第6話 侍女マーサの生活

私は、愛人の部屋を出るとマーサの部屋に向かった。使用人用の部屋がある階に辿り着く。部屋が並んでいる場所の前に立ってはたと気づく。

 マーサの部屋がどこにあるのかわからない……。思えば、マーサを気にしたことがなかった。

 いつもジョルジュにくっついていて、私のことを屋敷の主だときっと思っていなかった。それがわかっていたし、これ以上何か言われるのも嫌で触らずにできるだけ関わらないように過ごしてきた。


 所々、疑問に思う節も沢山あった。一使用人なのに、やけにマーサが身に着けていた物が目を引いた。

 イヤリングや、髪飾りや、靴や時計。私から見ても、かなり高価だろうと思えたので違和感があった。

 でも、そんなことにも私は目をつぶっていた。私が、この家に波風立てて良い事なんて一つもないと思っていたから。

 今思うと、生前の私は自分に対して諦めきっていた。人の体に乗り移って、客観的に見ているからだろうか……。

 もっと自分にできることがあったのじゃないかと後悔が押し寄せてくる。


 そこに、見知った侍女が通りかかる。私の専属侍女だったケイシーだ。


「ケイシー、元気そうで良かった」


 私は、懐かしさのあまりケイシーの手を取って満面の笑みでしゃべりかける。ケイシーは、嫌悪感を露わにして驚いていた。


「マーサさん……。突然、何ですか? さっき、メイド長が探していましたけど?」


 ケイシーが、引きつった顔で話をする。私は、まずいと思って手を離す。

 ケイシーが、マーサと仲良さそうにしているのを見た事がない。私に何か言ってくることはなかったが、恐らく嫌っていたはずだ。


「あっ、ごめん。何でもないの。それよりも、私の部屋ってどこだったかしら?」


 自分でもおかしなことを言っているのはわかっている。でもこのチャンスを逃したら、一つ一つ部屋を開けて確認していくしかないから仕方ない。


「何言ってるんですか? 自分の部屋ですよ?」


 ケイシーが、不審な目つきで私を見る。


「ちょっと確認なの。その、一番手前の部屋だったかしら?」


 私は、構わずに聞き返す。


「そうですよ。いつもみんなに自慢してるじゃないですか! たまには私の部屋に遊びに来てもいいのよ? って」


 ケイシーが、イラつきながらも答えてくれた。適当に言ったのだがどうやら当たっていたみたいだ。


「そっか、ありがとう。変なこと言って、ごめんね」


 私はそう言うと、ケイシーの前を通ってマーサの部屋に入って行った。部屋に入ってびっくりする。下手したら、生前の私の部屋よりも豪華なのでは? と思う程の部屋だった。


「何これ?」


 私は、びっくりしすぎて声に出していた。ベッドは、どこのお嬢様だよと思わせるような天蓋付。部屋の端に置いてあるソファーは、高価な布張り。窓にかかっているカーテンは、繊細なレースをたっぷりと使ったドレープカーテンだった。


 薄々は気づいていたけど、間違いなくマーサはジョルジュの裁量で膨大な賃金を貰っている。

 じゃなかったら、只の使用人がこんな部屋に住める訳がない。自分が目をつぶって好き勝手やらせていたツケが、こんな所にも及んでいた。自分の不甲斐なさに、気持ちが沈む。


 でももう、後悔したって仕方がない。だって、死んでしまったのだから。神様にもらったこの機会を、一秒たりとも無駄にしないように。私はそう決心を新たにして、部屋の物書き机に向かった。


 机の引き出しを開けると、綺麗なレターセットが沢山出てくる。マーサが、誰かに手紙を書くなんて想像できない。送るような知り合いがいたのかしら? 

 マーサを見ていると、決して人に好かれそうなタイプには思えない。私が同僚だったら、絶対に避けて通るタイプだと思う。

 私は、シンプルな水色の綺麗なレターセットを見つけた。その便せんを使って、私はエレーヌの幼馴染宛に手紙を書いた。


 エレーヌを幸せにする為には、しっかりした婚約者の存在は必要不可欠だ。

 私の中に、エレーヌを大切にしてくれるだろうと思う男性に一人だけ心当たりがあった。本当だったら、生前にエレーヌやその男性の気持ちを聞いて婚約を取りまとめておくべきだったのだ。

 でも私は、エレーヌがデビュタントを迎える時にその機会を設ければいいと呑気に考えていた。エレーヌのデビュタントを待たずに、自分が亡くなるなんて思ってなかったから。自分の甘さに嫌気が差す。

 エレーヌの婚約者の件に関して、ジョルジュを当てにしているつもりはなかった。時期になったら自分がまとめればいいと思っていたのだ。


 私は、自分の筆跡で送り主をフランシールにした。とっくに亡くなっているはずの人からの手紙だ。奇妙に思って、中を確認してくれるだろうと言う心づもりがあった。

 どうして亡くなった人の筆跡で手紙が届くのか、疑問に思われるかもしれない。でも、たった三カ月ばかりのこと。二人の縁談を纏めさえすれば、そんなことどうにでもなると思った。

 不思議がられたとしても、三カ月後にはもう自分はいない。説明する必要なんてないだろうと私は開き直る。

 一番大切なのは、この手紙に興味を持ってもらうこと。エレーヌの現状を知ってもらって、エレーヌのことを助けてもらうことだから。


 母親としての読みが正しければ、エレーヌはこの幼馴染に好意を抱いている。そして、この幼馴染もきっとエレーヌを好いているのではないかと考えていた。

 私は、手紙を書き終えて一度それを机に置いた。そして、その手紙に祈りを捧げる。

 どうか、私の想いが正解でありますように。この計画が、うまくいきますように。

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