第3話
「……知っていたんですか。私の事」
アイリンは思わず驚きの表情のままサーナイト王子に尋ねると、王子は「心外だなぁ」と言わんばかりの苦笑いを浮かべる。
「さすがにクラスメイトの名前と顔くらいは覚えるよ」
「え、でも」
――私は……。
決してクラスの中で目立つ存在じゃない。
たとえ筆記でトップの成績だったとしても『魔法の実力』を重視するこの学校ではあまり意味がないと見なされる。
――その証拠に……。
実技で優秀な成績を修めた生徒は表彰されるけれど、筆記にはそれがない。
だからなのか、同級生の中には『アイリン・シュベル』という名前は知っていても、それがどの人なのか分からないという人もいるほどだ。
――ああでも。
サーナイト王子は「第二王子」とは言え、王族の人間だ。将来はもっとたくさんの人と関わるのだからクラスメイトの名前と顔くらい覚えられない……というワケにもいかないのだろう。
なんて事を考え、アイリンは一人で「うんうん」と頷いていると……。
「――ぃ。おーい」
「!」
サーナイト王子がアイリンの目の前で声をかけながら手を振っていた。
「あ、ごめんなさい」
反応を見せると、王子はどことなく「ホッ」とした様な表情を見せる。
「良かった。突然固まったからどうしたのかと思ったよ」
そんな王子に対し、アイリンは「ははは」と誤魔化す様に笑う。
「ところで今日はどうしてここに? 放課後図書室を使う生徒なんて私以外にあまりいないのに」
そう尋ねると、王子は「ん?」とアイリンの方を見る。
試験勉強の時期になればこの図書室を利用する人も増える傾向にあるのだけれど、普段は閑散としている。
「ああ、実は女性たちに追いかけられてしまってね。ちょうどいい場所が見つかって――」
「逃げ込んできた……と」
アイリンがそう続けると、王子は小さく頷いた。
「……」
――毎日毎日王子も大変ね。
思い返してみると……確かに王子の周りにはいつも女子生徒がいた。
――私はそこまで気にしていなかったけど。
「あまり女性のお誘いを無下にするワケにもいかないからね。でも……さすがに疲れてしまって」
「……」
――まぁ、毎日毎日言い寄られれば……逃げたくもなるわよね。
それでもここまで王子が疲れているのを見るのは初めてだ。なぜなら、王子はいつも笑顔で接していたと思っていたからである。
――王子も「人間」って事よね。
「ふふ」
「?」
アイリンは心のどこかで「王子は何でもそつなくこなす」と思っていたので、意外な一面を知る事が出来て少し嬉しかった。
「何?」
「あ、いえ」
「君が笑顔なった理由。気になるなんだけどなぁ」
「殿下って意外と……意地悪なの?」
ニヤニヤという表情で尋ねる王子に対し、アイリンは怪訝そうな顔で答える。
「意外……ねぇ。友人には基本的に『底意地が悪い』とか『真面目な顔してとんでもない事をしでかす』とか言われているんだけどね」
「……それって、褒めていないでしょ」
アイリンが思わずそう言うと「褒めてないねぇ」と王子は何も気にせず笑う
「でも良いんだよ。何でも言い合える仲って言うのが楽しいから」
「……そうね」
――私にも……そういう友達の一人くらい。
もし、仮にでもいたとしたら何か変わっていたのだろうか。
「……」
なんて事を考えていると……。
「ねぇ」
「はい?」
「ここには放課後。いつもいるの?」
「? まぁ基本的には」
アイリンがそう言うと、王子は「そっか、分かった」と言ってアイリンに背を向ける。
――なんだろう?
「じゃあ、今度は友人連れて来るよ」
「え」
「頼むよ。あいつ、今度試験で悪い成績取ったら卒業すら怪しいって言われているらしいからさ」
「えぇ」
「ただ実技の成績は僕と良い勝負だし教えるのも上手い」
「えぇっと? 要するに……実技の練習を見るから代わりに筆記の勉強をその友人に教えて欲しいと?」
アイリンが「確認」のつもりで王子の言葉をまとめる。
「あ、僕にも教えて欲しいな。次の試験では筆記でもトップを取りたいし」
「……」
――今、さり気なく宣戦布告された?
そう思いつつ王子の方を見ると、王子は不敵な笑みを浮かべている。
「実技と総合ではトップだったとしても、それは完全な勝利じゃないからね」
どうやら王子は「利用出来るモノは何でも使う」というタイプらしい。
――全く、どれだけ負けず嫌いなのよ。
でも、この時のアイリンは小さい頃に見た時ともいつもとも違う新たな王子の一面を見られた様な気がして……思わず笑ってその提案を了承したのだった。
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