未来は僕等の手の中

 僕らが紛れ込んだ(転生した?)国――「東洋第一共和国」という――は、科学や社会インフラが元の世界以上に発達しているものの、歌や音楽の文化は乏しいようだった。

 だから僕らが元の世界の名曲たちを歌うと、新鮮な驚きに値するようで、これがちょっとしたお金になることにも、すぐに気づいた。少し心許ないような気はするが、異世界もの特有のチート能力って奴だろうか? 投げ銭形式の路上ライブなら著作権のことまで気にしなくて良いしね。そもそも作詞・作曲者の皆さん、この世界にいらっしゃるか分からないけど……。


「連の声は素敵だし、4人で歌える曲の選曲とかも、すごくうまくいってると思う」と、みどりは言った。

「でもね、歌で皆が住まいを借りて、長く食べていけるほど稼ぐのは難しいよ。そろそろ、この世界の普通の仕事に就くなりなんなりしなきゃ。永遠に酒倉さかくらさんのお世話になるわけにもいかないし……」

 僕らがこの世界に来てすぐ、中野のタワマンに住む「酒倉さん」という大酒飲みの独身女性に気に入られ、泊めてもらうようになってから、ちょうど1週間が経っていた。


「そう言うけど、みどりさん、バイト、どんだけ受けた? 全然受かんないじゃん」と、潤が言う。

「私の日課はね、一日3食、一日最低3エントリー。だって、トライアンドエラーを繰り返すのが一番効率的でしょ。潤よりたくさん受けてるし、私の方が先に受かってみせるもんね~」

 みどりと潤は、ここ数日、アルバイト採用の面接にいくつも応募している。2人ともかなり頑張っているようだった。お金も必要だろうが、それぞれが元の世界に残した家族や、愛した人たちのことを思い出すと胸が潰れそうだったから、何かに取り組まずにはいられなかった、という面もあると思う。

 しかし、まだ成果は出ていなかった。ちなみに、みどりは初めての面接で「私は異世界から来ました」と正直に言い張り、ドン引きした面接官は精神病院への紹介状なんか用意してくれちゃったらしい。それを聞いた潤は、履歴書に嘘の経歴(街で適当に見つけた大学名)を書いてみたが、この国には経歴詐称が即座に分かるシステムがあるらしく、警察に通報されて、危うく逮捕されそうになったという。どうやって切り抜けたのか、教えてくれないのだが。

 他にも諸々のエピソードを作ってきたらしいが、まだ2人とも「この世界の常識が無さすぎる」と判断されてしまうようだ。


 みどりと潤が「この世界に正面からタックルする」方法を取っているのに対し、拓哉と僕は今のところ「元の世界の記憶を生かす」方法にこだわっていた。それぞれが覚えている曲の歌詞を、みんなで歌えるように書き出したり、散策や買い物の道すがら、次に「路上ライブ」をやるスポットを決めたり。

 端的に言うと、歌で注目を集めることにハマっていたのだ。


「この国にはろくな楽器が無いみたいだから、音楽はそう簡単に発展しないと思うんだよね」

 みどりは「音楽路線」の将来に対し、厳しい見解を持っていた。

「楽器がないから、アカペラでハモれるように、練習するんだよ」

 これが僕の、当面の意見だった。僕は大学でアカペラサークルに所属していたので、元の世界の音楽に触れてきた3人に対してなら、ある程度の指導ができる算段があった。


 でも、本音を言えば、早くピアノが欲しいな、とも思っていた。僕の一番好きなスタイルは弾き語りで、この世界でも音楽を愛していくならピアノを練習したいし、僕の歌で立ち止まる人達にピアノの音色を教えてあげたい。ピアノは僕が唯一弾ける楽器で、その音色も、指が触れる感覚も、作り出せる音楽世界も、純粋に好きだったから。

 聞いた範囲では、この国の人達はピアノを知らないようだった。しかし、この世界のヨーロッパ的な地域ではさすがに発明されているのでは? 外交関係がどうなっているか分からないが、輸入できないだろうか。

 ――などと考え、酒倉さんに教えてもらいながら、この世界のPCを起動して「ピアノ」や「piano」をネットで検索。すると、「平らな」「静かに」といったイタリア語の元の意味しか出てこない。「鍵盤楽器」でも調べたが、どうやらオルガンも無さそうだ。じゃあ、ギターはどうだろう? ギターも無いのか。リコーダー、トランペット、ハーモニカ、ヴァイオリン、三味線、何も引っかからない。怪訝に思いながら「楽器」について調べてみると、鐘や太鼓、マラカス、ホイッスル、後は電子音のたぐいが紹介されて終わりという有り様だ。この世界にはこれほどまでに音楽文化が無かったのだ。


「想像以上だな」と、拓哉は言った。

「こんなに不毛の地だったなんて。正直、結構、打ちのめされてる」と、僕は答えた。

「新しく作るしかない」

「……ピアノを?」

「おっ、連、ピアノの作り方、分かるの」

「えっ、どうだろう。構造は何となく分かるけど……。時間かければ、似たものが作れる可能性はあるのかな。でもかなり、果てしない話だと思う」

「逆に言えば、果てしない可能性だ。ピアノより凄い楽器を作っちゃうかも」

 拓哉はとてもポジティブだった。


「いきなりそんなこと出来る訳ないし。音楽史の積み重ねを侮らないでください」

「いや、連は、音楽の父になれるよ」

「バッハですか」

「この世界のバッハ。もしくはベートーヴェンでも、ビートルズでも、ブルーハーツでも。連なら、この世界に好きな音楽史が描ける」

「そんな無茶苦茶な」

 と答えたものの、僕自身のポテンシャルは別問題として、音楽不毛の地に音楽の未来を作っていくというのも夢のある話ではある。路上ライブの経験からすると、この社会にも音楽の需要が無いわけではなさそうだ。少しのボタンの掛け違いで、これまで発展しなかっただけかもしれない。


 それから数日後。

 誰かが、僕らの路上ライブを録画し、「WeTube」という投稿サイトに動画をアップしていた。叩くと音が鳴る身近なものを寄せ集めて作った「ドラムセット」の8ビートと、それに乗せたパンクなシャウトが、この世界で大きく「バズる」ことになる。



“あまりにも突然に 昨日は砕けていく

それならば今ここで 僕等ぼくら何かを始めよう


生きてる事が大好きで 意味もなくコーフンしてる

一度に全てをのぞんで マッハ50で駆け抜ける

くだらない世の中だ ションベンかけてやろう

打ちのめされる前に 僕等打ちのめしてやろう


未来は僕等の手の中!!”

     ~THE BLUE HEARTS『未来は僕等の手の中』(作詞・作曲:真島昌利、1987年)より引用~

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創奇のカルテット カザマフトシ @kino1818

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