後半

店からの帰り道、私たちは並んで歩く。


あれどういうことか分かりましたか?私は問いかけた。

何のことだい?兄は私にさも何も分からないかのように、分からないことを主張してくる。


「いやだから、先ほどの店のことなんですけど。」

「あの少女の話かい?」

「そうです。一体何だったんでしょうか。『私のじゃなくなった』とは言ってましたが。」

「そう言えば、そんなこともあったね。」

兄はそれから須臾の間考えこむ。

およそ謎について考えてはいるが、謎解きをしているのではない。


「そうだな。じゃあ、私のでは無くなる時とは一体どんな時だろうか。」

私は問われ、質問について考える。

「何か物があるときだと仮定すると、人にその物を奪われてしまった時でしょうか、それか単純に売り払った場合とか、交換した場合も考えられます。」


いやでも、ダメだ。

私は自分の言った言葉を否定していく。

奪われた場合であれば、母親が何食わぬ顔で帰ってくるはずがない。

単純に売り払った場合、加えて交換した場合は相手がいることになる。泣きわめくほどにならそれらの交渉ごとの結果にならないだろうし、誰かがいれば近い年代の子供だろうが、彼女は一人娘であると言っていた。友人だとすれば年齢に対して時間が遅すぎるし、親がいるだろう。

意見は砂上の楼閣にして崩れ去る。


「そう、そうじゃない。自分のものでなくなる瞬間と言うのはそれらを踏まえてもう少し広い。」

私は変に早鐘を打つ。

「では、何なのでしょう。」

「およそ、その物が自分の物であると主張できなくなった時だろうね。」


「例えば、Aさんが丸い鉄球を持っていたとする。それを第三者が勝手に誰にも内緒で馬の形に成形したとすると、それはAさんの物であると言えるだろうか。」

「証明できるかと言われれば、難しいかもしれません。」

鉄の物性などには門外漢ではあるが、およそどろどろに溶かされたそれは何がどうあろうとも証拠は残すことが出来ないのではないかと思った。


「これは突飛すぎる例だけれど、およそ少女は自分の物であるそれを自分のものである証明、ないし見分けをつけることが困難になったと考えられる。」


「では、彼女は何を見失ったのか。それは食器だ。」

食器。

私はチャーハン皿の赤い枠ブチに描かれる、龍の絵を徐に空に描く。

それにレンゲ、スプーン。

お客の中に箸で食べている客がいた。それは割りばしだったが。


「違う、違う。厨房用のそれではないよ。彼女の物。彼女の食器だ。もちろん、彼女の食器と言っても、決められたご飯茶碗というわけでもない。もっと彼女の身近にあるものだ。」


彼女の近くにあるものを考える。

姿から考えて、記憶にある彼女の姿。がばがばのスリッパ、水色と黄色の派手な靴下、子供らしいズボンとロングTシャツ、腕にはぬいぐるみがあった。


ぬいぐるみがあった。

ぬいぐるみと食器。その二つをイメージして情景を思い浮かべる。


ぬいぐるみと食器がつながる。


「おままごとをしていたんでしょうか。」


「およそ、そうだろうね。おままごとをしていて、それに用いるプラスチックの食器が何らかの瞬間に自分のものではなくなったのだろう。ここまでくれば後は分かるんじゃないか。彼女の姿。自分の物である証左。」


彼女の姿をさらに鮮明にイメージする。

ぬいぐるみを持つ姿。泣きわめき、母親の腕を引っ張る。

細腕で、白い、冬なのにも関わらず。

袖などをまくり。


私は思いつく。


「彼女は洗い物をしていたんですね。腕にかかった衣服をたくし上げて。」


「正解だ。彼女のおままごとのシーンは家庭内の食器洗いだったんだろう。紅茶を入れたりはしないまでも、それくらいはする可能性がある。特によく見る機会があれば尚更ね。」


「無くした証拠はサインでしょうか。彼女はプラスチック食器に自分の名前を書いていた。いやこの場合書いていたのは母親だったのでしょうか。」


「そこまでは分からないね。」


「子は親を見て、それを真似る。あの母親は非常にウイルス対策を行っていました。非常に荒れた手はアルコールによる消毒のし過ぎが原因、およそ食器を洗剤で洗った後、さらにそれをアルコールで洗い流す。それを乾燥機に直しておく。水よりもアルコールの方が揮発性は高く乾燥しやすいあの店の回転率がさらに伸びることを予想すると出来るだけ早く乾燥させたいところでしょう。その様子だと、タオルで拭くと言うのも受け付けないタイプでしょうか。」

私がそこまで言い、兄が続ける。


「そして、子供はそれに倣って洗い物をした。洗剤を使ってから、アルコールで丁寧にこれならいくら油性ペンで書いていたとしても落ちてしまう。無くなった後それに気づいた。それは衝撃の状態だったのではなかろうか、油性ペンに絶対の信頼を置いていたのかも知れないし、理解に苦しんだ末あの言葉だったんだろうね。」

言い終えると兄は少し笑う。


私は分かってすっきりしたのかそれ以上は口を利かなかった。

残照はもうこれっぽっちもありはしなかったが、まだ時間との乖離は拭えない気がした。

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定食屋の件 端役 あるく @tachibanaharuhito

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