ノイズキャンセリングイヤホン

 イヤホンを買いました。


 ここのところ、数年連れ添ったワイヤレスイヤホンの調子が悪く、1時間の通勤中に途中で片耳だけ音が途切れるようになったのでそろそろ買い替えたいなあと思っていたところ、たまたま見ていたネットショッピングのセールで評判良さそうなイヤホンが安くなっていたのでついポチってしまい、それが今日届きました。


 これで明日から通勤中に充電切れに怯えることもなくなります。


 よかったよかった——そんなことを思いながら、私はイヤホンのセットアップをするため、イヤホンを耳に装着しました。


「——」


 そして私は人生で初めて、ノイズキャンセリング技術を体験したのです。

 

「——し、」



 静か————————



 気が遠くなっていく瞬間の無に近づくような感覚。


 静かすぎる。

 静かすぎます。

 

 サーキュレータの風切音も、エアコンの排気音も、冷蔵庫が時折鳴らす「ブォーン」も、全部、静寂の彼方です。


 すごい。

 すごい、すごい。


 初めての経験に胸が高鳴るわけです。これはなんとしてでも今の感情を記録に残しておかなければと思い立ち、気づけばこうして2年近く放置していたエッセイの「次のエピソードを追加」ボタンを押していました。


 うるさいと定評のある静電容量無接点方式のキーボードをバチバチ鳴らしながら文章を書いているのに、全く、——本当に全く気になりません。


 すごい。

 こんなすごい技術があったなんて。こんな体験があったなんて。

 ノイズキャンセリングイヤホンが世に誕生してしばらく経っているはずです。街中でノイズキャンセリングイヤホンをつけている人を見かけることも少なくありません。


 みんな、こんな体験をしていたのですか。

 電車で爆睡していたイヤホンつけたサラリーマンたち、こんな心地だったのですか。


 こちとら電車で乗り換えるたびにスマホで音量を上げ下げしていたというのに。


 前に聞いたことがありました。最近、若年層の難聴が増えているのだと。

 そしてそれは、長時間、イヤホンを使って大音量で音を聞くのが原因なんだそうだと。

 それを防ぐには、小さい音で音楽を聴くべきなのだと。

 そしてそのためには、ノイズキャンセリング機能を有するイヤホンがおすすめなのだと。


 これで、もう、私に怖いものはない。

 イヤホンの電池切れ(片耳)や難聴に対するリスクへの恐怖も、ありません。

 音質も(よくわかりませんが)なんかすごく良いらしいです。音圧(?)がすごいらしいです。


 うれしい——————


 と、新感覚に感動するのも束の間、ふと思います。


 私は通勤中、ラジオしか聞きません。

 人の声さえ聞ければそれで満足なわけです。


 こんなに高音質で高品質なイヤホンを買う必要はなかったのではないか。

 また無駄遣いをしてしまったのではないか。

 そもそも衝動的に物を買ってしまうなんて、意思が弱いのではないか。


 静寂に包まれていながら、相変わらず心の中ではノイズだらけの、日曜日の夜です。

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だから私は筆が遅い 鶴丸ひろ @hiro2600

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