第10話 人生経験は必須です
◇
「身延君、じゃあこの本の陳列お願いするね」
「わかりました」
夕方日が沈み人がまばらに増えて来る時間帯。
日が西へ傾き、あたりが暗くなる夕暮れの空模様。
時期暗くなる店内を照らすLEDライト。
「志摩書店」と刺繍で書かれた緑色のエプロンを纏った身延は眼鏡をかけた優しげな男性に本の陳列を頼まれる。
言われた通り本を受け取るとその本の陳列場所に向かう。しっかりと「身延」という名札も付けていた。
身延が「用事」があると言っていたことはここ「志摩書店」のアルバイトをすることだった。
高校一年生の頃から「志摩書店」で働いており今ではなんとか仕事にも慣れた。
ただみんなは思ってる。
あんなに「リスク、リスク」と言っていた割に普通に「アルバイト」をするのかよ、と。
当然身延にも考えはある。
その考えは簡単なものだ。
アルバイト……社会勉強をすることはリスクを負っても身延には経験したいことだった。
いずれその知識が大人になって何かの役に立つと確信していたからだ。
身延は人付き合いが苦手だが、人との繋がりはなんだかんだ大事だと思っていた。
なので店内に来るお客にも一緒に働く店長や同僚には愛想良く振る舞っていた。
身延は自分のことを普通の顔だと自己評価は低いが、周りから見れば表情以外は整っておりちゃっかり店内に来てくれるお客の中に身延の隠れファンなんかが存在している。
そんなことを何も知らないのが身延だが。
ふっ、俺を侮ってもらっては困る。リスクを避けるためにリスクを甘んじる。そうだ、先を俺は見据えて動いている。だからこうして同僚とも仲良くなり、仕事も覚えた。
「……りく、それそこ違うわよ」
「……そうか」
まあ失敗は付き物だ。
「敬語。私はこの店の娘の上りくの先輩。何回言ったらわかるの?」
「……すみません」
「宜しい」
まあ? 人間関係も難しいよな。
身延に間違っていることを指摘した少女は素直に言うことを聞く身延を見て気を良くしたのか小柄な体に不釣り合いな胸装甲と可愛らしい茶髪のサイドテールを揺らしてスタスタと歩いてゆく。
その姿を真顔で見送る。
さっきの少女の名前だ。
名前からもわかるし彼女が口にした通りこの店の娘さんだ。俺が「志摩書店」で働き出した時に出会った。
彼女は年齢的に俺の一個下、高校一年生だ。それに通う高校も葉凛高校とマジモンの後輩だ。本来なら俺が先輩なはずだが……ここで彼女が先輩だと言う理由だけで俺は彼女に敬語で話すことを強いられ、彼女は俺に舐めた口……タメ口を使う。まあ俺も大人だ。それぐらいじゃあ何も思わんさ。
ただ……なんか俺へのタメ口が慣れてしまったとかで店以外でも俺のことを同学年か下の存在だと見ている節がある。いつの間にか俺の呼び方も「りく」になっているし……解せぬ。
彼女は容姿的にも雰囲気的にも恐らく「ギャル」と呼ばれる生命体だ。怒らせたら危ないから俺は出来るだけ穏便に対応する。
そんな俺でもなんとか働けている。アルバイトが終われば解放されるしな。
「すみません、店員さん。こちらの商品はどこにありますか?」
「はい、そちらの商品は──」
その後も身延は働き続ける。何度か奈緒に指摘された身延だがしっかりと働いた。
「……よし、じゃあ身延君。今日は上がって良いよ。お疲れ様」
「いえ、仕事ですので。お疲れ様です」
「はは、そうか」
この人の名前は
「志摩書店」の店長であり志摩さんのお父上だ。眼鏡をかけている短髪の黒髪が似合うナイスガイ。とても優しい人で俺が働き出した時も色々とお世話になった。今でも俺が間違っても怒ることなく優しく教えてくれる。
ちなみに志摩さんにはしっかりとお母さんもいる。今はまだ二歳の娘さんの面倒を見るために奥で世話をしている。言ってしまえば俺はその志摩さんのお母さんの代理の様なものだ。
「あ、そうだ身延君。良かったらご飯食べて行かないかい? 妻がいつもお世話になっているからお礼をしたいと言っていて。僕もお世話になっているからね」
「……そうですね」
身延は直樹のお誘いに考えるそぶりを見せる、が……。
選択肢は一つ。
「お気持ちありがとうございます。ただ自分の家も夜ご飯を用意していると思うので今回はお気持ちだけ頂きます。今度また誘ってください。奥さんにも宜しくお願いします」
丁寧な言葉使いで薄く笑みを作ると好青年さを出して断る。
しっかりと頭も下げるのを忘れない。
その時に奈緒がジト目で見て来ている様な気がしたが身延は無視。
「そっか。そうだね。急だったからしょうがないね。うん、僕の方から伝えとくよ。今度誘う時は事前に話すね?」
「はい、そうして頂けると助かります」
どちらとも嫌な気持ちにならない様に言葉を選んで話すのがコツだ。本当は別に食べて行っても構わないのだが……リスク云々よりも俺が気まずいから却下だ。
「じゃあ、身延君。次もお願いね」
「はい、こちらこそ」
別れの挨拶を済ませた身延は用意してもらった
忘れ物がないか確認した後ドアを開ける。
「……」
「……」
ドアの外に未だにジト目の奈緒が立っていた。
なのでドアを閉める。
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