第11話 フランシールの策略
「マーサ、考えたのだが……。やはりアンジェリカと再婚するのは無理だと思う」
ジョルジュが食後のお酒を、自室で嗜んでいた時に私は声をかけられた。ジョルジュは、お風呂も済ませてバスローブ姿でソファーに座って寛いでいる。
グラスの中に入っているのは、年代物のブランデーだ。ジョルジュ曰く、熟成期間が長いほど純度が高くて口当たりがまろやからしい。
私は、もちろんお酒なんて飲ませてもらえなかったので、そんなこと言われても知らないが……。
まだ、この男はぐじぐじと悩んでいるのかと呆れる。マーサとして見るジョルジュは、とても頼りない男だった。
ジョルジュにとってマーサは、実の母親よりも母親に近い存在らしく彼女に甘えがある。生前の私は、少なくとも世間一般の男性像だったジョルジュに対して、旦那として立てる気持ちは当然あった。
私なんかと結婚してくれたという負い目もあった。だから何をされても、ジョルジュのことはそこまで悪く思えなかった。
ジョルジュの専属侍女に憑依したことも、最初は後ろめたい気持ちがあったのだ。だけど、今はそんな気持ちは全くない。
屋敷で働いていて気付いたのだが、マーサはエレーヌ宛の手紙を処分していた。誰かに、自分の現状を漏らすことを恐れたのかもしれない。私が、マーサ宛の手紙を執事から手渡された時に言われたのだ。
最近は、お嬢様宛の手紙はありませんと。それを聞いて、マーサの部屋を探したがそれらしき手紙なんて一通もなかった。
もしかしたら、きちんとエレーヌに渡したのかもしれないと思い彼女に確認をした。しかし母親が亡くなってからは、特に手紙は届いていないと言われた。
エレーヌ宛にどんな手紙が来ていたのか気になったが、今は知るすべがなかった。
だから私は、マーサに対しても怒っていた。エレーヌの何がそんなに気に食わなかったのか。そして、そんな態度を許していた、ジョルジュに対しても軽蔑の感情が降り積もっていった。
フランシールが見ていたジョルジュはもういない。夫として見る事ができなくなってしまった今は、ひたすらさっさとアンジェリカと再婚してしまえばいいのにと思っている。
じゃないと、私の計画が進まない。私が、マーサに憑依してから既に二ヵ目に入っている。
ジョルジュを再婚させてしまうのは、絶対に外せない計画の肝なのだ。意外にもジョルジュは、婿入り先の本邸に愛人を連れて来るなんて非常識なことをする男なのに、やってはいけない一線だけは把握していた。
「ジョルジュ様、ではアンジェリカ様はどうするおつもりですか? このまま、この屋敷に住まわせるのは外聞が悪すぎますが?」
私は、ジョルジュの一番頭が痛いところをつつく。アンジェリカは、私の喪が明けてからというもの頻繁にジョルジュを夜会に誘う。
自分が、ジョルジュの妻なのだと社交界にアピールするために。
「でもな、流石にフランシールが亡くなってからまだ一年だぞ? すぐに再婚するって言うのも、外聞が悪い気がするんだよ。特に、屋敷の使用人の目が冷たくて……。この屋敷の居心地が悪くて、困っているんだ」
ジョルジュは、溜息をつくように私に訴える。私は、どう考えても自業自得だろうと思う。
「でしたら、アンジェリカ様を元居た屋敷に戻して、エレーヌ様と二人で仲良く暮らせばよろしいのではないですか?」
私は、それが一番なのだと冷めた目でジョルジュを見る。そうしてくれれば私も、このまま何もしないで終わることができる。
この二カ月間、私は何度もジョルジュに訴えてきた。エレーヌを見て欲しいと。あの子の幸せを考えて欲しいと。それさえしてくれれば、私はあなたに何もしないで済むのだから。
「でもな、エレーヌに構うとアンジェリカもプリシラも怒るんだよ。それはそれで面倒くさいんだ。アンジェリカがもっと弁えてくれる女だったら良かったんだけどな……。最初は、もっと可愛い女だったんだぞ。今更、捨てるに捨てられないし……。困ったもんだよ」
ジョルジュが、マーサに愚痴を零す。一体マーサは、この男に何て言ってあげていたのだろうか?
私は、なんて最低な男なのだとどんどん気持ちが冷めていく。素敵な人だと思っていた訳ではないが、死んでから悪い所ばかり見させられるなんてこんなに最悪な事はない。
私は、溜息を我慢してそろそろだろうかと時計に目を向けた。
バンッと、ジョルジュの部屋の扉が開く。
「ジョルジュ様、私も一緒に飲みたいわ」
ナイトドレスを着て、色気を纏ったアンジェリカがジョルジュに流し目を送る。ジョルジュは、一瞬嫌そうな顔を浮かべたが気を取り直して笑顔で迎えた。
「アンジェリカ、こっちに来なさい。一緒に飲もう」
ジョルジュが、自分の隣をポンポンと叩いた。アンジェリカは、とても嬉しそうな表情を浮かべてジョルジュの隣に座る。
「ジョルジュ様、何を飲んでいますの? 私も飲みたいわ」
アンジェリカが、ジョルジュの手をとり自分の太ももに乗せる。ジョルジュもまんざらでもないようで、嫌らしい笑みを浮かべていた。
私はその光景を見ながら、なんだかんだ言って好きなのだろうと思う。私もこういうのやれば良かったのかなーと思ったが、自分の生前の体つきを思い出して頭を振る。私がやっても、きっとあの顔にはならない。
それよりも私は、アンジェリカに視線を送る。アンジェリカも気づいたようで、私に相槌を送った。
私は、ジョルジュのグラスに度数の強いお酒を注ぐ。事前に、執事に聞いて用意しておいたのだ。度数が強いが、飲みやすいので気を付けて飲まなければいけないお酒を。
アンジェリカは、ジョルジュを持ち上げて気分を良くしていた。
「ねえー、ジョルジュさまー、ジョルジュ様は、私のこと好きですよね?」
一頻りいい気分にさせたジョルジュに、アンジェリカが訊ねる。
「もちんだよ。アンジェリカほど、最高の女はいないよ」
ジョルジュは、既にかなり酔いが回っているのか顔が赤くて呂律も怪しくなっている。
「でしたら、アンジェリカと再婚してくれますよね?」
アンジェリカが、ジョルジュにおねだりする。ジョルジュは、難しそうな顔をしたがこの雰囲気を壊したくなかったのか否定しなかった。
「ああ。時期がきたらするよ」
「でしたら、本当の証に婚姻証明書にサインだけして欲しいの」
アンジェリカが、ジョルジュにチュッとキスをする。ジョルジュは完全に出来上がっていた。私は、目線を二人から外した。この光景を見るのは、流石に複雑な心境だから……。
「サインか……それは明日でいいんじゃないかな?」
ジョルジュが、キスの続きをしたそうにアンジェリカの手を取った。
「ジョルジュ様、サインだけでいいの。続きは、サインのあとで」
私は、ジョルジュが座るテーブルの前にアンジェリカのサイン入りの婚姻証明書を置く。万年筆をアンジェリカに渡した。
アンジェリカは、握られた手にもう片方の手をのせて万年筆を持たせる。
お酒とこの雰囲気に負けたジョルジュは、おぼつかない筆跡だがサインをした。
「ジョルジュ様、これは私が責任をもって預かっておきます」
私は、二人のサインの入った婚姻証明書を手に取る。そしてすぐに部屋を出た。視界の隅では、ジョルジュがアンジェリカに迫っていたがその光景は見なかったことにした。
私は、扉を閉めて自分の部屋に足早に向かった。心臓がバクバク音を立てている。これで、ジョルジュとアンジェリカ、そしてプリシラをこの屋敷から出せる。
エレーヌの幸せに一歩近づく。本当はこんなやり方はしたくなかった。でも、三人があまりに強欲だったため仕方がない。
後は、エレーヌに最高のデビュタントの準備を整えるのみ。マーサの部屋に向かって歩きながら、婚姻証明書を強く握りしめた。
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