第3話 波と共に


第三話



後に残ったのは、夜の静寂だけ。


……だけど、その静寂は悪くなかった。


だってそれは、安全という名の静寂だったから。


……やれたんだ、勝てたんだ。

僕らで……僕らだけで。


ゆっくりと喜びが湧き上がる。


僕は仁科さんを振り返った。


「やりましたね、仁科さ______」


「_____すまん、潮」


だが、帰ってきた声は……あまりに静かだった。


どこか絶望すら感じる、冷たい声。


彼は、不器用に笑いながら言った。


「少し、散歩してから帰って良いか?」





僕らが今住んでいるのは、彩島さいじまという島だ。


島……といっても本島との距離は短く、連絡橋もある。


だが、島の自然の美しさは健在であり、むしろそれが観光客を呼び込んでいた。


「仁科さんって、海好きなんですね」


仁科さんが散歩ルートに選んだのも、観光地の一つである海岸だ。


……もちろん、夜の海に来るなんて変わり者の観光客はいないんだけどね。


彼は、振り返らずに海岸をなぞっていく。


「そうだな……嫌いでは、ないな」


夜の海は、冷たい風が吹く。


おまけに海の黒さがなんとなく僕らの不安を煽っていた。


…つまり、お世辞にも良い雰囲気とはいえなかった。


どうして仁科さんは、こんな所に?


僕が一人で思案していると、彼がつぶやいた。


「…なあ、潮。

気づいてたか?」


彼の足が、止まる。


「……何を、ですか?」


僕も足を止めた。


僕らの足下に、波が寄せる。


仁科さんは、その冷たい波に足元をさらわれても_____下を向いていた。


「……足跡だ。

俺らが昼間に見た足跡……おそらく襲われた側だろうと見てた足跡が、あっただろ?」


「……」


彼が言っているのは、夢喰いではない方の足跡のことだ。


普通についていた、足跡。


「なぁ、潮……」


彼が震えた声を出した。


あまりにも、絶望に満ちた声が、耳を揺らす。


「……あの足跡、あそこで終わってたんだよ」


彼が、嗚咽ともつかない声で吐き出した。


「……そうです、ね」


僕は静かに言う。


………気づいてたんだ、仁科さんも。


あの足跡の人物は……もうきっと助かっていないことに。


遅かったことに。


……そして、彼はその事実に耐え切れられるほど汚れていなかった。


「なぁ、潮」


もう一回彼が僕の名を呼ぶ。

自分の服の胸元を掴みながら、何かを吐き出すようにしながら。


「俺らは……助けられないのか…?

俺らが戦っても…誰も救われないのか…?」


……彼は、泣いていた。


「仁科さん_______」


……“大丈夫です、あの夢喰いにこれから殺される人を救うことができましたよ”。


本当は、そう言いたかった。


でもそれを気安く口にすることは、僕の気休めにしかならないから。


そんな“安っぽい優しさ”に、彼の答えなんてないなら。

それなら______


「____隙ありっ」


____夢術:みず


波が膨れ上がり、仁科さんを頭から襲う。


その波が過ぎ去ったあとには、全身ずぶ濡れになった仁科さんが目を見開いていた。


「……なっ」


_____僕の大嫌いな“安っぽい優しさ”を彼に向けるくらいだったら……それよりも。


…彼の涙を消して仕舞え。


僕はわざと笑って言った。


「ほらほら、やり返してみてくださいよ!

せっかくの初仕事なんですよ、そんな辛気臭い顔しないでくださいよぉ」


「っ……、おま、えぇ…っ!」


僕の挑発は、彼に効果的面だったようだ。

彼の顔が怒りで赤く染まる。


「……恨みっこ無しだぞ!」


______夢術:かぜ


波風が一気に強くなり、僕を襲う。


「ひゃぁっ!」


僕は思わず目を瞑った。


……もちろん、波を仁科さんにかけかえすことも忘れずに、だけど。





それから小一時間、僕らは互いに夢術有りのふざけ合いをした。


次の日、二人して酷い風邪をひいたのは、言うまでもない。





〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜


さて、ここまでお読み下さりありがとうございます!


話が一段落しましたのでここでひとつ挨拶を…


こんばんは、灰月薫です。


当作品は、筆者の連載長編である「華は誰が為に散るものか」のスピンオフとなっております。


「華は誰が為に散るものか」の登場人物である仁科凪にしななぎ瀬川潮せがわうしおにフォーカスした、過去編____とでも言うべきでしょうか…?


今回の作品は、この作品を読んでから本編を見るか…本編を読んでからこの作品を見るか。

それによって見方が変わる作品です!

(もちろん、当作品だけでも楽しめますからね!)


もし当作品を気に入って下さったなら、是非是非❤️、⭐️、フォロー、コメント、レビュー……とにかく、なんでもくださいませ!(笑)


本編もよかったら……↓


https://kakuyomu.jp/works/16816927863301293403/episodes/16817139557353397178


以上、長ーーーい挨拶でした。




それでは、次エピソードで!!!



〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜

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