[00]
文化祭が終わって元通りの生活が始まってしまうと、広瀬は大きな箱を用意して、棒人形や台本を大切そうにしまいこんだ。その様子をぼんやりと眺めながら、須川は口を開いた。
「なんだか、わかったような気がする」
「何が?」と広瀬が訊ねた。
「やってやったぜー、って、充足感」
「なにそれ?」
「佳代が言ったんでしょ? たいせつなのは、やってやったぜーって充足感だって」
「わたし、そんなこと言ったかなあ」
部室に吹き込む風がカーテンをやさしく揺らした。吹く風は冷たくなりかけている。静かに季節が変わろうとしていた。
「たしかに、楽しかった」
俺が正直な気持ちを口に出すと、女子ふたりがそろって意外そうな顔をした。
「なんで驚く?」
「だって、似合わないんだもん」
「失礼な奴ら」
ふたりは、またそろってくすくす笑った。
ふてくされて名越の方に視線をやると、彼は退屈そうに頬杖をついてぼんやりしていた。文化祭が終わってから、名越はぼんやりすることが増えた。鶴を千羽折ってしまって、人形劇を完成させて、それでやることがなくて、燃え尽きたみたいになっているらしい。
それでもそのうち、また何かやりはじめるだろう。今は休憩時間みたいなものだ。そのときはまた、俺だって名越の思いつきに付き合って、何かやるかもしれない。
広瀬は箱のなかに詰め込むべきものを詰め込んでしまうと、それを部室の隅の方に置いた。
もう、それをここに置く理由がわからないとは思わない。
それはここに置いておくべきものだ。
真っ白のそっけない紙の箱を、広瀬は指先でやさしく撫でる。
ふと思い出して、俺は口を開く。
「そういえばさ、須川」
「ん?」
「桐島、俺たちの劇、観たんだって」
「そうなの? なんて言ってた?」
「おもしろかった。してやられた、って言ってた」
須川は意外そうな顔をしたあとに、心底嬉しそうに笑った。
俺は椅子から立ち上がって、窓辺へと歩いていく。
カーテンの向こうにからだを寄せると、空から差し込む日差しには、まだ少し夏の余韻が残っていて、それが肌にあたたかく広がっていくのを感じた。
瞼を閉じると日の光が肌に透けて、視界が柔らかで曖昧な赤みに覆われた。
日はやがて短くなっていくだろう。木々はやがて衣替えを始めるだろう。そしてもうすぐ、一年が経つ。
そう思うと悲しい。今でもときどき、自分を責めてしまう。悲しくて仕方ないときがある。
でも今この瞬間は、それがなんでもないことかのように、ごく自然に思い出せる。
彼女が言っていた言葉、彼女が見せた表情、彼女と一緒にいた場所、言えなかった言葉。
日差しがあたたかで心地いい。猫のひなたぼっこみたいだ。
そう思ってから、それが彼女の言葉だったと思い出した。
――猫のひなたぼっこみたいに、穏やかに生きられたら、それがいちばんだよね。
彼女のその言葉が、塵や光や胞子のような、小さな小さな粒になって、いつまでもずっと空気の中を漂っているような、そんな錯覚を、俺は抱いた。
カラフル・パンプキン・フィールズ へーるしゃむ @195547sc
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