エイプリル
赤井飛猿
エイプリル
親父は新聞を読み終えて出勤した。
食卓に置かれた二つ折りの新聞。
この頃、就職前という事とスマホ依存で紙媒体の活字離れが気になりだしていた。朝の余裕のは男の渋さの一つと思い始めた。
実の親父から男らしさを感じる俺はちょっと普通じゃないのかもしれない。
親父の座っていた席に座り、ダークローストのコーヒーを啜る。
おもむろに新聞を開き読み始める。母親が微笑む。
『補正予算案 十二億円越え』
『〇〇県知事の一億円収賄容疑』
『多額!!AI事業に過去一番のマネーファンドライズ$二百万』
『価格破壊の牛丼屋 一杯 五十円(時間指定有り)』
どれも身近な数字でなくパッとしない。
バイトして実家暮らしだから五十円の牛丼にありがたみを感じず、食いつく事もない。
『大台到達。ホームラン四十号』
『大健闘もマラソン日本新まで二十秒足らず』
野球部で陸上部並みに持久走が得意だった僕にはしっくり来る情報。
株価をチェック。数字の羅列に目眩がするがなんとしても仕組みを覚えてやろうと思っている。親父の薦めで大手動画配信サイトの株を買っている。
中期、長期の投資はギャンブルではないとのこと。
「そろそろ行きさい。乗り遅れるわよ」
バス通学。授業はないが就活のために大学へ行く。
「あっうん」
広げた新聞を折りたたむ。親父のようにパッとパッと音をたてながら流れる動作でそれができない。この部分が一番かっこいいと思っているのに。折り目に沿わず最終ページが不細工に曲がった。
直そうとページをめくる。
注意書きが目に入った。
『明日は全国、全紙、数字遠慮の日です。ご理解、ご協力お願い致します』
就活にバイト、一人暮らしの友達の家でご飯を食べて帰宅し一日を終える。
「父さんは?」
「もうでたわよ」
「早っ」
「うん、出張だって」
「そっか」
食卓には新聞が置いてなかった。
玄関を見ると靴だなの上に手付かずの新聞が置いてあった。
朝刊を取ってきて手垢のついていない新聞を開く。
『首脳会談は終始良好、難しい貿易格差の問題もお互い歩み寄る姿勢を記し、数年後には大幅に改善を約束』
『白昼堂々に若干名に襲い掛かった通り魔事件の犯人に複数年の実刑が課せられた』
『丸河線でダイヤの乱れ。カップラーメンが作れるくらいの時間の乱れが多発し、問題解決に手間をとった事に会社が謝罪。アリーナ集客数の人間に影響を与えた』
『減少が続いていた犯罪率が、目がくらむ程の上昇率。原因は長引いたロックダウンのストレスと直滑降気味の不安定な経済と思われる。自殺率も呆れるほど上った』
『収賄容疑で捜査を受けた〇〇県知事だが、さらに大型ヨットとベンツSクラスを足した分の額も受け取っていた事が判明した』
『学者が新調したばかりの家電を買い替えると同時期に、日本海側で大型地震が来ることを警戒』
『ゴールデンクロスの法則の落とし穴。あなたの逆張り大丈夫?おでこの生え際が気になる頃に財布にもぽっかり穴があく両方の痛手。今から正しい投資を学ぼう』
『記録的な超特大ホームラン。ボールは楽に球場を超え、隣接している公園の砂場にドボン!推定距離はマンモス級』
『大敗、歴史的な得点差。前半終了時で這い上がれない負けっぷり。プロを名乗るのを剥奪するべきなくらいなやられよう。田舎の市町村くらい居たサポーターも試合終了のホイッスル時には中学校の生徒数程度に激減。不甲斐ない選手らは怒声罵声から非難するように逃げ帰った』
『秦の始皇帝時代のものと思われる白骨が発見される。白骨は碁盤目状の穴の中でじゃがりこのように骨が入り乱れている。装飾品がなく、その様から無縁仏と予想される』
白米主義の父親が不在のために母親が自分の好みを優先した朝食のアボカドチーズトーストが胃の中で消化不良を訴える。
慣れない事への拒否反応。
むずむず
かゆい
『南部を直撃した台風の影響は数多の家屋が崩壊、西に外れながら北上する。降水確率は駅前の表通りで帽子を被る人に出くわす程度まで減少、風速はミニスカートはパンツ丸見え、高性能なカツラで不安が残り、ロングコートがはばかる速度と予測。現時点では交通機関への影響は無い』
ミニスカートはもちろん、ロングコートも来たことがないから実感が湧かない。カツラに関してはセットした髪が乱れると同じ感覚でいいのだろうか。
いや、だいぶ違うか…。
嫌な世界だ。単純に受け入れ難い。日報を伝える役目、歴史に刻まれるはずの日付すらない。資料係もどこに保存するのかわからなくなるだろう。
求人欄はさらに醜い。
『年で家が買える稼ぎ、同級生が羨む好条件、各駅から歩いて割とすぐにあるのでどなたでも便利、大急ぎで荒稼ぎ』
売り文句が喧嘩を売っている。就活生の身からすれば肝心な部分が大雑把すぎる。
具体的じゃない儲かる仕事は要注意。
仕事はきついけどやり甲斐がある仕事と正直に言える会社より危険なのは承知している。
校舎のトイレでweb記事を拝見、同じくにどの文面にも数字は見当たらない。
朝に食べたトーストが消化しきれない。
バイトの給料日、よく働いた今月は重みが違う。
ベッドに横たわり携帯画面開いて何気なくサイトを観覧していた。
時刻は次の日にシフトをしていた。
『摩訶不思議な一日』
『新聞の売り上げ四割増、ネット観覧二割減』
ネット記事でも自粛してた数字が現れた。珍しい一日の新聞を購入したがる人間が多発した事が大半を占めた。各新聞社が久々のほくほく具合にほくそ笑んでいる。代わりに活字疲れした人はネットから離れた。
『見慣れない光景と懐かしい光景』
添付された写真は込み合う電車で新聞を広げる姿だった。
若者には見慣れない光景、年長者には懐かしい光景。高校生が新聞を広げて数字の代わりの珍表現を読んで笑っている。かつては偉そうなおじさんが新聞を広げて迷惑そうにする若者だった。
『駅のキオスク売り上げ過去最高を記録し、嬉しい反面、予想にしなかったこの忙しさが続くのは困ると正直な感想を漏らす店員』
朝はそうでもなかった。日が登るにつれて新聞が売れ始め、同じ新聞を束で買うとか、全紙爆買いなんてのもザラだったとか。コンビニ等でも同様で、個人商店では部数に限りが見えた時点で値上げがされた。
『駆け込みで希少な新聞を求める客』
労働の疲れはどこやその、仕事より真剣に夕方に売れ残りの朝刊を求める必死な客。全国コンビニの売り上げは三割り増し、希少新聞を手にできる人はついでに商品に手を伸ばし、手に入れなかった人もせっかくだからと商品を買う。
『強者、朝刊だけで70紙ゲット』
男は狭いリビングに日付のない新聞を並べて満遍な笑みを浮かべている。
朝から全国をまわった結果、各都道府県の新聞を買い漁った。
全国紙に価値がでるのか、地方のマイナー紙に価値を見出すのかはわからないが今後が楽しみと、この日に発揮した行動力を自画自賛している。
『全盛期より定期購読者が60%減した新聞社らも出荷した部数、全てが売り切れる事態に驚いた。実は昔ながら購読してくれている消費者の新聞にはシリアルナンバーが入っているとかいないとか。〜発見できるかはわからないが、記載された唯一の数字〜という常連客を喜ばせる遊び心』
コメント欄には「いつから新聞社、メディアはここまで柔軟になったんだ」等の時代遅れのメディアであっても、常に反感をくらう役目の職種の様変わりを驚くものが多かった。
「明日の新聞が楽しみだ」
バサバサ、折り畳まれた新聞。コーヒーをすすった。
ビジネスマンのとして世界情勢を確認。写真でみたように込み合う電車で新聞を読む迷惑な親父ではない。感想も言わず、文句もいわず、ただ記事を読み必要な情報だけを頭にいれる。入れた情報を会社で会う同僚と話し合う事はあるのだろうか。親父は昨日の珍事のことも何も言わない。余裕な男。
日帰り出張から帰ってきた中身を戻していない親父の旅行鞄がソファー横に放置されたままだった。
サイドポケットに地方紙が二つ。
日帰りにはやたら重たいバック、もしやと思って中を開けると関東と関西圏の大小様々な新聞がどっさり入っていた。
なんだか、尊敬する親父が可愛く思えた。
何もしらないけど、日本も成長したな。
こんな日があってよかったなと思えた。
桜が散り、新たな出会いと生活に不安と希望を芽生える季節。
大人が本気の嘘をつくことが許された一日にした壮大な出来事だった。
エイプリル 赤井飛猿 @akaitobizaru
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