第14話  最終話 娘の恋を応援します

屋敷の中に戻ると、ジョルジュとアンジェリカが言い合いをしていた。プリシラは、冷めた目つきでその二人を見ていた。私は、大きく息を吸い込む。


 三人の前に進み出て、手をパチンと大きく叩いた。


「旦那様、アンジェリカ様、プリシラ様、ここまででございます」


 私は、ありったけの大きな声を出す。三人が驚いて私の顔を見た。


「マーサ、一体どういうことなんだ。やっぱり最近のお前はおかしいよ。私がアンジェリカと再婚するのはまずいと、お前だってわかっているはずだろう?」


 ジョルジュが、困惑の表情で私を見る。


「旦那様、私はマーサではありません。フランシールです」


 私は、思いっきりマーサの顔でドやる。


「そんな訳ないだろうが? 頭がおかしくなったのか?」


 ジョルジュが、私に詰め寄る。私は、ジョルジュから一歩引き語り出す。


「そう思われるのも仕方ありませんが、これは本当です。私、死んでから天界でずっとエレーヌを見ていました。信じられませんでした。私の娘のエレーヌを、使用人としてこき使っている旦那様が。私、旦那様が我慢して私と結婚したのなんて最初から知っていました。でも、幽霊令嬢なんて言われる私と結婚してくれて、それだけで感謝していたんです。奇跡的に娘も生むことができて、私の人生ってそれだけで充分でした。だから、旦那様がブルックス家の財産を散財しようが、愛人を作ってお金を貢いでいても、愛人と子供を大切にしていても、別にそれでいいと思っていたの。でもね、エレーヌを虐げていたことだけは、許せなかった。それだけは絶対に駄目だと思ったの」


 私は、ジョルジュを睨みつける。


「マーサ、だってお前もエレーヌよりもプリシラの方が可愛いって言っていたじゃないか?」


 ジョルジュは、困惑の表情を濃くする。


「だから私、神様に頼んでマーサに憑依させてもらったのよ。旦那様を叱りにきたの。少しおいたが過ぎたのではなくて? この家は、私の実家なのよ。私と結婚したから、旦那様も好き勝手できたの。もう時間がないから言うわ。自分がどんなことを娘にしたのかよく考えて。この家から出て行ってね。実家に帰ってもいいし、マーサのお金でブルックス家の領地に小さな家は買っておいたから、そこで暮らしてもいいわ。旦那様が何を言っても、エレーヌがこの家の当主。もう好き勝手はできないから」


 私は、言いたいことを全て言った。ジョルジュは、まだ信じられないようだった。


「マーサ、いい加減にして。やっと結婚できたのに、なんで私達が出て行かなきゃいけないのよ?」


 アンジェリカが、私を睨みつける。


「アンジェリカ様、どうして旦那様のような人の愛人に収まったの? 愛人になるのなら、せめてどこかの家の正当な当主にしなくちゃ意味ないじゃない? 旦那様は、婿なのよ? そうじゃなければ、愛人らしく継子くらい大切にできないでどうするの? 私、あなたがエレーヌを大切にしてくれたらブルックス家を好きにしてもいいと思ったのよ? 残念だわ」


 私は、段々と体に力が入らなくなっていることに気づく。ああ、時間なのかも知れない。


「私は、天界でこれからのエレーヌをずっと見ているから。これ以上、エレーヌを苦しめるようなことをしたら、家から追い出すなんて生ぬるいことじゃ済まさないから」


 私は、最後に精一杯の脅迫を残す。信じてくれるかわからないが、予防線を少しだけ張る。あとは、きっとエリアスとエレーヌがうまくやってくれる。

 今後のことを、手紙で二人に残しておいた。エレーヌが受けた一年の苦行を、父親が味わって反省したら許してあげて欲しいと書いた。

 生きている時、私に至らない点が沢山あった。その分を差し引いてあげて欲しかった。どうかこの先、少しでもエレーヌの周りに暖かな風が吹きますように。


「意味のわからない事ばかり言って! なんで、マーサなんかに説教されなくちゃいけないのよ? いい加減にしてよ」


 アンジェリカが、私に近づいて来て手を振り下ろす。


 バチンッ


 マーサの頬を、アンジェリカが引っ叩いた。その瞬間、私の魂がマーサの体から抜ける。マーサの体は、その場にバタンッと倒れ込んだ。


 どうか、幸せに――。





 神様と僕は、この寸劇をずっと見ていた。


 三カ月前、神の使いである僕は、いつものように亡くなった人の魂を神の下に導いたつもりだった。今度は、幸せな一生を送れるようにと願って背中を押した。そう僕が思う程、その魂はとても悲しい色だった。

 亡くなった人の魂は、生きざまによって色づいている。稀に見る悲しみの色だった。


 一日の仕事が終わって、今日生まれ変わったフランシールはきっと幸せな産声をあげただろうと思った。

 神様にどんな場所に生まれ変わったのか、聞きに行くと驚くことを言われた。娘を幸せにするために、自分の魂が消滅するのを顧みることなく地上に戻ったと説明される。

 僕は、驚いた。ほぼ全ての魂は、消滅なんて選ばないからだ。生まれ変わったら、前世の記憶なんてすぐに忘れる。そして、新しい生を全うするから。


 僕は、気になってフランシールが憑依した体を仕事の合間を縫って観察していた。この三カ月間、フランシールは全力だった。自分が消滅することを、全く恐れずに娘の為だけに生きていた。

 笑顔を絶やさないフランシールは、見ていて気持ちがいいほどだった。最後の最後まで、彼女はこの選択を後悔なんてしていなかった。


 マーサの体から出た、フランシールの魂は白い煙となって消えかけていた。それを、僕の隣で面白そうに見ていた神様が、小さな瓶のふたを開けて引き寄せる。


「フランシール、こっちに入りなさい」


 神様がそう口にした瞬間、消えかけていた白い煙が瓶の中に吸い込まれた。


「神様、もしかして神の使いにするつもりですか?」


 僕は、驚いて神様に訊ねる。


「ああ。だって君、いつも人手が足りなくて増やしてくれって言っているじゃないか」


「確かに言っていますけど……。なぜ、フランシールなんですか?」


 僕は、神様がどうして突然そうしようと思ったのかわからなかった。


「んー、ただ復讐して終わりならそのまま消滅させた方がいいと思ったんだけど……。あの子、ちゃんと全員に救いを残した。見守らせてやりたいと思ったんだよね。それに、あんなに強くて清らかな魂を、消滅させるのはもったいない。忙しい私の使いにピッタリだろ?」


 神様が、僕にウインクする。確かに、あの潔さと高潔さは真似できるものじゃない。僕は、神様が持つフランシールの魂が入った瓶を見つめた。


「ふふふ。君に後輩ができるよ。この瓶の中で、また一年休息させる。出てきたら仕事の仕方を教えてあげてよ。楽しみだね」


 神様が、瓶を手のひらに乗せて中を覗く。白い煙がゆらゆらとたなびく。僕も、神様の言葉を聞いて心が沸く。


 初めての後輩には、何から教えてあげようか――。


 それから、一年の月日が流れる。 

 今日もまた人が一人、天に召され戸惑いを浮かべる魂は、その場に漂っていた。そこに、綺麗な令嬢がポンッと姿を現す。金の髪をたなびかせ、真っ白な服装をしていた。


「お待たせいたしました、フローリス・モルガン様。今、自分が亡くなったことは分かりますか?」


 その令嬢は、手にボードを持っていて満面の笑みを迷える魂に向けた。

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