第4話


 そうして紹介されたのが公爵家の一つである『ナイン・レッドストーン』だった。


「へぇ、お前が筆記試験トップのガリ勉かよ」

「……」


 ――まぁ、初対面は最悪だったけど。


 でも、なんだかんだ言いつつも意外に彼は真面目な人間で、筆記の試験結果が良くなかったのもただの「要領が悪かった」というだけだったという事が分かった。


 ――意外にノリも良くて王子とのやり取りも面白かったのよね。


 アイリンはただ隣で見ているだけだったけれど、二人のやり取りはまるで「仲の良い兄弟」の様にも見えた。


 ――私も……まぁそれなりに魔法は使える様になったし。


 その間も王子はたくさんの女性に言い寄られてたまに辟易としていた姿を見たけれど、ナイン曰く「あいつはあの年でまだ誰とも婚約していないからなぁ」との事だった。


 どうやら王族は魔法学園に入学する前には既に婚約者がいるのが普通らしい。


「へぇ」


 ただサーナイト王子は「既に心に決めた人がいるから」と縁談を断り続けている様だ。


「……そうなの」

「ああ。でも、それが誰なのかは誰も知らない。だからなのか令嬢たちは『きっと王子の本命がいるという話は嘘。ならば!』というワケで毎回あいつを追い回しているってワケだ」

「……大変ね」


 アイリンがゲンナリした様に言うと、ナインは意外にも。


「そうか? 俺はハッキリとしないあいつが悪いと思うけどな」

「え?」

「まぁ、あいつにも色々と思うところがあるんだろうけどよ。好きなら好きでハッキリしないといけないと思うぜ」

「それは……そうだけど」


 それでも王子は王族だ。


 ――そう簡単に言えないって事は……相手は平民なのかも。


 この学園には「魔法が自然と使えるレベル」の人たちが通っている。それはつまり貴族も平民も関係ないという事を意味しているワケだ。


 ――でもまぁ、誰にでもチャンスがあると思っているワケだから。


 王子に彼女たちが押し寄せる理由も何となく分かる様な気がしてしまう。


 ――まぁ、そのおかげなのか放課後こうして図書室で勉強していても特に何も言われないのだけれど。


 それはただ単純に知られていないだけなのか「あんたなんて眼中にない」と思われているのかは分からない。


「……」


 なんて色々と考え込んでいると……。


「――やっぱりハッキリ言った方が良いと思うぜ。本当に」

「え?」


 ナインが何かを言った様に思い顔を上げたけれど、当の本人は「いや? なんでも?」と誤魔化されてしまった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 そうしてあっという間に卒業を迎えたのだけれど……。


「はぁ」

「どうしたんだい? そんなに盛大なため息をついて」

「え?」

「?」


 アイリンに声をかけたのは王子だった。


「いいの? パーティーの主役が抜けたらまずいでしょ」

「ああ」


 卒業式を終えて今は卒業生のみのパーティーの真っ最中。


「さすがにずっとダンスするのは疲れてね。ちょっと外の空気を吸いに来ただけだよ」

「ああ」


 ――言われてみると、確かにそうだったかも。


 ダンスに慣れている王子でもパーティーの間ずっと……となるとやはり疲れてしまうらしい。


「それで? 君はこんなところでため息をついていたワケだけど……どうしてだい?」


 王子はにこやかな笑顔をアイリンに向けているけれど、その裏側には「言わないと逃がさない」という気持ちが透けて見える様な気がした。


「……そんなに怖い顔を向けなくても話すわよ」

「あれ、そんなに怖い顔していたかな?」

「え」

「?」


 ――無自覚なの!?


 アイリンは思わずそう叫びそうになったけれど、ここはパーティー会場のすぐ近くにある噴水だ。多少の話し声くらいなら噴水の音でかき消されるかも知れないけれど、さすがに叫び声は聞こえてしまうだろう。


「どうかしたかい?」

「いえ、何でも」


 ――危ない危ない。


 それはアイリンも分かっていたのでグッと言葉を飲み込んだ。


「それで、さっきのため息と君がここにいる理由と何か関係があるのかい?」

「関係……あると言えばあるわね」


 アイリンはそう言いつつ王子の方をチラッと見る。


「?」

「まぁ。私も貴族の家の人間ではあるのだけれど、言ってしまえば没落寸前の家の人間。だから本当はこの学園を卒業したらどこかしら働きに出ないと行けないのだけれど」


 そこでアイリンは盛大に「はぁ」とため息をつく。


「まさか……どこもなかったのかい?」

「……改めて言葉にされると傷つくわね」


 皮肉たっぷりに言うと、王子は珍しく「悪い」と本当に申し訳なさそうな顔で言う。


 ――いつもなら笑いながら……とかそんな感じなのに。


 王子の珍しい表情を見たアイリンは余計に悲しい気持ちになった。


「通常は魔法学園に来た就職の案内って受ければ受かるモノらしいのにね! 本当になんでよって叫びたいわよ!」


 就職の面接を受けたのはもうすぐで二桁を迎えるところだ。しかし、アイリンがこうして就職に難航している内にあっという間に今日を迎えてしまった。


「……」

「はぁ、これからどうしようかしらね」


 かける言葉が見つからないのか、王子は無言になってしまった。


「はぁ、これからどうしようかしらね」


 そんな王子を横目にアイリンはそう言いつつ自分の足に頬杖をつく。


「じゃあ」


 すると、王子は何かを思いついたかのようにグッとアイリンの方へと自分の顔を寄せた。


「なっ、何」

「どこにも就職する当てがないのなら、その力。僕の為に使わない?」


 ものすごく真剣な眼差しを向けられているのに、この時のアイリンはワケが分からないまま思わず「……は?」という言葉を返すので精一杯だった――。

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