アネモネ

「別れよう」

 土のついた体操服に、泥だらけの手を擦りつける。体育祭のリレーの練習で、足がもつれてコケたのだ。

「……え、何で?」

 魅力的な目を見開いて、近藤まひるは驚いた。私が別れを切り出すなんて、夢にも思っていかったのだろう。

「別れたくなったから」

「え、何で?」

「別に、何でもいいじゃん」

 男子生徒のはしゃぐ声が、遠くの方から聞こえてくる。じめじめとした重い空気が、私の頭上を過ぎ去った。

「『何でもいい』って、おかしいじゃん。あたしのことが、嫌いになった?」

「……別に、違うし」

 彼女は不思議そうな顔で、私の瞳を覗き込む。私がふいと目を反らすと、「とりあえず」考えるポーズをした。

「……あ、分かった。あたしの他に、好きな人ができたんでしょ」


 ――思わず、かっとなってしまった。気づいたときには、彼女の頬を叩いていた。

「バカッ!!」

 私は叫んだ。腹の底から、精一杯。

「あんたなんか、もう知らない!!」

 ……彼女はずっと、ポカンとしていた。何が何だか分からない。そんなことを言いたげに、ずっと頬を押さえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る