01 ベタな黒歴史-2
収穫後のみかんの気持ちは晴れ晴れとしたものだと、断定していいんだろうか?
この無限大に広がるほぼ黒で塗り潰された
つまり何が言いたいかというと、超絶望してる。
教室でクラスのいじめ派閥、
それだけなら汚れた体操着を巡って、学生達がただわけのわからない言葉のやり取りをしている風にしか見えない。しかし編集して他の動画と組み合わせることで、僕が社会的に死ぬという黒歴史が完成してしまうらしい。
そんな爆弾を投下された日には人生が詰む、一生汚名を背負って生きていかなければならない。
──薄暗い道中を駆け抜けて帰宅し、お風呂をシャワーで済ませ、自室へ駆け込んだ。来る日に備え、一つでも多く怖さ対策を考えておかないと本番で腰を抜かしてしまう。
動画をバラさない変わりに彼が出してきた提案は、お前のとびっきりなリアクションを動画に収めて持ってこいとのことだった。しかも夜中の校舎という最高に不気味なロケーションに限定されて。
そして夏の定番といえば肝試し、一週間後の午前零時に校舎前でクラスメイト全員と担任の先生が来る予定。
「今から出来ることなんてあるのかな……とりあえず『歪んだビデオ』の心霊写真特集でも見てみるか……嫌だけど……」
ディスクを挿入口へ軽く当てると扇状の光沢を放ちながら飲み込んでいく。読み込みに約五秒かかり、本編が再生される。心霊現象を語るのにお
「あ、あ、あ、あああっ! 足があぁぁなぁっーー!!?」
「察していただけただろうか? リプレ──」
「やあぁぁぁーーっっ!? っもっかい流すなぁっっ!?! 天皇陛下ばんざあぁぁぁぁぁいぃー!!」
ダメだダメダメ、得体の知れない現象を画面越しに見ただけでも背中から冷汗が止まらない。この方法は断念しよう、僕には相性が悪かった、ただそれだけの話。
気を取り直して──
「『
「主婦はレジへ向かおうと積載量パンパンなカートを進めて行くと…………とッつぜぇんっ!!!!
赤リボンの髪留めにツインテのおばはんが猛スピードでごぉごっおぉーっとカァートッを──」
「いやあぁぁーっーっ!!! く、くっくくっ来るなぁあぁぁぁーーー!! おばはぁあんっ! 誰を狙ってるうぅーーっ!!? そいつらをっっ狙えぇぇっーーーっ!!!」
すごく舐めてた。
己の想像力が豊かで、さらなる追い打ちをかける羽目になった。現実逃避のあまり新世界の神みたいな卑屈なことを言っちゃったじゃないか!
恐怖体験なんてしたくない、そのシンプルな防衛本能がこの特訓への意欲を減退させる。それからあっさり当初の目的をボイコットし、気分転換に別のチャンネルに切り替えると、さっきとは打って変わって眩い光景が流れた。
ギラギラした太陽に負けじと、銀色に光る砂浜をバックに微笑みかける白ワンピースの美少女、手に握った一本のペットボトルを傾け、真夏の猛威を吹き飛ばす飲みっぷりで一言。
「あっつあつの心は太陽よりからからになりますっ! 私の源ガブリスエットっ!」
「
共に流れるCMソングを口遊みながらTVの電源、照明を消して布団へ入った。
──七月三十日、水曜日、夏休み突入の朝方から昨日の夕方にかけて旅行に行っていた。
街の
暮夜に辺りを照らし、幻想的な雰囲気に演出された露天風呂。眼前にはどれだけ泳いでも辿り着けそうもない濃紺の塊。こみ上げる興奮も夜風の涼しさで抑制されてしまう。産地の食材を使った鍋料理もすごく美味しくて、日頃の疲れともバイバイできた。
できたはずなのに──
その翌日、おもちゃ屋のサプライズエリアでパーティ用のグッズを眺めていた時だった。
「あれぇーあの子鹿みたいなのって……ゆーひぃクンじゃないですかぁー」
突然肩を触られて思わず甲高い声で反応してしまう。喋りかけてきたのはいじめ派閥の一人、
「ヒィッ!!」
「アヒャヒャっ! ヒィッ!! だってよぉ〜コイツ、あの握ると変な音出す鳥みてぇなおもちゃの親か何かかぁ〜?」
「や、やっ……てよ……」
「ハァー? なんだってぇー? 聞こえねえよぉー」
「だだっ、だからやめ……てよ……ぼ、僕が驚かされるの苦手なの……知ってる……よね?」
ぎこちなく抗議すると、粘着質な笑みを浮かべて肩に顎を乗せてくる。
「オマエがぁーいちいちぃー驚く度にぃーぴぃーぴぃーうっせぇからぁー免疫ぃつけてやろーとぉーしてんだよぉーなんか文句あっかぁー?」
歯をカチカチ、カスタネットの如く不快なリズムを刻みながら凄んでくる。
お遣いも済んで、軽く怖いもの対策の参考になる物を探して帰るところだったのに。なんて運が悪いんだ。こんなことなら家に早く帰ってホラー映画の一つでも見ておけば明日の肝試しへの糧になったんじゃないだろうか。どうせ流して早々、ギブアップするだろうけど……。
後悔を募らせていると肩の微量な重さが無くなり、振り向くとグットポーズの親指を横向きにしながらこう言われた。
「んでぇー今ヒマかぁ?」
「ひ、暇だけど……」
「そーぉりゃーあいいコトぉー聞いたなぁー!
今よぉべっ君退屈しててよぉー?機嫌ワリぃーから変わりにオマエ、余興になれよぉー」
筒型のおもちゃを物珍しそうに触りながらそう言う。
嫌だ。関わったら絶対ろくなことがない、ここは上手く切り抜けなきゃ。
「や、やっぱりボクっ、母さんにお遣い頼まれてて……急いで帰らな──」
いきなり拒否権の行使を遮るように胴長、全体灰色、白い斑模様の物体が筒型のポテトチップス缶から飛び出してきて、
「ヒィッ!!」
「こんなところでぇー油売ってるのにかぁー?」
痛いところを突かれ、結局為す術もなく連れて行かれた。
──おもちゃ屋のある商店街から自転車を走らせ北へ約二十分、食材が入ったレジ袋を籠へ乗せたまま、ただ先導されて着いた先は…………。
「競骨、お前いっちょ前にケンカ売ってる?」
高い目線から振り下ろされた眼力は飄々としつつ、どこか苛立ちも同居している。薄暗い中、無数のタイヤ痕のある
「いやぁ、ごめんよぉ! どの店行ってもハバリコ無くてさぁ! それよりもさぁ、いい土産を持ってき──」
油断した懐にスタンガンの如く、くの字が刺さり、言葉を紡ぎ切る前に倒れ込む競骨君。
ハバリコというのは激辛で有名なロングセラー菓子で粋米君の大好物らしい。どうやら彼もお遣いを頼まれていたみたいだ。
「かはぁっ……」
「それよりもだと? 事の重大さをまるで理解してねえな、ま、無駄足でもなかったみてえだしそんくらいで勘弁してやるよ」
いまいち掴みどころのない目線はやや上がり、ある一点に向けて歩き出す。慌てふためいて羽ばたく暮れ合いの鴉のように、レジ袋を激しく物色し始める。
中から一つの小瓶を掴み上げるとそれを見て、僅かに口角が丸くなる。
「いいもん持ってんじゃねえかビビリくん、コレ貰っていいか?」
「……そ、それは……だめだよ…………」
「どうしても?」
彼が発する得体の知れない重力から何とか首を縦に振る。
手に持っているのは香辛料のチリペッパー、今晩の料理には絶対欠かせない物だ。
「仕方ねえな返してやるよ」
「……あ、りがとう」
「でもタダって訳にはいかねえな」
「え?」
後ろ向きになり、とある建築物を指差す。それは所狭しと並ぶ田んぼに挟まれ、裏には
僕はこの建物を知っている、なぜなら廃墟巡りの名スポットとして有名だから……。
「あのボロ屋の玄関前でミントスコーラ撒き散らしてこい、で、証拠に動画も撮ってこい」
「そ、そんな……無理だよ……」
お馴染みの炭酸飲料にソフトキャンディを入れることでロケット噴射を起こす。それよりもスケールアップした実験が動画共有サイトで散らばっていたりする。
あんな訳ありな場所でミントスコーラチャレンジなんてしたら間違いなく災いが……。
「待っててやるから、行け」
有無を言わせずコーラとミントスを手渡され、拒絶反応を起こす足に鞭打って、指定されたボロ屋へととぼとぼ向かった。
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