第11話 嘘も方便



 おっと、瞬間的に身の危険を感じたからドアを閉めてしまった。ただどうするか……いや別にどうもしないな。俺は別に何もしていない。志摩さんも何か伝えたかっただけだろう。


「志摩さん、どうかしたんですか?」


 ドアを閉めたまま問う。


 いや、一応な。開けるタイミングも見失ったし。


「開けなさい」

「別にこのままでも話せるので。どうしました、また自分が何か不手際をしてしまいましたか?」


 ここは出来るだけ下手に出るのが吉だ。

 そして相手の心理を見抜く。


「それはいつものことでしょ」

「あ、はい」


 あえなく撃沈。


「一つ、聞きたいことがあるわ」

「? なんでしょうか?」

「……りくは部活、何やってるのよ」

「あぁ、囲碁・将棋部ですね」


 息を吸う様に嘘をつく。


 そうだ俺は嘘をついた。

 だがここで動揺を見せてはいけない。間を開けてはいけない。俺は志摩さんの質問がきな臭いと思っている。今日グリーンに何を言われた?……部活をやっていない人=俺。そんな話をされた後にこの質問だ。志摩さんは一年生だがあの噂とやらを知っている可能性もある。

 志摩さんがそのことについて聞いて、俺の弱味を握ろうと思ってるかまでは知らないが、俺はこれ以上下に見られないためにあえて嘘をついた。


「そっ。囲碁・将棋部。楽しい?」

「まあ、そこそこは。もしかして志摩さんは何か部活に入るつもりで?」

「……悩んでる。知り合いがいたら落ち着くから、りくに聞いた」

「そうですか。ですが生憎俺が所属する囲碁・将棋部は男しかいません。志摩さんの様なか弱い女性が来たら絶好の的です。奴らは飢えた獣、危ないです」


 身延の言葉を受け止めて考えているのか無言の間が続く。


 嘘も方便……という言葉を知っているか? 物事を円滑に進めるには多少の嘘も許されるということだ。なので俺は後のリスクよりも今逃げる手段リスクを選んだ。


「男ばかりは辛いかなぁ。でもりくがいるなら……少し考えてみる」

「そうですか。志摩さんが決めることなので」


 いらん、いらん。いりません。考えなくていいから。これで囲碁・将棋部とやらに行った志摩さんが真実を知ったら俺が……俺が……。


 そしてそんな未来を考えていた身延はドアの取手を掴む力が緩む。

 そのことを察してか奈緒がドアを引く。


「て、うわっ!」


 油断していた身延は引力に引かれるように前に蹌踉めく。


 そして……ぷにっ。


 倒れまいと咄嗟に出した手からそんな幸福な感触が伝わってくる。


「んっ」


 その時に前方から艶が通ったそんな声が聞こえてくる。

 ただあえなく倒れ伏す身延。

 恐る恐る目を開けると……奈緒を押し倒す様な体制で奈緒の膨らんだ胸部分を身延が掴んでいた。


「……」

「……」


 奈緒は赤らめた頬でキッと身延を睨む。

 そして反対に青ざめた顔の身延は直ぐに手をどかし奈緒から離れると。


「い、言った通りですよね。男は獣だって?」

「……死ね」

「ぐふっ!」


 冗談でそんなことを言ったつもりだったが、奈緒はお気に召さなかったのか身延の腹に容赦のないパンチを入れる。


 ふっ。その右腕、世界狙えるぞ。


 身延達が倒れる音を聞きつけた直樹が来てなんとか状況は脱した。

 今回は不幸な事故ということで話が済んだ。

 身延を見る奈緒の目は犯罪者を見る目をしていたことを今も覚えている。


 このことで身延も反省した。嘘をつけばその分自分に罰が返って来るのだと




「……やっちまった。次のアルバイトもそうだが、学校で志摩さんと鉢合わせた時も嘘をついた分もどうするか。グリーンの様に連絡先交換していないし、謝れない……」


 家に帰った身延はご飯もそこそこに自室に戻るとベッドの上で頭を抱えてしまう。


「あぁ、明日から憂鬱だ。隕石でも降らねぇかな……」


 そんな起きもしないだろうありえないことを願うことしか今の身延には出来なかった。




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