第2話 終末の時止め

『はいはい、お疲れさん。もぉ茶番は仕舞だ。貴様等のお遊戯は見飽きた。もぉゆっくり休め』


皆が喜びの歓声を上げる中……突然、何処からともなく不穏な声が聞こえて来た。


ただその一言を聞いただけなのに、何故か、異様なまでの不安感を煽られ、一瞬にして王や大臣達は動揺した。


それはまるで魔王が出す声。

世界に不吉をまき散らす魔王が如く、絶望に満ち溢れた声だった。


だが、そんな周囲の不安の中、勇者であるシギだけは声を上げた。



「誰だ!!何処に居る!!」

『誰だ?何処に居るだ?だと……俺は誰でもない、そして、この世界の何処にでも存在する』

「世迷言を!!そんな神に匹敵する様な人間が存在する筈がない!!姿を現せ!!」

『姿を現せだと?』

「そうだ!!自ら、それ程の力がある者だと言うのなら、隠れるなどと言う卑怯な真似をせずに出てこい!!」

『ふぅ……貴様等の今までの頑張りを鑑みて、何事も無かった様に世界を終わらせてやろうと思っていたのだが、そう言われては仕方がない』


その言葉と同時に、ゆったりとした動作で、黒いローブの如何にも怪しげな男が柱から姿を現した。

しかも男の顔は、深々と被られた黒いフードで隠されており、全く表情すら見えない。


だが一見した所、特に強そうには見えない。

どちらかと言えば、やせ細った感じで、屈強な戦士の類ではない事だけは一目瞭然だった。


ただ……怪しさだけは、人一倍感じさせる。


そんな貧弱そうな彼の姿を見て少し安心したのか、一人の大臣が声を上げる。



「貴様、アサシン(暗殺者)か……」

「俺がアサシンだと?馬鹿か貴様は?」

「なんだと!!」

「アサシンが、こんな白昼堂々と人を殺しに来るものか。そんな事も解らないのか、このボンクラめ」

「なっ!!」

「ただ、貴様の言い分も全てが間違っている訳ではない」

「どう言う事だ!!」

「俺は、この世界の全てを終わらせに来た者。世界の全てを止める以上、全てを殺すと言えなくもないからな」


訳の解らない言葉だった。

彼の言い分だと、彼自身の役目は『この世界が終わらせる』と言う事なのだが。

その終わらせ方が『全世界の滅亡』ではなく『全てを止めてしまうから、滅亡と同意』だと言う。


矛盾している訳ではないのだが、何とも奇妙な言い回しだ。


ただもし、それが正しい意見と言うのならば、彼は『次元や時空を操る者』と言う事になる。


だが仮にソレが真実だとして、1つの世界の全てを止める程の魔法が使える者なんて存在しない。

普通に考えても、そんな膨大な魔力を持ってものなんて、神や、魔王ですらあり得ないのだから。


要するに、冷静に聞けば『戯言』にしか聞こえない。


そう一早く判断した先程の大臣だった。

そして彼は、声を大にして衛兵を呼び出す。



「こっ、この物狂いめ!!戯言ばかりほざきおって!!曲者だ!!出合え、出合え!!」


この大臣の呼びかけに応え。

足早に、手にはハルバードを携えた総勢50人程の衛兵達が、慌ただしく謁見の間に入って来る。



「とっ、突然、なっ、なに事ですか大臣?」

「シギ殿の功績を讃える宴を始めようとした所に、突然この物狂いが紛れ込みおったのじゃ!!」

「なんと、それは一大事!!」

「わかったのなら、さっさとその物狂いを捕らえて、牢獄にでも放り込んでおけ!!」

「委細承知!!我らに……お任せ……を……」


衛兵達は、意気揚々と黒いローブの男を捕らえ様としたのだが。

その直後、50人もの衛兵の動きが、まるで時を止められた様にピタッと止まってしまった。


しかもその動きの止まった衛兵達の表情には、一切の苦悶した表情は無く。

まるでそれは、今から物狂いを捕らえようとしている様にしか見えない顔付き。


そぉ……時間を切り取られた様に、彼らの動きは止まっていた。



「何をボォ~~~としている隊長!!早く捕らえぬか!!」

「・・・・・・」

「おっ、おい、たっ、隊長??」

「フン、そこのオッサン、そいつ等を幾ら呼んでも無駄だぞ」

「なに?」

「俺の力で、そいつらは、もぉ次の世界に旅立ったのさ。転生しちまったんじゃ、もぉどうにもならないだろ」

「なっ!!なんだと!!そんな馬鹿な……」

「だからアンタも、この世界の行く末を、最後まで見たいのなら大人しくしてな」


黒いローブの男は、何もしていない筈だった。

だが現に、この男の言う通り『まるで時間が止まったかの様に衛兵達は動かなくなっていた』


そのせいもあって、王との謁見の間は、一瞬にしてこの男に対しての恐怖で支配される。



「・・・・・・・」


そして、誰1人として声を上げられなかった。



「これで漸く静かになったな」

「・・・・・・」

「やっと話が進められる。……っで、時に王よ」


その言葉と同時にローブの男は、瞬間移動でもしたかの様に王の目の前に立っていた。


王は目を見開いて、眼前の男を見入っている。



「なっ!!なんじゃ?」

「アンタは、この世界がどうなったら満足だ?どうしたら満足してくれる?」

「そっ、それは、どっ、どう言う意味じゃ?」

「いや、なにね。俺も鬼じゃない。今まで頑張ってくれたオマエ等に、なんの褒美も無しに終わらせるのは、どうにも心許ないのでな。俺の力で、なにか願いを叶えてやろうと言う話だ」

「ほっ、滅びの代償とでも言いたいのか?」

「まぁ、簡単に言えば、そういうこったな」

「なっ、ならば……」


王は、この圧倒的としか言い様のない力を目の前にしても、瞬時になにかを考え付いたらしく、言葉に少々溜を作っている。



「なんだ?オマエが望む事をなんでも叶えてやるぞ」

「魔王を討伐し、この世界に永遠の繁栄と栄華を欲する!!」


そぉ、王は考えた。

この世界を終わらせに来た男に対して、世界を終わらさせない方法を。


まだ討伐が終わっていない魔王。

これを成さないまま終わったのでは、まさに本末転倒。

それに、その後の栄光を引き合いに出しさえすれば、この世界を簡単に終わらせる事なんて出来ない。


そう判断して、この願いを訴えた。



「フフッ、なるほど、そう来るか」

「どうじゃ、お主にこれが出来るのか?それとも貴殿は、果たせない約束をし、イキナリ約束を反故してしまう様な卑怯者か?」

「いいや、俺は約束を反古になどしたりはしない。その願いキッチリ叶えてやるよ」

「「「「「「おぉ~~~!!」」」」」


男の『約束は反古にはしない』と言う言葉に、周りから一斉に歓声が上がった。


それはまさに、全てが救われた様な気持ちから出た歓声だったのだろう。



「だが、まぁ待て」

「「「「「「なっ!!」」」」」」

「全ての話が終わった訳じゃない。王の願いを叶えるのは、それからだ」

「どっ、どう言う事じゃ?」

「アンタ以上に、この世界に貢献した人間が居るだろ。俺はソイツの願いも聞いてやらないといけないんだよ」

「それはシギ殿の事か?」

「そうだ」


そしてまた、時間を切り取った様に、今度はシギの前に姿を現し、少し見下した様な状態で、彼の前に立っていた。


一瞬、動揺しそうになったシギだが。

今まで黙って、この男を観察していたのが功を奏したのか、そこまで大きな動揺は無かった。


そして、元々が転生者であるシギは、此処で冷静な判断の元。

この男もまた、転生女神から力を与えられた者であり。

時間を操る能力があるにせよ、神以上の力はなく、世界を滅ぼす事など出来ないとも判断していた。


だから、そこまで大きな動揺は無かった。



「……っで、シギよ、オマエは、俺に何を望む?」

「願いを言う前に、貴殿に1つ聞きたい事が在る」

「なんだ?」

「名を教えては貰えないだろうか?」

「名だと?」

「名も知らぬ者に、願いを叶えて貰う義理などありはしないのでな」

「なるほど。ならば俺の事は、気軽にエンズとでも呼ぶがいい。これは俺の愛称だ」


渾名ではあるが、男はアッサリと名乗った。



「そうか、ではエンズ殿」

「なんだ?」

「私の願いは、王と同じなのだが、そこに、もう1つだけ付け加えたい物がある」

「それは、なんだ?」

「この世界に生けとし生きる者全てを救ってやって欲しい」

「面白い事を言う」

「何故だ?」

「オマエの願いは、名も知らぬ者も全て救えと言う事だろう?それではオマエの先程の意見と矛盾していないか?」


確かにそうだ。

願いを言う者が、相手を知らずに願いを言うのが変なのであれば。

知らない相手の願いをシギが勝手に代弁するのもおかしな話だし、エンズが、それを叶える義理もない。


大きな矛盾である。



「それは十分にわかっている」

「そうか」

「だがエンズ殿から、この場に居ない人間を救うには、そう言う方法しかない」

「なるほど」

「この願いは不可能か?」


普通に考えれば『不可』だろう。


だが……



「ふぅ……仕方がない奴だな。今までの功績に免じて、それを許可してやる」

「本当か?」

「あぁ、嘘は言わない。だが、それを叶えるには当たって条件がある」

「その条件とは?」

「願いは必ず叶えてやるから、今日、俺と会った事は全て忘れさせて貰う」

「なっ!!」

「その上で、今後オマエ達を導く為の軍師を用意してやるから、その人物を探し出し、その者の命令を必ず聞け。そうすれば、オマエや王の願いを100%納得の行く形で叶えてやる」


エンズは『なにかを思い付いた』様にそう言った。



「それだけで良いのか?」

「あぁ、それでいい。そして……」

「そして?」

「2度と俺が、この世界に現れない様に『自分を見直してくれ』」

「エンズ殿、それは、どう言う……」

「そんなものは自分で考えろ。ではな。オマエ達は、俺と出会う前の宴からやり直すがいい」

「ちょ……」


その瞬間、此処にいる全員が眩暈をしたような感覚に陥った後。

何事も無かったかの様に、魔族であるエルンが仲間に加わった事に歓声を上げる宴が行われた。


まるで、エンズとの邂逅が嘘だったかの様に……


***


 そんな夢の様な出来事があってから1年。


あの後、劣勢を強いられた魔族達が禁断の魔法を駆使して反撃に出た。

なので逆に人間側は、一気に劣勢に立たされる事に成る。


それに危機感を感じた王は、様々な国から賢人を募り、様々な打開策を打ち出していくが、これも上手くは行かない。


そんな時『とある噂が流れて来る』

魔王軍側とは逆方向にある東の地に住むと言われている『大賢人』の噂が。


当然、王は、その賢人に興味を持ち。

幕下に加える為に動くが。

この大賢人、賢人であるが故に大変人な面を持ち合わせており。

権力に媚び諂う事を大いに嫌っており、交渉は一向に進歩がないまま難航する。


そこで人格者であるシギが、賢人の居る東の地に直接交渉に行こうとするが。

再び力を付けた魔王軍や、まだ倒せていない残り四天王の一人を牽制する為には、シギの力が必要不可欠で、最前線から離れる事は出来なかった。


この時点で、問題は山積みだった。


そんな中、ある人物が、この魔王軍牽制の役割を受け持つ為に手を上げた。


元魔王軍四天王のエルンだ。


勿論、これには反対の意見が上がる。

エルンは元魔王軍なだけに『今度は魔王軍に寝返るつもりではないのか?』と言う疑念を持たれた為だ。


そんな屈辱的な声に武人であるエルンは、単独で残った四天王の首を取る事を進言し。

もし四天王の首を取れたならば、私を信じて軍を任せ。

シギには大賢者の元へ向かう事を許可して欲しいと、王に進言する。


これは王にとっても、エルンにとっても、シギにとっても賭けだった。

だが王は、シギが信じるエルンを信じて、周囲の反対を押し切ってまで彼女を四天王討伐の任を与え。

彼女も、その王の信頼に応えるが如く『単独で最後の四天王の討伐を果たす』


そして、シギは大賢者の元に向かえる様になったのだが。

シギは此処で、ある疑問を持った。

『エルンをはじめとする皆は、自分の様に女神に与えられた能力で戦っているのではなく、自らの努力で付けた力で戦っている』のだと気付かされた。


なので此処からのシギは『チートな能力』を使うのは最低限に留め。

出来る限り、自らの努力で身に着けた力だけを駆使し戦って行く事を。


そして更に4年後。


努力を重ねたシギは『女神に与えられた能力』を使う事なく。

エルンをはじめとする仲間達との手で、苦戦を強いられながらも、とうとう魔王・グレンタレットの討伐に成功する。


その功績により、シギはジェイド帝国の王位を譲られ。

エルンは、元魔王軍直轄領の争いを好まない優しい女王として長きに渡って君臨する事に成った。


そして最後に。

この皆が苦労を重ねて掴んだ平和を【永遠】にする為に、2人は婚姻し。

エルンは、その婚姻の際に【長命である自分の寿命を、夫であるシギに半分譲り】


2人は、平和で安寧な世界を末永く見守っていくのであった。


FIN


だが、この物語は、まだ続く……

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