第12話 sideエレーヌ 久ぶりの再会
私は今日、王都で一番大きな公園に来ていた。
今の季節は薔薇が見頃で、数多くの品種の薔薇が咲き乱れている。赤、ピンク、橙、白に黄色に紫。バラ園に足を踏み入れた私は、圧倒的な薔薇の美しさに魅了されていた。
ゆっくりと待ち合わせ場所に向かって歩いていると、どこからともなくシャボン玉が流れてくる。
遠くから子供達の笑い声がするから、子供達がシャボン玉を作って遊んでいるのかもしれない。透明なシャボン玉と色とりどりの薔薇。とても綺麗で童話の中にいるような光景だった。
私は、気分を弾ませてバラのアーチをくぐる。すると芝生の広場につながっていた。広場には、ベンチがポツンと置かれ、芝生の先にある薔薇たちを眺められる。
こんなに沢山の薔薇があるなんて、ずっと見ていられそうだと私は心躍らせていた。
それに実は、今日までずっと胸のドキドキを抱えていた。数年振りに、昔よく遊んでくれたエリアスお兄様に会うからだ。
エリアスお兄様は、私の初恋の相手。人見知りが激しくて、なかなか子供たちの輪の中に入れなかった私をずっと気にかけてくれた。
私は、そんな優しいエリアスお兄様が大好きだった。
エリアスお兄様が学園にいく年齢になってしまうと、会う機会がなくなってしまったけれど……。ずっと手紙のやり取りだけは続けてきた。
私には婚約者がいなかったし、もし希望を言えるのならエリアスお兄様が良いとずっと思っていた。でも、その話を両親にしたことはない。
婚約者は、父親が決めるものだと思っていたし。私は、ブルックス家を引継ぐ存在だと自分でわかっていた。当主としての私を支えてくれる男性は、両親が認めた人でないといけないと思っていたから……。
希望を口にして駄目だと言われるのが怖くて、エリアスお兄様のことは、私の心の底に沈めていた。
それがまさか、マーサのお陰でエリアスお兄様にエスコートをお願いする機会をもらえるなんて思ってもいなかった。
マーサの話によれば、デビュタントのエスコート役をお兄様は引き受けてくれたらしい。だから今日は、エリアスお兄様と一度顔合わせをする為に待ち合わせをしている。
マーサが、デビュタントで久しぶりに会うのは緊張するかもしれないから、その前に一度顔合わせをした方がいいと提案してくれたのだ。
今日のことは、マーサと私だけしか知らない。お父様には、後でマーサが伝えると言っていた。相変わらず、お父様は私に関心がない。
マーサに任せておけば、大丈夫だと安心しているからかもしれないが……。娘としては、もの悲しい気持ちになる。
アンジェリカ様やプリシラには、今日のことは言うつもりはないと言っていた。私が、お洒落をして出掛けようとしていたので二人には不審がられてしまったが……。
でも、マーサがうまく取りなしてくれて無事に屋敷から出てこられたけれど。この調子で、デビュタント当日は大丈夫なのだろうかと疑問が過る。
アンジェリカ様とプリシラは、私が幸せになるのが許せないのだと思う。父親を独り占めしていた訳でもない。どうして、そんな風に思われるのか私には理解できなかった。
でも今日は、そんな暗い気持ちを押し込めて、エリアスお兄様との久しぶりの再会を楽しみたい。だって、折角マーサが色々と準備してくれたから。
エリアスお兄様に会うのは、多分5年振りだ。
大人になったお兄様は、どんな男性なのだろう? 私も、お兄様の隣に立って恥ずかしくない淑女だろうか? ずっと、緊張と心配の気持ちがいったりきたりしている。
落ち着こうと、鞄から手鏡を出して身だしなみをチェックする。
「エレーヌ」
私を呼ぶ声が聞こえたので、声がした方に顔を向けた。そこには、すっかり大人の男性に成長したエリアスお兄様がいた。
片手をズボンのポケットに入れながら歩いて来る様は、とても絵になっている。ドキドキする胸を落ち着かせながら、私は手鏡を鞄にしまった。そしてベンチから立ち上る。
「エリアスお兄様」
私は、何だか久しぶり過ぎて恥ずかしさを滲ませて笑顔を向けた。
「久しぶりだね。すっかり綺麗になってしまって、驚いたよ」
あの頃と変わらない優しい笑みを、私に送ってくれた。私は、綺麗になったと言われて恥ずかしくて照れてしまう。
顔が熱くなったのを感じて、頬に手を当てた。
「照れてるのか? 可愛いな」
エリアスお兄様が、揶揄ってくるのでちょっと面白くない。
「もう、エリアスお兄様。揶揄わないで下さい」
私は、頬を膨らませて拗ねて見せる。
「はは、ごめんごめん。変わらないな、エレーヌは。やっぱりデビュタント前に、ちゃんと顔を合わせられて良かった」
エリアスお兄様が、謝りながらホッとしたような笑顔を向けた。そして二人は、隣合ってベンチに腰掛ける。
会わなかった時間を埋めるように、色々な話をした。
エリアスお兄様は、去年私のお母様が亡くなったことをまずは悼んでくれた。駆けつけられなくて申し訳なかったと謝罪される。
当時のお兄様は、仕事が忙しくて私からの手紙が来なくなったことに気づいてはいたが、連絡を怠ってしまったと言われた。
うちの家の者から、何の連絡もなかったので亡くなったのを知ったのはかなり後になってからだった。
確かに、自分が手紙で知らせなければ、エリアスお兄様とのことはお母様くらいしか知らないので、誰も連絡しようがない。
私も、お母様が亡くなった時は焦燥してしまって部屋に引きこもって何もしていなかった。
そしたら、父親の愛人が家に乗り込んできて手紙をゆっくり書く暇と余裕がなくなっていたのだ。
私も、あの頃は自分に余裕がなくてどうにもできなかったので大丈夫ですと伝える。今は、すっかり元気ですと強がった。
そしたらエリアスお兄様が、どこか複雑な顔を覗かせたから不思議だった。それでも、話はどんどん変わって、今のエリアスお兄様の近況の話になった。
今エリアスお兄様は、自分が起こした事業が軌道に乗り始めた。これから先、生きて行く足固めを終えたと誇らしげに話す。
私は、そんなことは知らなったので驚きとともに祝福する。やっぱりエリアスお兄様って、素敵だなと改めて感じた。
一瞬の沈黙があり、今まで気軽に話していたエリアスお兄様の雰囲気が変わる。少しの緊張と真剣な面持ちで、ゆっくりと話し出す。
「エレーヌ、俺がここまで頑張れたのはエレーヌの為なんだ。やっと伝えることができる」
エリアスお兄様は、そう言って私の手を取った。
「エリアスお兄様? どうして私の為なの? 伝えたいことって?」
私は、疑問だらけだった。話の展開が唐突過ぎてついていけない。お兄様の手のぬくもりが温かくて、どうしていいのかわからなかった。
ただ私の胸は、ドキドキが加速する。
そしてエリアスお兄様が、一層優しさを含んだ口調で話を続けた。
「エレーヌに会えなかったこの五年間は、自分を高める為に努力した。エレーヌの隣に立って恥ずかしくないようにと。俺は、ずっとエレーヌが好きだった。俺と結婚して欲しい」
エリアスお兄様が、私の手に両手を添えてじっと熱い瞳で見つめてくる。
私は、言われた言葉を噛み締めて、意味が自分の中に落ちてくると顔がゆでだこのように赤く染まった。恥ずかしさに顔を俯けてしまいたかったけど、必死で堪えてエリアスお兄様の瞳に向かい合う。
「エリアスお兄様、私もずっとお兄様が大好きです。私をお嫁さんにしてくれますか?」
私は、感極まって段々と瞳に涙が浮かんでくる。こんなに嬉しいことがあるなんて思わなかった。
できればエリアスお兄様と結婚したいと思っていた。だけど、こんな突然のプロポーズなんかじゃなくて、デビュタントが終わった後に自分からお願いしなくてはと考えていたから。
「ありがとう、エレーヌ。幸せにするよ」
エリアスお兄様が、私を優しく包み込む。私は、嬉しくて涙が零れるのを止められなかった。
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