第10話 sideエリアス 不思議な手紙

俺は、いつものように朝の支度をして忙しなく屋敷を出ようとしているところだった。そこに、部屋の扉を叩く音がした。


「なんだ?」


 扉に向かって声をかける。


「エリアス様、失礼いたします」


 扉を開けて入って来たのは、俺の秘書をしてくれている男だった。


「もう、出掛けるぞ?」


 秘書が、こんな時間に部屋にくるなんて珍しい。何かあったのかと俺は、訝しんだ。


「エリアス様、妙な手紙が届いております。廃棄しようと思ったのですが、一応確認して頂いた方かよろしいかと思いまして」


 秘書が、俺に一通の手紙を差し出した。俺は、その手紙を受け取り差出人を見る。すると、見知った名前がそこには書かれていた。


『フランシール・ブルックス』


 確かに知っている名前ではある。しかし、この女性は、丁度一年前に亡くなったのだ。つい先日、一周忌を終えたばかりの筈だった。


「いたずらか? それにしたって、悪質じゃないか?」


 俺は、秘書を見て言った。


「私もそのように思ったのですが……。筆跡が、フランシール様のものと同じ気がするのです」


 俺は、改めて封筒に書かれている宛名と差出人を見る。確かに、見たことがある筆跡だった。

 机に歩いていき、ぺーバーカッターを手にとり手紙の封を切った。中から、五枚の便せんが出てくる。俺は、手紙の内容に目を通した。


 そこには、フランシールの娘であるエレーヌの現在の状況が書かれていた。母親が亡くなってから、父親の愛人が屋敷に入り込みエレーヌを虐げていると手紙には記されている。

 その内容は、目を見張るようなものであった。彼女は、私室を取り上げられ使用人部屋に移動させられている。

 愛人には一人娘がいて、エレーヌの異母妹であるとも書かれていた。そして、エレーヌの私室を取り上げた張本人が愛人の娘だと。しかもエレーヌは、令嬢として生活させてもらえずに使用人として暮らしているということだった。


 現在は、三カ月後に迫るデビュタントの為に、こき使われるようなことは控えられているので大丈夫だとも書かれている。


「何だ、この内容は? 本当なのか?」


 俺は、思いもよらぬ内容に絶句してしまう。

 秘書が、心配そうな顔で俺を見ていた。俺は、説明する気になれずに手紙を秘書に渡す。秘書は、手紙に目を通しながら段々と怒りの感情を表している。


「エリアス様、本当かどうかお調べ致しますか?」


 俺は、秘書の顔を見て頷く。


「ああ、ただのいたずらならいいが……。あまりにも内容が具体的過ぎる。それに、手紙を見れば見る程、筆跡がフランシール様と同じだ。仕事を増やして申し訳ないが、調べてもらっていいか?」


 俺は、彼にそう指示を出した。


「もちろんです。何事もないのが一番ですが……本当だった場合、早く助けてあげないと」


 秘書が、力強く言ってくれた。俺は、急いだほうがいいだろうと判断して、すぐに動くように頼む。

 秘書は、わかりましたとすぐに部屋を出て行った。


 俺は、秘書に返してもらった手紙を読み返した。内容は、切羽詰まったものだったが、エレーヌの報告だけでなく俺へのお願いも書かれていた。

 もし、エレーヌのことを気にしてくれるのなら、デビュタントのエスコート役をお願いできないだろうか? とある。

 母親である私は、エレーヌの伴侶として俺を指名するとも書かれている。だが、俺のエレーヌへの気持ちがただの同情だけなのなら断って欲しいと。

 私の願いは、エレーヌが幸せになることだけだからと締め括られていた。


 俺は、仕事に行く気分になれずソファーに座って手紙の内容を考えていた。


 エレーヌは、俺の初恋の女の子だ。

 子供の頃に、夏の休暇を使って両親が親戚の領地に遊びにつれて行ってくれた。そこで出会った女の子が、エレーヌだった。

 子供たちの中で俺が一番年長で。兄弟の中では自分が一番下だったから、当時の俺はそれが嬉しくてお兄さんぶって子供たちを仕切っていた。

 エレーヌは、人見知りでなかなかみんなの輪に入れない子だった。それが見ていてもどかしかったから、ついついお節介をして構ってあげた。

 そしてら、可愛い笑顔を向けてくれてエリアスお兄ちゃんと言って懐いてくれた。子供ながらに、その笑顔が嬉しくていつからか淡い恋心を抱いていた。


 その気持ちは今も俺の胸の中にあって、エレーヌのデビュタントを待ちわびていた。

 ブルックス家の一人娘であるエレーヌに結婚を申し込むなら、それなりの男じゃなければいけないと思った。

 伯爵家の三男に生まれた俺は、玉の輿目当ての結婚だと思われないために自分を磨いた。貴族学園に入学して、エレーヌと会えなくなってからは勉強と人脈作りに力を入れた。

 学園を卒業してからは、自分で商会を起こして商売を始めた。貴族として自分一人でも生きていける程の財力と基盤を、この二年で築き上げた。

 できれば、あと一年は欲しいところだが商売を軌道には乗せたのでよしとしようと思ったのだ。

 だから俺も、この手紙が無くてもエレーヌに結婚を申し込むつもりでいた。ただ、こんな状態になっているとは思っていなかった。調べてこれが本当なら、父親や愛人のことはどうにかしなければならないと胸に留める。


 フランシール様が亡くなった頃は、商会を立ち上げて一年目だった。仕事のことで頭が一杯で、エレーヌのことを気にしている暇がなかった。

 ずっと手紙のやり取りだけはまめにしていたが、ある日を境にエレーヌから手紙の返事が届かなくなった。気にはなっていたが、今は仕事を軌道に乗せることが大切だと自分に言い聞かせ、エレーヌのことを後回しにしてしまった。

 それが仇になって、フランシール様が亡くなったのもかなり後になって知った。

 しかもこんな事態になっていたなんて、自分を許せなかった。もしこの手紙が本当のことならば、この手紙の差出人と連絡を取る必要がある。

 デビュタント間際になっても、エレーヌと連絡が取れなかったので、もしかしたらこの件と関係があるのかも知れない。

 デビュタントのエスコート役をやらせてもらえるにしても、一度エレーヌの意思も確認したかった。


 手紙には、今後の連絡方法も記されていた。その手段も、妙な内容だった。

 エレーヌの父親の専属侍女のマーサに、手紙を送るように指示されている。なぜ、父親の侍女なのか? その人物は一体どういう人間なのか? 謎が多い手紙で、どこまで信じて良いのか苦慮していた。

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