第10話
雨が止み、太陽が顔を出す。
布の落ちた鏡から手が伸び、枠を掴み、ばきっ、ばきっ……関節が鳴る音と共に、少女が姿を現す。
「こやけ! どうしてさっきは来てくれなかった!? 僕の願いを叶えてくれなかった!?」
「私は言ったはずでございますよ。雨の日は鏡を見るなと。どうして無責任に約束を破ったものの願いを叶えなければならないのでございますか? それはちゃんちゃらおかしいのでございますよ。あなたは雨の日に鏡を見てはいけないのです。それなのに、鏡を見た。更に言うと、見てはいけないものを見てしまったのです。常識の裏側、非常識の表側、深淵の奥底に沈む、混沌の欠片を見てしまったのです。これでは常識は非常識に成り代わり、非常識が常識へ昇格してしまうのでございます。つーまーり、あなたは、
けたけた……。気味の悪い笑い声をあげながら、少女の首がぐるんぐるんと回った。
――このままでは危ない。
本能で動いていた。
背中を見せないようにドアに手をかける。ドアノブをいくら回しても空回りしているかのようにガチャガチャ鳴るだけで、ドアが開かない。
外開きのはずだ。押せば開くはずだ。開かない。ならば引く! 開かない。ドアは閉ざされている。ドアノブは回り続ける。こんなに回るはずはない。そうして、金具ごと落ちた。
「あーら、あらあらあららら! ドアが壊れてしまいましたねえ! ドアが邪魔でございますか? それなら、消してあげましょうねえ!」
こやけは首を傾けて笑う。りんりりぃん……、鈴の音が鳴った。
その刹那、ドアが消える。
外に出られる!
僕は全力で走る。背を見せることがどれだけ愚かなことか
外に出る。焼け落ちるような真っ赤な空が広がっていた。白い雲が血のような残照に染まり、空を飛ぶ鳥全てが真っ黒な影へ変わっていた。
僕は走り続ける。
誰かに会いたい。誰か、僕を助けてくれ。そうだ、あの男は? あの着物の男なら、彼女を止められるかもしれない!
僕は公園へ駆け込む。男の姿は無い。
後ろから鈴の音と足音が聞こえてくる。歩いてくる。ゆっくり……歩いてくる。
体に絡みついた糸が一斉に引き絞られるような心地だ。僕の妄想が、僕の、僕の……。
「あら、ソウルちゃん。そんなところでどうしたの?」
拍子抜けするほど間の抜けた優しい声だ。
目の前にはお隣の家のおばさんがいた。雑種犬と共に。犬の散歩か。
僕は、追われていなかったのか? 僕は、助かったのか?
もしかすると、鏡から離れられないのか?
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