タマリスク

 体育祭が終わっても、私の心は落ち着かなかった。どの授業も上の空で、私はずっと、流れる雲を眺めていた。

 近藤まひるは、最低なやつだ。

 何度も何度も、そう思った。言い聞かせることで、忘れられると思ったから。……でも、やっぱり、ダメだった。彼女のことが、好きだった。

 はぁっと一つ、ため息をついて、私は教室を後にした。部誌の発行日が、迫っている。表紙のイラストを、描き終えなければ――。


「せつか」

 ――ぐいっと強く、腕を引かれた。空き教室に連れ込まれ、そのままどすんと、尻もちをついた。

「……何」

 空き教室にいたのは、間違いなく近藤まひるだった。ショートヘアを揺らしながら、私のことを見下ろしていた。

「これ」

 いきなりスマホを見せられて、私は一瞬、面食らった。……画面をしっかりと、見るまでは。

「上手いよね、このイラスト。あたしとせつかが大好きな、あのアニメの主人公」

 ――それは、使い慣れたイラストサイトの、実に見慣れたイラストだった。当然だ。それを描いたのは、紛れもない私だから。

「イラストを見て、すぐに分かったよ。このアカウント、せつかでしょ?」

 彼女はにやりと笑いながら、別のイラストを検索した。……次の瞬間、私は思わず、ひいっと声をあげた。

「あたし、思うんだけどさ。せつかのイラストって、この絵と似てるよね」

 それはネットの海を漂っていた、一枚のイラストだった。どこかの知らない誰かが描いた、至って普通のイラストだった。

 ――絶対にバレなそうなイラストを、選んだつもりだったのに。近藤まひるに、バレてしまった。

「これってさ、トレースだよね? しかも、これじゃあ、『パクリ』だよね?」

 何で。私の背筋に、冷や汗が走った。よりにもよって、何で彼女に。近藤まひるに、バレてしまったのだろう……。

「ほら、これだけじゃないよ。これも、これも、あとこれも……」

 彼女がイラストを見せる度、私の心は締め付けられた。私のイラストは全部、隠れた何かの「丸パクリ」だったのだ。

「このアカウント、相当稼いでるみたいだけど……。誰かの丸パクリでも、お金って、貰えるんだねぇ」

 私は何も言い返せずに、じっとその場にうずくまった。私の抱えた小さな罪は、援交少女に握られてしまった。

「あはは、ウケる。別に、訴えたりとか、しないから」

 明るいトーンで言いながら、彼女は私の肩を抱く。その体温が優しくて、私はふっと、息をはいた。

「ただ、嬉しかっただけ。あんたもさ、同じようなこと、してるんだって」

 滑らかで長い白い指が、私の首筋をゆっくりと這う。私はまさに、捕らえられた獲物だった。

「世の中ってさ。綺麗ごとばっかりじゃ、つまんないんよね」

 彼女は妖しい笑みを浮かべながら、私の髪をそっと掬った。そのまま顔を近づけて、私に甘いキスをする。

「ね、せつか。あんただって、そう思うでしょ?」

 ――ああ、そっか。私は思った。私も彼女も、同じなんだって。誰かに依存していなければ、生きていけないんだって。

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内緒ないしょのタマリスク 中田もな @Nakata-Mona

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