「もー。こんなところに割れた鏡を捨てる人なんているのねえ。子どもたちがケガしちゃうじゃないの」

 鏡? おばさんの視線の先を見遣る。古ぼけた姿見が木に立てかけられていた。

 犬が吠える。

 しゅっ……という冷たい音の後、目の前のおばさんの首が地面に転がり、体がどうっと倒れた。

「うわぁああああ!」

 犬は何かに向かって吠えている。

 僕は駆ける。逃げないと!

 ここにいたら危ない! 殺される! 

 商店街に入る。人が多い。邪魔だ。邪魔だ!

 周りの人の首がすべて消えた。噴水のように血が首から噴き出す。

「あははっ、あははは! あははははは!」

 何故だかわからないが面白くなってきた。

 僕が邪魔だと思うものすべて死んでいく。

 なんでも消えていく。面白い。すぐに消えてしまうんだ。面白い!

 電器屋の店頭に並んだテレビが全て砂嵐に変わる。

 きっと僕はあの世に飛び込んだんだ。僕は糸で操られるままにあの世に入り込んだんだ!

 服屋の姿見から無数の手がはえている。

 あれに捕まれば何処か遠くに行けるかもしれない。あれは何処か異界へ繋がっているはずだ。体に絡みついた糸が身を引き絞る。たのしいな。

「僕の邪魔をする者は、すべて消えるんだ……」

 だから、これも邪魔だと思えば消えるはず。

 願いが一気に叶うはずだ。ほら、消えた。僕の願いが叶えられた。

「裏切者の願いが叶えられるはずがないでしょう」

 足元の水たまりから声がしたと思えば、足を掴まれていた。

 がきっ、ばきんっ、音を鳴らしながら、少女が姿を現す。

 ドレスがすっかり血にまみれていた。赤い瞳が更に赤くなっている。鉄のにおいが鼻をつく。

「あなたは約束を破る裏切者でございますが、反応があんまりにも面白かったので、しばらく泳がせました。しかしながら、それもおしまいでございます。だって、逃げることを楽しみ始めたでしょう? 他人を消すことを楽しんでいるでしょう? 私は、あなたを憐れだと思ったから助けてあげると言ったのでございます。それなのに、こんなにもつまらない結果を生み出しました。過程も悪ければ、結果も悪い。ダメダメのダメでございます。面白みがゼロでございます。というわけで、おしまいです。あなたがこれまで奪った他人の時間分、あなたの時間を頂きます。それでは――永久の安らぎをお約束いたしましょう!」

 りぃんりりぃん――……。

 鈴の音と共に、僕の周りの景色が歪みだす。

 僕の関節は逆に曲がり、骨が内臓を、肉を、脂肪を、皮膚を、なにもかもを突き破り、赤い飛沫が降ってくる。なんて美しい景色だろう。美しい。

 美しい!

「あなたの妄想のままに、美しい世界でございますよ。あはあは!」

 少女は笑う。

 猛毒を含んだ花のような笑顔だった。

 とてもとても、美しい笑顔だった。

 僕が知るすべての中で、いちばんうつくしかった。

「ほら、私はあなたを救えたでしょう。なんと素晴らしいことでしょう! 自分が狂っていることにも気付けずに、妄想ばかり語っているあなたにピッタリの終わりでしょう。私は優しいので、裏切者の願いも叶えてさしあげるのです。では、そろそろ、邪魔な肉体も魂も消してあげますね」

 僕は救われたんだ。

 狂気を少女の姿に妄想して。救われたんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狂気は少女の姿をしている 末千屋 コイメ @kozuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ