これ、要るの? 🦠

上月くるを

これ、要るの? 🦠





 ケイコの朝のルーティンは、ほぼ決まっている。

 決まっているからルーティンなんだけど。(笑)


 起床。着替え。掃除。カクヨム&メールチェック。筋トレ&ヨガ。カフェ。散歩。

 その合い間にバナナを一本食べて弱い抗不安剤を服用……このパターンを数年間。


 で、その朝も自然にスイッチが入ってロボット化した身体で玄関のカギを開けに。

 なにこれ? 床にぺらっとA4判の紙、プリンタでコピーした俳句誌の当該頁だ。


 昨夕、車の座席に常備してあるファイルに保存しようとそこに置いた記憶がある。

 あるにはあるが……これ、本当に要る? 浅ましい自己満足に急にいやけがさす。


 引退後に始めた俳句が新聞や雑誌に掲載されると、ありがたやと保存して来たが、率直に言って分厚いファイルに存在意義を見出しているのは、当の本人だけだろう。


 

  

      👔




 いまだから言うけど、兄貴もおれもさ、とにかく早くこの家を出たかったんだよ。

 母親というより父親だったからな、おふくろ。いまごろ泣かれても困るんだよな。


 いまどきの嫁さんはスゲエぜ、気に入らなきゃ、平気で孫を会わせねえんだから。

 たくさんのクライアントを見て来たからさ、縁は糸より細いって分かるんだよな。


 おふくろもさ、いつまでも身内とか息子たちにこだわらないほうがいいと思うよ。

 それぞれ独立したパーソナルだし家庭だし、余計な心配は煩わしいだけなんだよ。


 思ったことをズバズバ言う弁護士の次男はもとより、内向的でキャリア女房に頭が上がらない長男も、母親の俳句など暇つぶしの手慰みぐらいにしか思わないだろう。




      🛒




 近ごろ、なんでもないことで気持ちがわるくなって、嘔吐感がこみあげて来る。

 スーパーの総菜売り場、眼科の狭い待合室、マンモグラフィの乱暴な扱われ方。


 ときには家にいてもそうで、だれにも監視されていないのに閉塞感が胸苦しい。

 いつでも好きなときに外出できる事実を思い出せば、少し楽になるのだけれど。


 同世代の友人が集まると、男女問わずに「漠然とした不安で眠れない」と嘆き合うから、ケイコひとりの閉塞感や寂寥感ではないと思うものの、でも、やっぱり……。




      📝




 ま、結局はそういうことだよね、どういう形であれ、自分の軌跡を刻みたいのだ。

 まことに見苦しい自己満足の象徴が四年分の俳句を集めたスケルトンのファイル。


 一時は宝ものとも思うほど大切にし、ときには生きるよすがにさえして来たけど、でも、もう要らないよね、これ。これからは自分の心のなかに記録しておけばいい。


 ついでに、いまの自分が生きるために本当に必要なものをあらためて考えてみる。

 まずは心身のどこも痛くなくて、いまの時期なら我慢できないほど寒くないこと。

 

 飢えない程度に清貧で、好みのセンスの文学と音楽とアートがそばにいてくれて。太陽と雲と風と雨と月と星たちによそよそしくされなければ、それ以上なにも。🌞




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