第7話 最後のお話

 マスターが話し始めた内容はよく分からないものだった。まず強い魔物が人に近づくという話は公にされていない事なのだそうだ。過去に起こった魔女狩りのような事を引き起こさないようするために研究者の中では公然の秘密になっているのだとか。それと正確に言えば、魔物が人の姿に似ていくのではなくて魔物が人に侵食される方が正しいらしい。魔物が人の肉体を摂取することによって人の要素が強まっていき、次第に姿かたちから特性まで人に近づき、最終的には完全に人となる。近年では人というのは魔物の世に蔓延した病であるとの主張もなされている。魔物が人になったところで思考の傾向が変化するわけでもなく、ただ魔物であった時のまま食事を摂らずに死亡するか完全に人として生きていくかの二つのどちらかになることが多い。前者は知識を得ずに人を襲い、人の事を知らずに人になっていくものだからいつものように襲おうとしたところを人の戦士に殺されることも事例としてよくあるらしい。所謂盗賊というやつらに似ているのだなと私は思った。

 マスターは元々魔物であったらしい。私の様に不定形の魔物ではなく、形の決まったどちらかというと牛に近い存在だったのが、戦争続きで血液の染み込んだ草原に生える草を食べていたせいで段々と人に近づいて行ったのだろうと言っていた。私を育て始めたのは実験のためでもあるが、自分がどれほど人として近い存在なのかが気になったらしい。元々魔物であったとしても人に近づくことで人としての要素が自らに宿っているのではないかと考え、自分の血液を抜いて私に飲ませていたと。

「キミは僕のことを恨んでいるかな。僕のせいでキミは不死の身体を失ってしまった。もし僕が自らの血を与えなければキミは老いることなく永遠に生きていられただろうに。」

そう最後に言った後、マスターは話すのをやめた。

「私は恨んでなどいないよ。私が智を求めた。知恵の実を手に入れたのだからそれなりの代償はつきもので、私の場合は元の身体がそうだというだけの話という訳だ。何も得ることなく何も失うことなく生き続けるのは死んでいるのとそう変わらない。ありがとう、私に死を与えてくれて。」


その夜、私は魔物であることを捨てた。魔物であった過去も捨ててしまおうかと考えたけれど、それぐらい置いておいても構わないだろうと思い残した。私はいつ死ぬのだろう。私は人として、どう生きていくのだろう。昔味わった血の味を懐かしく思う日々が来ることを、私は夢見ている。



おわり

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人の成り 夜猫 @yoruneko2828

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