第4話 打算



「──ふぅ、やはり我が家は落ち着くな」


 椅子に座りながら年寄りのようにそんなことを呟く身延は帰ってきた自室でまったりとしていた。  


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 ……ん? あの後の話を聞かせろ? なに全て終わったかのように寛いでいるんだ?


 全く急かさないでくれ。しっかりと話す。



 あれはそう。俺が中学生だった頃の話。俺は全校生徒と対立していた……ん? それも違う? はよ話せタコ?


 全くジョークだろ。少し落ち着け。ちゃんと話す。


 そう言いながらもディスクに置いていたコーヒー缶で喉を潤す見延。


 そう、あれは俺がグリーンの言葉に「同意しよう」と言葉を返した後の出来事……。




『……同意しよう』


 俺が初めから決めていた言葉を返す。


『うぇっ!!? ほんとう!? 本当に身延君は私と付き合ってくれるの!?』

『……そうだ』

『良かった〜』


 グリーンは自分で告白をしておいて動揺したようにその大きくて綺麗な青い瞳を開いて聞いてくる。俺はグリーンの言葉に適当に返す。すると安堵したように大きな胸元に手を置くとその場で尻餅をつく。


『……でも、身延君はいきなり告白なんてした私を疑わないの?』

『別に』


 俺は本当に思っていたことを話しただけだった。グリーンがなにを考えていて俺に告白したのなど興味がない。それに詮索したところで。


『優しいんだね、身延君は。君に告白して良かった』


 そう言ったグリーンの笑みは俺にはとても眩しかった。


『そうか。ただ』

『どうしたの?』

『……俺達が付き合うにあたって決め事を決めたい』


 きょとんとした顔で聞いてくるグリーンに俺はそう答える。


『決め事? あれかな、そのー浮気、しないとか? 私は大丈夫だよ?』

『そうか。ただその他に一つ。俺達が付き合っていることは学校の連中や周りに広めないで欲しい』

『それは……うん、わかったよ』


 俺のそんななんの説明もない言葉にグリーンはただ俺の目を見て頷いてくれた。

 助かるが、その何の疑いもないグリーンの信頼に少し怖い自分もいる。


 だがその気持ちは知られてはいけない。


『助かる。慣れるまで登下校も一緒に出来ない可能性もある。だがその分俺の携帯の連絡先を教えるから、それで』

『わかった! 学校で話せない分、身延君に沢山メール送るからね〜??』

『程々に頼む』


 スマホの連絡先を交換する。

 

 嬉しそうにスマホの画面を眺めるグリーンにそう言われる。


『でも、今日は本当にありがとう! 身延君とも付き合えることになれた。本当はこの後一緒に下校出来たら良かったんだけど……約束もあるし、生徒会の仕事ほっぽって出てきちゃって?』


 少しおちゃらけたように舌を出して言うグリーン。


『そうだったのか。頑張れよ』

『うん! 今日の夜早速連絡するね〜』


 そう言いながら早足で俺の前から遠のいて行くグリーンの頬はまだ赤らんでいた。


 

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 ということで俺とグリーンは晴れて恋人同士だ。


 なんだ? 少し自分達が思っていた展開と違う、というような顔をしているな?


 ふん。俺にもちゃんと打算はある。


 そう、俺は何度でも言うがな何よりも『リスク』を恐れる人間だ。


 まずあそこで俺が「すまない」と告白を断るとしよう。断るのは簡単だ。それに優しいグリーンのことだから笑って「なかった」ことにしてくれる、と思う。

 だが人間誰しも負の感情というものがある。ケースが違えばグリーンがその失恋の感情のまま誰かに「身延如きに告白を断れた」と言うかもしれない(多分ないが)。


 そうしたら最後。俺のことが……。


 だからリスクが少しでもある限り俺は消していく。


 グリーンからの告白を断るとという選択は初めから無いも等しい。俺に残された道はグリーンからの告白を受け入れることのみ。


 さっきも言ったがここでその打算が生まれる。


 俺がグリーンの告白を受け入れるのは想定済み。ならそこから付き合うにつれて俺がいかにだと思わせればいい。

 グリーンが俺のなにを知って好きになったのかは聞いてないからわからない。だが、恋というものは少しの感情、時間で移りゆく儚い想い。俺はそう思っている。


 自分で自分を卑下するのはあまり良く無いが、俺の考えでは直ぐに俺のことをつまらない男とわかったグリーンが恐らく「別れ」を告げてくることだろう。

 付き合っていたら「他の人を好きになってしまった」というケースは起こり得ることだからな。それにグリーンほどの女性になれば他の男が放っておかないだろう。


 だから俺はただその時を待つだけ。


 ふっ、俺にはがある。


「……自由になれる時は案外早かったりな」


 そんな未来のことを願い自室から出て行く身延。




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