蜂とつつじの始まり
夢月七海
蜂とつつじの始まり
この中学校に転校してから一か月、大分クラスの雰囲気を掴めるようになってきた。
例えば、委員長の
父の仕事の影響で、転校を繰り返してきたからこそ、磨かれた空気読みスキルで、私もすっかりクラスに馴染めた。それに、父が仕事を辞めて、故郷であるこの村に腰を据えたので、みんなとは末永い付き合いになるということも分かっている。
だからこそ、いつも一人ぼっちの
古ヶ崎さんは、美人系の顔立ちをしていて、身長も高めなので、高校生に間違えられそうな雰囲気をしている。かといって、クールで近寄りがたい感じとも違う。
クラスのみんなが盛り上がっていたら、一緒になって笑う。困っている生徒を見かけたら、すぐに助けてくれる。それなのに、彼女が友人らしき相手と談笑している姿を見かけず、いつも本を読んでいる。
「古ヶ崎さん、何読んでいるの?」
だから、私が教室で何気ない会話をしてみた時に、後ろの席の彼女は驚いた様子でこちらを見上げた。ニ十分の休み時間。ほぼ初めて私に話しかけられた古ヶ崎さんは、困ったように笑った。
教室内はずっとざわついているけれど、急にピリッとした空気になった。私は背中を向けているから分からないけれど、こちらをみんなが見ている気分になってくる。
「ええと、この本……」
「へえ。面白い?」
「うん……そうだね……」
古ヶ崎さんは、私に本の表紙を見せてくれた。しかし、質問に対しての歯切れが悪い。好きなものに関する話だったら、テンションが上がるかなって思ったけれど、予想は外れたみたいだ。
他に何か話題はないかなって思った時、彼女がいつも付けているカチューシャが目に写った。色は白く、右側にピンクのつつじの造花が付いている。
「そのカチューシャ、可愛いね」
ちょっとした会話の糸口のつもりだったのに、辺りがピンと張りつめたような空気に変わった。教室内の全員が黙っている。
古ヶ崎さんも、大きく目を見開いていた。瞳が、不安そうに震えている。どうしたのと尋ねる前に、彼女は不意に立ち上がった。
「ごめん、お手洗いに……」
「え、うん」
風のように、教室の後ろの方から出ていく古ヶ崎さんを、見送ることしか出来なかった。
ぽかんと立ち尽くす私に、このクラスで仲良くなった浅利さんと宇田さんが駆け寄ってきた。
「
「え?」
「気分が悪くなったりしていない?」
「平気だけど……?」
浅利さんと宇田さんに交互にそう尋ねられて、戸惑いながらも正直に答える。本当に大丈夫そうと分かると、彼女たちは顔を見合わせて、ほっと息をついた。
「無事みたいね」「褒めたからかな?」と小声で言い合う二人に、どういうことなのか訊いてみると、古ヶ崎さんがまだ戻ってこないのを確認して、教室の隅の方に移動する。まだ、私たちの方をちらちら見ている視線を感じつつ、浅利さんが話し始めた。
「蜂文字さん、山蛇神社って知っている?」
「うん。お参りにも行ったことあるよ」
村から外れた山の方にある、新しめの神社を思い出した。お正月などで、父の実家に帰省した時に、初詣に行ったこともある。詳しい歴史は知らないけれど、蛇の神様を祀っていると聞いた。
「古ヶ崎さん、あそこの神社の一人娘なの」
「へー、知らなかった」
「ただ、蛇神様が古ヶ崎さんのことをすごく気に入っていてね、あのカチューシャも、蛇神様の力が籠ったお守り代わりなんだって」
「いいね。この辺、妖怪も多いから、守ってもらえるのは心強いかも」
人を喰ってしまうほどの凶暴な妖怪はいなくとも、ちょっとした悪戯を仕掛ける妖怪は多い。私も、つい先日、すねこすりに転ばされてしまった。
だから、羨ましさを込めて宇田さんの話に返したのだけど、二人は複雑そうな顔を見せる。まるで、それが悪いことだと言いたげに。宇田さんが、そのまま話を続ける。
「私たちの小学校、すごく厳しくてね、」
「うん」
「髪に付けるカチューシャ、ヘアゴム、ヘアピンは黒じゃないとダメって校則があったの」
「あ、でも、古ヶ崎さんは……」
「そう、あの時も白いカチューシャでね。一番校則に厳しい先生が、みんなの前で古ヶ崎さんを説教し始めたの。そしたら、立ったまま、後ろのびたーんって倒れて」
「えっ、」
「私も見てた。すぐに、町の大きい病院に連れていかれたけれど、眠っているだけで、何の問題もない。ただ、起きられない。それから、その先生は、三日三晩悪夢を見続けていたみたいよ」
「うそー」
あまりに露骨な天罰に、信じらない気持ちが強かった。ただ、二人の様子からすると、本当なんだろう。そして、古ヶ崎さんのカチューシャについて話して、何ともなかった私に安堵している。
このクラス、というより学校内で、古ヶ崎さんの置かれている立場がなんとなく見えてきた。彼女は、恐れられている。彼女自身ではなく、その背景にいる蛇神様を、怒らせてはいけないと。
「とまあ、そんなことがあって、古ヶ崎さんのお母さんが動いてくれてから、あの理不尽な校則は無くなったんだけどね」
「私たちとしては、結果オーライだったよ。うなされた先生には悪いけど」
浅利さんと宇田さんが苦笑しながら後日談を話してくれて、この昔話を締めくくった。私は、「そっかー、忠告してくれてありがとー」と空気を読んで返しながら、頭の中では全然別のことを考えている。
古ヶ崎さんは、そんな風に大袈裟なくらいに守ってくれる蛇神様を、どう思っているんだろう? 友達関係にまで口出してくる、親みたいな存在なのかもしれない。そして彼女は、このままで平気なのだろうか?
〇
「古ヶ崎さん、一緒に帰ろー」
教室から出ようとする古ヶ崎さんに、そう話しかける。彼女は信じられないという表情で振り返ったが、そっと頷いてくれた。
校舎内、グラウンド、通学路に入るまで、私が一方的にずっと話していた。この村に引っ越してきてから、驚いたこととか、気になっていることとかを中心に。同じ学校の子が、驚いた様子でこちらを見ているのも気にせずに。
「古ヶ崎さんって、山蛇神社の神主の娘さんなんだね。あそこって、他の神社と比べて、結構新しくない?」
「うん……。私の母が、こっちに来てから新しく作り直したから……まだ、二十年も経っていないよ」
「あ、そうなんだ。お母さん、バイタリティあるねぇ」
「ねえ、蜂文字さん」
山道に入る途中で、古ヶ崎さんが耐えきれずに立ち止まり、私を見た。この道を入って行ったら、山蛇神社に着いて、私の家はもうとっくに過ぎてしまっていまっている。
「なんで、私のことをこんなに気にするの?」
「うーん、正直言うと、自分の為かな」
「自分の為?」
予想外の答えだったのか、目を丸くして、古ヶ崎さんが聞き返す。私は笑顔で頷いて、嘘偽りのない気持ちを話した。
「私、ずっと色んな学校を転々としてきたんだ。一つの学校に入れるのは、長くても一年くらいで。だけど、それくらいの期間でも教室がよーく見えてきた」
「うん」
「いじめられている子とか、仲間外れにされている子とか、先生に目を付けられている子とか。隠そうとしていても、気付いてしまうんだよね。でも、私は全部それを見て見ぬふりしてきた」
「……」
「どうせ、関わったって、私はすぐ転校してしまうからって、言い訳して。でも、それももう使えない」
「だから、話しかけたの?」
「うん。もう、後悔も言い訳もしたくないんだ」
私がそう締めくくると、古ヶ崎さんはふうと息をついた。ずっと背負っていた荷物を下ろしたかのように、表情が和らいでいる。
今がチャンスかもしれない。私は、浅利さんと宇田さんの話を聞いた時から、気になったことを彼女にぶつけてみる。
「古ヶ崎さんは、蛇神様のことはどう思っているの?」
「守ってくれるのは有り難いよ。でも、ちょっとやり過ぎかなって……」
「だよね。あれじゃあ、友達も出来ないよね」
「うーん、それとは別に、蛇神様のことも心配で」
「心配? なんで?」
古ヶ崎さんの意外な言葉に、首を傾げる。こう言っちゃあ悪いけれど、古ヶ崎さんにとって、蛇神様は自分を縛る鎖のような存在だと思っていた。
「私の家に向かいながら話そっか」と古ヶ崎さんが言うので、二人して山道に入っていく。人が通りやすいようにと、地面には石畳が敷かれていて、その隙間は一本の草が生えていない。遠くの木々で、鳥が鳴いているのを聞きながら歩いた。
「蛇神様は、私に酷いことをした人を罰してくれるけれど、明らかにやり過ぎちゃっているのよね」
「確かに、カチューシャを注意しただけで、三日三晩悪夢にうなされるっていうのは、可愛そうだと思う」
「こういうのは罪と罰のバランスが大事で……やり過ぎた罰は、翻って呪いになる」
「呪い……」
「人を呪わば穴二つってことわざあるでしょ? それ、人間だけじゃなくて、神様にも当て嵌まるの。むしろ、神様が強大な力を使う分、影響は強く受ける。そうやって、たくさん呪えば呪うほど、自分が負に近付いていってしまう」
「負って何?」
「陽に対する陰、正に対する邪、愛情に対する憎悪。色々挙げられるけれど、ざっくり言えばマイナスのエネルギーってこと。で、神様が負に飲み込まれると、邪神になってしまう」
「それは大変だね……。蛇神様は、大丈夫?」
「正直、かなり危険な状況なの……」
古ヶ崎さんは、ピタリと何もない場所で足を止めた。俯いたその表情は、涙を堪えようとしているように見える。
「あと一人、何か呪ってしまったら、きっと戻れなくなってしまう」
「じゃあ、早く何とか、」
しないと、と言いかけたのは、古ヶ崎さんの後ろの木々を、何かが素早く飛び移っているのが見えたから。猿のようなその何かは、だんだんと近付いてきて、私たちのいる山道の上へと飛び出した。
それは、
「古ヶ崎さん! 後ろ!」
「えっ?」
振り返った古ヶ崎さんだけど、百目鬼の子は、素早く古ヶ崎さんの頭のカチューシャを掠め取って、私がいる側の木々へと飛んでいった。古ヶ崎さんは、自分の頭を触ってから、急激に青褪めていった。
「いけない。あの子が呪われちゃう」
「追いかけよう!」
私たちは、石畳の道から、山の獣道へと分け入っていく。百目鬼の子は、カチューシャを持ったまま、木々を移動し続けていた。
ふと、空中に躍り出た百目鬼の子が、映像を一時停止したかのように、浮かんだまま止まった。そのまま、見えない糸が付いているみたいに、左側へと引っ張られていく。
「蛇神様よ!」
古ヶ崎さんが悲鳴のように叫んで、慌てて方向転換する。私も、必死に曲がって、彼女の背中を追った。
視線の先で、百目鬼の子が空中で止まっている。全く動くことが出来ない様子だ。その後ろには、小さいけれど立派な祠が建っている。
その祠と百目鬼の子の間、空気が陽炎のように揺らめくと、一頭の大きな蛇が現れた。どの木よりも大きなその体は、黒い縁取りをされた白い鱗で覆われている。その黒い瞳は、百目鬼の子を見据えているのに、私の身の毛も逆立った。
現れた蛇神様は、軽く尻尾を振るだけで、百目鬼の子が持っているカチューシャを取り上げた。宙をふわふわ浮かぶカチューシャをよそに、尻尾の先がゆっくりと文字を書く。それがひらがなの「め」だと分かった直後、古ヶ崎さんが叫んだ。
「蛇神様! やめてください!」
走ってきた私たちに、蛇神様はゆっくりと顔を向ける。いや、その目は古ヶ崎さんだけを見つめていた。私なら、足が竦んでしまいそうな神様の圧に耐えながら、古ヶ崎さんが続ける。
「カチューシャを盗んだだけで、あの子の全ての目を潰すのはやり過ぎです!」
「え……、今の、そんな呪いだったの?」
私は息も切れ切れだったが、思わずそう言わずにはいられない。
百目鬼の子も、事態の深刻さが伝わったのか、蛇神様の集中力が切れたのか、宙に浮いたまま、じたばた手足を動かして、抵抗している。
『つつじよ。こ奴は、お主の大切な守護を盗んだのじゃ。罰は必須であろう』
蛇神様は、口を動かさずにテレパシーでそう話しかけてくる。その声は、存外に冷ややかで、古ヶ崎さんのお願いを聞き入れてもらえていないようだった。
古ヶ崎さんは、悔しそうに拳を作っている。何と言えばいいのか分からない様子の彼女に、私は助け船を出した。
「正直に話しましょう。蛇神様にも、古ヶ崎さんの気持ちを知れば、分かってくれるよ」
「うん……」
古ヶ崎さんは、意を決した様子で、顔を上げた。威厳のある蛇神様を、真正面から見据える。
「蛇神様、恐れ多くも申し上げます」
『何じゃ』
「蛇神様は、罰が強すぎます。神様として威厳を見せたいのは分かりますが、恐れられてしまうのは悪い影響が出てしまいます」
『ふむ』
「河出先生への罰も、みんなを怖がらせてしまいました。それで、私まで怖がられて、あまり他の子から話しかけられなくなって……」
『何と、そうであったか』
「そもそも、蛇神様は過保護すぎます。六年の時の修学旅行も禁止されましたし、村の外に出たら、二時間以内に帰ってこないといけないとか、中学生にはあり得ませんよ」
『それは、そなたが心配で……』
「干渉もやり過ぎです。毎晩寝る前に、この日一日起きたことを祠に向かって報告しないといけないとか、学校の日記よりも厳しいですよ。一日忘れたら、すごく拗ねてしまいますし」
『……』
「あと、着る服とか持ち物の色も決めないでほしいです。白色も嫌いじゃないんですけど、私はもっと赤系の色が好きなんです。それから……」
「古ヶ崎さん、ストップ、ストップ!」
明らかに蛇神様が落ち込んで、頭を下げてきたので、私は慌てて古ヶ崎さんを止めた。古ヶ崎さんもはっとして、言い過ぎてしまったことを反省して、俯いている。
蛇神様がショックを受け過ぎて、術が緩んだのか、ずっと宙ぶらりんになっていた百目鬼の子は、この隙にさっさと逃げていってしまった。
「古ヶ崎さん、私に話してくれたことを、今度は蛇神様に伝えようよ」
「うん……蛇神様、改めて申し上げます」
『うむ。何用じゃ』
「蛇神様が、強すぎる天罰……呪いを掛け続けたせいで、体がだんだんと負に染まっていっていくのが、とても心配です。今日、久しぶりに姿を拝見しましたが、鱗が黒くなり出したのも、良くない予兆だと思いますし……。私を大切に思う気持ちは有り難いのですが、罪と罰は均等にしてください。それから、今の状態のことも、母に伝えて、相談してくださいね」
『……つつじは、心の清い子に育ったのう。神である我のことも案ずるとは』
古ヶ崎さんの訴えを最後まで訊いた蛇神様は、優しい声色で返してくれた。目も細めて、笑っているようだ。
自分の気持ちを伝えられてほっとしている古ヶ崎さんに、蛇神様はカチューシャを付け直してくれた。念力のような力で、丁寧に頭を撫でつけて、そこにカチューシャを嵌める。
「ありがとうございます」
『礼は良い。これからも、その慈愛の心を大切にするのじゃぞ』
「はい」
頭を下げた古ヶ崎さんと同じように、私もお辞儀をした。すると、だんだんと蛇神様の姿が薄くなって、見えなくなった。
顔を上げた私に、古ヶ崎さんが急に抱き着いてきた。あまりに驚いて、彼女の顔を見ると、笑っているのに泣き出しそうな表情をしている。
「ありがとう、蜂文字さん! あなたのお陰で、蛇神様を助けられたわ!」
「私は何もしていないよー」
そう言いながらも、古ヶ崎さんがこうして笑顔を取り戻せたことが嬉しくって、私も一緒に大きな声で笑った。
〇
蛇神様と遭遇した後、古ヶ崎さんの家にも寄ってみた。神社で、私たちも迎えてくれた巫女服の若い女性は、古ヶ崎さんのお母さんだという。二十代ぐらいに見えたので、最初は古ヶ崎さんのお姉さんだと思った。
古ヶ崎さんの家のリビングで、カステラをご馳走になり、お土産にとおまんじゅうまでもらった。神主だという古ヶ崎さんのお母さんは、すごくお喋りで気さくな人で、神主さんは固い人という私のイメージを払拭した。
名残惜しかったけれど、日が落ちた山道は危険だからと、私は早めに古ヶ崎さんの家を後にした。一人で石畳の道を歩き、そう言えば、この辺りに祠があったっけと考えている所だった。
『そこの娘よ』
頭の中に、蛇神様の声が聞こえた。立ち止まって辺りを見回してみるが、姿が見えない。
『ああ、そのまま歩いていてくれ。返答も、口に出さずともこちらが読み取ろう』
『分かりました……こうですか?』
『よいよい』
言われた通りにすると、蛇神様の嬉しそうな声が脳内に響いた。緊張のあまり、周りから見たらぎくしゃくしたような歩みで、石畳の上を進む。
『そなたは、この辺りでは見かけぬ子じゃな。名は?』
『はい。一月前に引っ越してきました。古ヶ崎さんと同じクラスの、蜂文字
『つつじに、蜂、か……うーむ、これもまた、流れの一つなのかもしれぬ……』
私の名前を聞いて、蛇神様はぶつぶつと呟く。よく、名字の「蜂」を「八」と勘違いされるけれど、蛇神様はちゃんと分ってくれたらしい。
さすがだなぁと感心しながら、当然の疑問を返す。
『あの、流れって、何ですか? 私と古ヶ崎さんに、何かあるんですか?』
『……詳しいことは、言えぬ。ただ、将来つつじには、尋常ならぬことが起きる。そなたは、それに対する重要人物になりえる……としか、伝えられん』
『……すみません、よく分からないのですが、古ヶ崎さんに悪いことが起こるんですか?』
『それも、言えぬ。神の放言は、将来を確定してしまうからな』
『はあ……』
何とも要領を得なくて、困惑してしまう。ただ、古ヶ崎さんに何かが起こるのが分かっているからこそ、蛇神様はお守りをあげたり、遠くに行かせないようにしたりと、過保護になっているのかもしれない。
『さて、娘よ。つつじと関わると、そなたも巻き込まれる見込みがあるのだが……それでも、つつじの友でいてくれるか?』
『もちろんです。この話を聞いて、余計にほっとけなくなりました』
『そうか。つつじは、良い友に恵まれたな』
私が固い決意を言うと、蛇神様は安堵したように返した。その言葉は、古ヶ崎さんに掛けた物よりも柔らかで、ドキッとしてしまう。
『では、頼うだよ、琴よ……』
『はい。お任せ下さい』
最後の一言が、頭の中で遠ざかって残響となるのを聞いて、私は息をついた。辺りは綺麗な夕暮れで、頭上の鴉の群れが家路に向かっている。
私の日常は、これから結構大変なことになりそうだ。でも、すごくわくわくしているのも、偽りのない事だった。
蜂とつつじの始まり 夢月七海 @yumetuki-773
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