蜂とつつじの始まり

夢月七海

蜂とつつじの始まり


 この中学校に転校してから一か月、大分クラスの雰囲気を掴めるようになってきた。

 例えば、委員長の浅利あさりさんは、リーダーというよりも皆を引っ張る姉御肌タイプ。副委員長の住原さんは、細かい所に気が付いて、浅利さんをサポートしてくれる。野球部のエースの清峰さんは、モテモテだけどそれを鼻に掛けない爽やかイケメンで、村澤さんは控えめだけど可愛らしいから、隠れファンが多い……などなど。


 父の仕事の影響で、転校を繰り返してきたからこそ、磨かれた空気読みスキルで、私もすっかりクラスに馴染めた。それに、父が仕事を辞めて、故郷であるこの村に腰を据えたので、みんなとは末永い付き合いになるということも分かっている。

 だからこそ、いつも一人ぼっちの古ヶ崎こがさきつつじさんのことが気になっていた。それは、これまで私が見てきたのとは違う一人ぼっちだったから。


 古ヶ崎さんは、美人系の顔立ちをしていて、身長も高めなので、高校生に間違えられそうな雰囲気をしている。かといって、クールで近寄りがたい感じとも違う。

 クラスのみんなが盛り上がっていたら、一緒になって笑う。困っている生徒を見かけたら、すぐに助けてくれる。それなのに、彼女が友人らしき相手と談笑している姿を見かけず、いつも本を読んでいる。


「古ヶ崎さん、何読んでいるの?」


 だから、私が教室で何気ない会話をしてみた時に、後ろの席の彼女は驚いた様子でこちらを見上げた。ニ十分の休み時間。ほぼ初めて私に話しかけられた古ヶ崎さんは、困ったように笑った。

 教室内はずっとざわついているけれど、急にピリッとした空気になった。私は背中を向けているから分からないけれど、こちらをみんなが見ている気分になってくる。


「ええと、この本……」

「へえ。面白い?」

「うん……そうだね……」


 古ヶ崎さんは、私に本の表紙を見せてくれた。しかし、質問に対しての歯切れが悪い。好きなものに関する話だったら、テンションが上がるかなって思ったけれど、予想は外れたみたいだ。

 他に何か話題はないかなって思った時、彼女がいつも付けているカチューシャが目に写った。色は白く、右側にピンクのつつじの造花が付いている。


「そのカチューシャ、可愛いね」


 ちょっとした会話の糸口のつもりだったのに、辺りがピンと張りつめたような空気に変わった。教室内の全員が黙っている。

 古ヶ崎さんも、大きく目を見開いていた。瞳が、不安そうに震えている。どうしたのと尋ねる前に、彼女は不意に立ち上がった。


「ごめん、お手洗いに……」

「え、うん」


 風のように、教室の後ろの方から出ていく古ヶ崎さんを、見送ることしか出来なかった。

 ぽかんと立ち尽くす私に、このクラスで仲良くなった浅利さんと宇田さんが駆け寄ってきた。


蜂文字はちもんじさん、大丈夫?」

「え?」

「気分が悪くなったりしていない?」

「平気だけど……?」


 浅利さんと宇田さんに交互にそう尋ねられて、戸惑いながらも正直に答える。本当に大丈夫そうと分かると、彼女たちは顔を見合わせて、ほっと息をついた。

 「無事みたいね」「褒めたからかな?」と小声で言い合う二人に、どういうことなのか訊いてみると、古ヶ崎さんがまだ戻ってこないのを確認して、教室の隅の方に移動する。まだ、私たちの方をちらちら見ている視線を感じつつ、浅利さんが話し始めた。


「蜂文字さん、山蛇神社って知っている?」

「うん。お参りにも行ったことあるよ」


 村から外れた山の方にある、新しめの神社を思い出した。お正月などで、父の実家に帰省した時に、初詣に行ったこともある。詳しい歴史は知らないけれど、蛇の神様を祀っていると聞いた。


「古ヶ崎さん、あそこの神社の一人娘なの」

「へー、知らなかった」

「ただ、蛇神様が古ヶ崎さんのことをすごく気に入っていてね、あのカチューシャも、蛇神様の力が籠ったお守り代わりなんだって」

「いいね。この辺、妖怪も多いから、守ってもらえるのは心強いかも」


 人を喰ってしまうほどの凶暴な妖怪はいなくとも、ちょっとした悪戯を仕掛ける妖怪は多い。私も、つい先日、すねこすりに転ばされてしまった。

 だから、羨ましさを込めて宇田さんの話に返したのだけど、二人は複雑そうな顔を見せる。まるで、それが悪いことだと言いたげに。宇田さんが、そのまま話を続ける。


「私たちの小学校、すごく厳しくてね、」

「うん」

「髪に付けるカチューシャ、ヘアゴム、ヘアピンは黒じゃないとダメって校則があったの」

「あ、でも、古ヶ崎さんは……」

「そう、あの時も白いカチューシャでね。一番校則に厳しい先生が、みんなの前で古ヶ崎さんを説教し始めたの。そしたら、立ったまま、後ろのびたーんって倒れて」

「えっ、」

「私も見てた。すぐに、町の大きい病院に連れていかれたけれど、眠っているだけで、何の問題もない。ただ、起きられない。それから、その先生は、三日三晩悪夢を見続けていたみたいよ」

「うそー」


 あまりに露骨な天罰に、信じらない気持ちが強かった。ただ、二人の様子からすると、本当なんだろう。そして、古ヶ崎さんのカチューシャについて話して、何ともなかった私に安堵している。

 このクラス、というより学校内で、古ヶ崎さんの置かれている立場がなんとなく見えてきた。彼女は、恐れられている。彼女自身ではなく、その背景にいる蛇神様を、怒らせてはいけないと。


「とまあ、そんなことがあって、古ヶ崎さんのお母さんが動いてくれてから、あの理不尽な校則は無くなったんだけどね」

「私たちとしては、結果オーライだったよ。うなされた先生には悪いけど」


 浅利さんと宇田さんが苦笑しながら後日談を話してくれて、この昔話を締めくくった。私は、「そっかー、忠告してくれてありがとー」と空気を読んで返しながら、頭の中では全然別のことを考えている。

 古ヶ崎さんは、そんな風に大袈裟なくらいに守ってくれる蛇神様を、どう思っているんだろう? 友達関係にまで口出してくる、親みたいな存在なのかもしれない。そして彼女は、このままで平気なのだろうか?






   〇






「古ヶ崎さん、一緒に帰ろー」


 教室から出ようとする古ヶ崎さんに、そう話しかける。彼女は信じられないという表情で振り返ったが、そっと頷いてくれた。

 校舎内、グラウンド、通学路に入るまで、私が一方的にずっと話していた。この村に引っ越してきてから、驚いたこととか、気になっていることとかを中心に。同じ学校の子が、驚いた様子でこちらを見ているのも気にせずに。


「古ヶ崎さんって、山蛇神社の神主の娘さんなんだね。あそこって、他の神社と比べて、結構新しくない?」

「うん……。私の母が、こっちに来てから新しく作り直したから……まだ、二十年も経っていないよ」

「あ、そうなんだ。お母さん、バイタリティあるねぇ」

「ねえ、蜂文字さん」


 山道に入る途中で、古ヶ崎さんが耐えきれずに立ち止まり、私を見た。この道を入って行ったら、山蛇神社に着いて、私の家はもうとっくに過ぎてしまっていまっている。


「なんで、私のことをこんなに気にするの?」

「うーん、正直言うと、自分の為かな」

「自分の為?」


 予想外の答えだったのか、目を丸くして、古ヶ崎さんが聞き返す。私は笑顔で頷いて、嘘偽りのない気持ちを話した。


「私、ずっと色んな学校を転々としてきたんだ。一つの学校に入れるのは、長くても一年くらいで。だけど、それくらいの期間でも教室がよーく見えてきた」

「うん」

「いじめられている子とか、仲間外れにされている子とか、先生に目を付けられている子とか。隠そうとしていても、気付いてしまうんだよね。でも、私は全部それを見て見ぬふりしてきた」

「……」

「どうせ、関わったって、私はすぐ転校してしまうからって、言い訳して。でも、それももう使えない」

「だから、話しかけたの?」

「うん。もう、後悔も言い訳もしたくないんだ」


 私がそう締めくくると、古ヶ崎さんはふうと息をついた。ずっと背負っていた荷物を下ろしたかのように、表情が和らいでいる。

 今がチャンスかもしれない。私は、浅利さんと宇田さんの話を聞いた時から、気になったことを彼女にぶつけてみる。


「古ヶ崎さんは、蛇神様のことはどう思っているの?」

「守ってくれるのは有り難いよ。でも、ちょっとやり過ぎかなって……」

「だよね。あれじゃあ、友達も出来ないよね」

「うーん、それとは別に、蛇神様のことも心配で」

「心配? なんで?」


 古ヶ崎さんの意外な言葉に、首を傾げる。こう言っちゃあ悪いけれど、古ヶ崎さんにとって、蛇神様は自分を縛る鎖のような存在だと思っていた。

 「私の家に向かいながら話そっか」と古ヶ崎さんが言うので、二人して山道に入っていく。人が通りやすいようにと、地面には石畳が敷かれていて、その隙間は一本の草が生えていない。遠くの木々で、鳥が鳴いているのを聞きながら歩いた。


「蛇神様は、私に酷いことをした人を罰してくれるけれど、明らかにやり過ぎちゃっているのよね」

「確かに、カチューシャを注意しただけで、三日三晩悪夢にうなされるっていうのは、可愛そうだと思う」

「こういうのは罪と罰のバランスが大事で……やり過ぎた罰は、翻って呪いになる」

「呪い……」

「人を呪わば穴二つってことわざあるでしょ? それ、人間だけじゃなくて、神様にも当て嵌まるの。むしろ、神様が強大な力を使う分、影響は強く受ける。そうやって、たくさん呪えば呪うほど、自分が負に近付いていってしまう」

「負って何?」

「陽に対する陰、正に対する邪、愛情に対する憎悪。色々挙げられるけれど、ざっくり言えばマイナスのエネルギーってこと。で、神様が負に飲み込まれると、邪神になってしまう」

「それは大変だね……。蛇神様は、大丈夫?」

「正直、かなり危険な状況なの……」


 古ヶ崎さんは、ピタリと何もない場所で足を止めた。俯いたその表情は、涙を堪えようとしているように見える。


「あと一人、何か呪ってしまったら、きっと戻れなくなってしまう」

「じゃあ、早く何とか、」


 しないと、と言いかけたのは、古ヶ崎さんの後ろの木々を、何かが素早く飛び移っているのが見えたから。猿のようなその何かは、だんだんと近付いてきて、私たちのいる山道の上へと飛び出した。

 それは、百目鬼どうめきの子供だった。体中にある目を細めて、口元に悪戯な笑みを浮かべている。そのまま、古ヶ崎さんの頭を狙って飛んできた。


「古ヶ崎さん! 後ろ!」

「えっ?」


 振り返った古ヶ崎さんだけど、百目鬼の子は、素早く古ヶ崎さんの頭のカチューシャを掠め取って、私がいる側の木々へと飛んでいった。古ヶ崎さんは、自分の頭を触ってから、急激に青褪めていった。


「いけない。あの子が呪われちゃう」

「追いかけよう!」


 私たちは、石畳の道から、山の獣道へと分け入っていく。百目鬼の子は、カチューシャを持ったまま、木々を移動し続けていた。

 ふと、空中に躍り出た百目鬼の子が、映像を一時停止したかのように、浮かんだまま止まった。そのまま、見えない糸が付いているみたいに、左側へと引っ張られていく。


「蛇神様よ!」


 古ヶ崎さんが悲鳴のように叫んで、慌てて方向転換する。私も、必死に曲がって、彼女の背中を追った。

 視線の先で、百目鬼の子が空中で止まっている。全く動くことが出来ない様子だ。その後ろには、小さいけれど立派な祠が建っている。


 その祠と百目鬼の子の間、空気が陽炎のように揺らめくと、一頭の大きな蛇が現れた。どの木よりも大きなその体は、黒い縁取りをされた白い鱗で覆われている。その黒い瞳は、百目鬼の子を見据えているのに、私の身の毛も逆立った。

 現れた蛇神様は、軽く尻尾を振るだけで、百目鬼の子が持っているカチューシャを取り上げた。宙をふわふわ浮かぶカチューシャをよそに、尻尾の先がゆっくりと文字を書く。それがひらがなの「め」だと分かった直後、古ヶ崎さんが叫んだ。


「蛇神様! やめてください!」


 走ってきた私たちに、蛇神様はゆっくりと顔を向ける。いや、その目は古ヶ崎さんだけを見つめていた。私なら、足が竦んでしまいそうな神様の圧に耐えながら、古ヶ崎さんが続ける。


「カチューシャを盗んだだけで、あの子の全ての目を潰すのはやり過ぎです!」

「え……、今の、そんな呪いだったの?」


 私は息も切れ切れだったが、思わずそう言わずにはいられない。

 百目鬼の子も、事態の深刻さが伝わったのか、蛇神様の集中力が切れたのか、宙に浮いたまま、じたばた手足を動かして、抵抗している。


『つつじよ。こ奴は、お主の大切な守護を盗んだのじゃ。罰は必須であろう』


 蛇神様は、口を動かさずにテレパシーでそう話しかけてくる。その声は、存外に冷ややかで、古ヶ崎さんのお願いを聞き入れてもらえていないようだった。

 古ヶ崎さんは、悔しそうに拳を作っている。何と言えばいいのか分からない様子の彼女に、私は助け船を出した。


「正直に話しましょう。蛇神様にも、古ヶ崎さんの気持ちを知れば、分かってくれるよ」

「うん……」


 古ヶ崎さんは、意を決した様子で、顔を上げた。威厳のある蛇神様を、真正面から見据える。


「蛇神様、恐れ多くも申し上げます」

『何じゃ』

「蛇神様は、罰が強すぎます。神様として威厳を見せたいのは分かりますが、恐れられてしまうのは悪い影響が出てしまいます」

『ふむ』

「河出先生への罰も、みんなを怖がらせてしまいました。それで、私まで怖がられて、あまり他の子から話しかけられなくなって……」

『何と、そうであったか』

「そもそも、蛇神様は過保護すぎます。六年の時の修学旅行も禁止されましたし、村の外に出たら、二時間以内に帰ってこないといけないとか、中学生にはあり得ませんよ」

『それは、そなたが心配で……』

「干渉もやり過ぎです。毎晩寝る前に、この日一日起きたことを祠に向かって報告しないといけないとか、学校の日記よりも厳しいですよ。一日忘れたら、すごく拗ねてしまいますし」

『……』

「あと、着る服とか持ち物の色も決めないでほしいです。白色も嫌いじゃないんですけど、私はもっと赤系の色が好きなんです。それから……」

「古ヶ崎さん、ストップ、ストップ!」


 明らかに蛇神様が落ち込んで、頭を下げてきたので、私は慌てて古ヶ崎さんを止めた。古ヶ崎さんもはっとして、言い過ぎてしまったことを反省して、俯いている。

 蛇神様がショックを受け過ぎて、術が緩んだのか、ずっと宙ぶらりんになっていた百目鬼の子は、この隙にさっさと逃げていってしまった。


「古ヶ崎さん、私に話してくれたことを、今度は蛇神様に伝えようよ」

「うん……蛇神様、改めて申し上げます」

『うむ。何用じゃ』

「蛇神様が、強すぎる天罰……呪いを掛け続けたせいで、体がだんだんと負に染まっていっていくのが、とても心配です。今日、久しぶりに姿を拝見しましたが、鱗が黒くなり出したのも、良くない予兆だと思いますし……。私を大切に思う気持ちは有り難いのですが、罪と罰は均等にしてください。それから、今の状態のことも、母に伝えて、相談してくださいね」

『……つつじは、心の清い子に育ったのう。神である我のことも案ずるとは』


 古ヶ崎さんの訴えを最後まで訊いた蛇神様は、優しい声色で返してくれた。目も細めて、笑っているようだ。

 自分の気持ちを伝えられてほっとしている古ヶ崎さんに、蛇神様はカチューシャを付け直してくれた。念力のような力で、丁寧に頭を撫でつけて、そこにカチューシャを嵌める。


「ありがとうございます」

『礼は良い。これからも、その慈愛の心を大切にするのじゃぞ』

「はい」


 頭を下げた古ヶ崎さんと同じように、私もお辞儀をした。すると、だんだんと蛇神様の姿が薄くなって、見えなくなった。

 顔を上げた私に、古ヶ崎さんが急に抱き着いてきた。あまりに驚いて、彼女の顔を見ると、笑っているのに泣き出しそうな表情をしている。


「ありがとう、蜂文字さん! あなたのお陰で、蛇神様を助けられたわ!」

「私は何もしていないよー」


 そう言いながらも、古ヶ崎さんがこうして笑顔を取り戻せたことが嬉しくって、私も一緒に大きな声で笑った。






   〇






 蛇神様と遭遇した後、古ヶ崎さんの家にも寄ってみた。神社で、私たちも迎えてくれた巫女服の若い女性は、古ヶ崎さんのお母さんだという。二十代ぐらいに見えたので、最初は古ヶ崎さんのお姉さんだと思った。

 古ヶ崎さんの家のリビングで、カステラをご馳走になり、お土産にとおまんじゅうまでもらった。神主だという古ヶ崎さんのお母さんは、すごくお喋りで気さくな人で、神主さんは固い人という私のイメージを払拭した。


 名残惜しかったけれど、日が落ちた山道は危険だからと、私は早めに古ヶ崎さんの家を後にした。一人で石畳の道を歩き、そう言えば、この辺りに祠があったっけと考えている所だった。


『そこの娘よ』


 頭の中に、蛇神様の声が聞こえた。立ち止まって辺りを見回してみるが、姿が見えない。


『ああ、そのまま歩いていてくれ。返答も、口に出さずともこちらが読み取ろう』

『分かりました……こうですか?』

『よいよい』


 言われた通りにすると、蛇神様の嬉しそうな声が脳内に響いた。緊張のあまり、周りから見たらぎくしゃくしたような歩みで、石畳の上を進む。


『そなたは、この辺りでは見かけぬ子じゃな。名は?』

『はい。一月前に引っ越してきました。古ヶ崎さんと同じクラスの、蜂文字ことと言います』

『つつじに、蜂、か……うーむ、これもまた、流れの一つなのかもしれぬ……』


 私の名前を聞いて、蛇神様はぶつぶつと呟く。よく、名字の「蜂」を「八」と勘違いされるけれど、蛇神様はちゃんと分ってくれたらしい。

 さすがだなぁと感心しながら、当然の疑問を返す。


『あの、流れって、何ですか? 私と古ヶ崎さんに、何かあるんですか?』

『……詳しいことは、言えぬ。ただ、将来つつじには、尋常ならぬことが起きる。そなたは、それに対する重要人物になりえる……としか、伝えられん』

『……すみません、よく分からないのですが、古ヶ崎さんに悪いことが起こるんですか?』

『それも、言えぬ。神の放言は、将来を確定してしまうからな』

『はあ……』


 何とも要領を得なくて、困惑してしまう。ただ、古ヶ崎さんに何かが起こるのが分かっているからこそ、蛇神様はお守りをあげたり、遠くに行かせないようにしたりと、過保護になっているのかもしれない。


『さて、娘よ。つつじと関わると、そなたも巻き込まれる見込みがあるのだが……それでも、つつじの友でいてくれるか?』

『もちろんです。この話を聞いて、余計にほっとけなくなりました』

『そうか。つつじは、良い友に恵まれたな』


 私が固い決意を言うと、蛇神様は安堵したように返した。その言葉は、古ヶ崎さんに掛けた物よりも柔らかで、ドキッとしてしまう。


『では、頼うだよ、琴よ……』

『はい。お任せ下さい』


 最後の一言が、頭の中で遠ざかって残響となるのを聞いて、私は息をついた。辺りは綺麗な夕暮れで、頭上の鴉の群れが家路に向かっている。

 私の日常は、これから結構大変なことになりそうだ。でも、すごくわくわくしているのも、偽りのない事だった。
















































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