第5話
――本当に、あれは我ながら間抜けだったと思うわ。
なんて昔話を思い出しつつ紅茶のカップを口に運ぶ。
「どうしたんだい?」
「いえ? ちょっと昔話を思い出してね」
アイリンが「ふふ」と笑いながらカップを戻すと、対面に座っている王子が「昔話?」と首をかしげる。
「……」
――本当に、この人は年を取らないなぁ。
さすがに最初に会った時とは全然違うけれど、魔法学園を卒業した時と比べると……十年くらい経った今でもあまり変わっていない様に思う。
――そして今でも『独身』と。
何度か縁談の話は持ち上がっているらしいけれど、今ではそれもパッタリとなくなったらしい。
――周囲の人間が諦めたか。
アイリンはそう思っている。
「あなたに最初『職業案内所の所長をしてみないか』って言われた時の事を思い出していたのよ」
そう言うと、王子は「ああ!」と頷く。
「どうだい? やってみて」
王子に尋ねられ。アイリンは「そうねぇ」と思い出す様に上を見上げる。
「やりがいはあるわ。私の能力も最大限活かせるし」
「そっか」
そう言って笑う王子の笑顔は穏やかだ。
「……」
――本当にありがたい。
なぜなら、アイリンはこの『鑑定』の能力を「使えないモノ」と思っていたからだ。しかも、この能力を持っているが故に実技の成績が良くないという事を知るとさらに落ち込んだ。
「あなたには本当に感謝している。ありがとう」
「え、なっ。何? 突然」
あまりにも唐突だったからなのか、王子は珍しく慌てた。
「言葉の通りの意味よ。あなたがあの時提案してくれなかったら、今の私はきっといなかった。もしかしたら、どこかの貴族に嫁に出されていたかも」
「え」
「あくまで『もしも』の話よ」
――ただ、その可能性が一番高かったのよね。
仕事にも就けなければ魔法学園に行った意味がない。兄にはよくこの言葉を言われていた。
でも、あの時の家の状態を見ると、どうしても「そう考えても仕方がない」と思える。それくらいあの時は私も兄も余裕がなかったのだ。
「まぁ。今はちゃんと働いているし、仕送りをしている。それに、ようやくちょっと余裕が出て来て来月のお祭りにはこっちに来られるみたいだし」
アイリンが嬉しそうに言うと、王子は「へぇ、そっか」と嬉しそうに笑う。
「?」
――あっ、あれ?
しかし、アイリンはその王子の笑顔にちょっとしたひっかかりを覚えた。
「? どうしたんだい?」
「え、いや? 何でも?」
そう言うと、王子は「そうそう」と思い出した様にズイッと顔をアイリンに寄せる。
「仮に僕が君に提案しなかったら……君は誰の家に嫁ぐ事になったのかな?」
「え? いやそれは『仮の話』だから……」
アイリンはそう言葉を濁したけれど、王子は「誰の家に嫁ぐ事になったのかな?」と更に念を押すように尋ねる。
――うっ。
本当にアイリンが言ったのは「仮の話」であって、あくまで「そうなる可能性が高い」程度の話であって具体的なモノは何も決まっていなかった。
――で、でもなんか怒っているみたいだし……というか、なんで? なんでそんなに怒っているの?
でも、この状態になった王子にアイリンが何を言ったとしても、多分届きそうにない。
――こっ、こうなったら!
「え……っと、私は『そうなるかも?』とお兄様に言われただけだから」
アイリンは「とにかく何か言わなきゃ!」と思い口にしたモノの、その声は震えた上に小さく、聞こえるか聞こえないか分からない程だった。
「へぇ、お兄さんに」
けれど、どうやら王子にはキチンと届いていたらしい。
「そっ、そうなの!」
アイリンは必死に誤魔化す様に声を大きくして頷く。
「ふーん、そっか。それじゃあ、お兄さんがこっちに来た時は僕も君と一緒に出迎えようかな」
「……え」
王子の言葉に目を白黒とさせるアイリンに対し、王子は「そんなに驚く事かな?」と首をかしげる。
「だって君には学園にいた頃はお世話になったし、今は国民生活に重要な役割をになってもらっているからね」
「まっ、まぁ」
――そこまで大事には捉えてなかったけど。
「それに、お兄さんはこっちに来るのは久しぶりだろ? 昔とは違うところも多いだろうから、色々と案内してあげたいなと思ってね」
そう言いつつ王子は満面の笑みを向けていたけれど……。
「……」
その目は全然笑っていない。
――お兄様、ごめんなさい。多分、ものすごく迷惑をかけると思います。
何が王子の琴線に触れたのかは分からない。だからこそアイリンは遠くの実家にいる兄に心の中でそっと謝ったのだった――。
ようこそ『シュタイン王国職業案内所』へ! 黒い猫 @kuroineko
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