2#18 真実
「やあやあ、矢田美春、お目覚めかい?」
私は気がつくと見知らぬ部屋に居た。
その部屋は明かりが着いておらず、唯一の光源は机の上に設置された複数のモニター。それがぼんやりと光を放っているだけの薄暗い部屋。
様々な機材が乱雑に置かれ、それから伸びる複数のコードが地面を這い、壁に立てかけられている本棚には背広い本が適当に並んでいる。
さながら怪しい研究室と言ったところだろうか。
その部屋の中心に設置された椅子に私は座らされていた。
そして目の前にはキャスター付きのイスに腰掛けて、薄ら笑いを浮かべる胡散臭い女。
あまり面識は無いがこの女のことは知っている。何を隠そう私に催眠アプリを渡した女だ。
「…………ッ!?」
現状がよく呑み込めていなかったが、私は立ち上がろうと体を動かそうとして、失敗した。
動けない。まるで金縛りにでもあったかのように指1本すら動かせない事に気がついた。
なに?どういうこと?
体に異常は感じない。何かに縛られているかといった感触もない。
自分の身体を確認しようとしても首すら動かせず、ただただ体が私の意思に反して動かせなかった。
そしてまた声も同じように出ない。
喋ろうとする意思を受け付けず、私の口は閉ざされたままで固定されている。
気持ちが悪い。まるで自分の体が自分のモノでは無くなってしまったような感覚だ。
「無駄だよ。ボクの許可無くキミは体を動かすことも喋ることも出来ない。そう言う暗示をかけさせてもらった。キミもご存知のコレを使ってね」
言いながら胡散臭い女は自身のスマホを私に見せてくる。女の言う『コレ』とはおそらく催眠アプリの事であろう。
私はコイツから催眠アプリを貰ったのだ。渡した本人が持っているのは当然の話だろう。
つまり私は催眠アプリを使われ暗示をかけられたのだ。
「さて、矢田美春。キミは何故こうして自分は催眠をかけられてしまったのかと疑問に思っていることだろう。その疑問に答えていこうかな。何故、こうしてボクがキミに催眠をかけたか?まぁ、端的に言ってね。キミはやりすぎてしまったんだよ」
やりすぎた?私が?何を?
そう考えて自身の記憶を辿る。辿ってすぐに思い至る。
目を覚ます前、記憶が飛ぶ直前の記憶。
脳裏に過ぎる私が皐月に対してした事を。
「いくらなんでもアレはやりすぎたね。流石のボクでもあの行動は許容範囲外だよ。あそこまでするとはボクの予想の範囲外だ。アレではね。ボクの皐月くんが壊れてしまう。キミはぶっ壊す気まんまんだったからね。だからこそ、本来、手を出すつもりはなかったんだが、ボク自らが介入してキミの行動を止めさせ、そしてキミをこうして拉致したわけだ」
壊れる……そうだ。私は愛しい皐月の全てを、壊したかった。
「盛った猿のようにただ腰を振っているだけだったら許容出来たのだけどね。アレは無いよ、矢田美春。キミはラインを越えてしまった」
薄ら笑いを浮かべながら女は目を細める。その瞳の奥にドロドロに濁った何かが宿っている様な気がした。
「さて、そんなラインを越えてしまったキミには早々に退場してもらおうかと思う。本来ならばもう少し泳がせて自ら気がついて貰おうと思ってたんだが、キミは少し危険すぎる。今後の展開に支障が出てしまう。だからキミはここで退場だ、矢田美春」
退場……?この女は一体なんの事を言ってるのか。
「まぁ、せめてものボクから慈悲としてキミにはネタばらしをして上げよう。退場するキミには関係の無い話になってしまうんだが、折角なので聞いてもらってもいいかい?実はね。キミに渡した催眠アプリなんだが。コレの性能に関してキミに伝えていないことがあるんだよ」
催眠アプリの性能……?
「これキミが考えているような一般的に知られる創作物の中の催眠アプリでは無いんだよ。私がキミに渡した催眠アプリは使用者と対象者の精神を同調させ2人だけの精神世界を創り出すものなんだ。まぁ、簡単に言うと2人一緒の『夢』を見る事が出来る催眠アプリと言えば分かりやすいかな?」
夢……は?それってつまり、催眠アプリを使ったあの日、私が皐月とシタ事は全部、夢だったって事?
「それもただの夢ではなくてね。その夢は使用者側の思考に大きく左右される夢だ。そう、それは使用者にとってただただ都合が良いだけの夢になる」
えっ……じゃ、ぁ、それってつまり、あの日の事は私に、都合が良かっただけの、?
「なんとなく気がついたかな?そうだよ。あの時、キミが催眠アプリを使った、あの日、キミが彼としたこと全てはキミにとって都合がいい、キミが彼と思い描いていた、キミが欲していただけの『夢』だった」
……嘘だ。
「大変、残念な話ではあるんだが……実は皐月くん。本当はキミの事なんとも思ってないんだよ。ただ自分に暴力を振るうだけの幼なじみとしか思っていない。そこには一欠片も恋愛感情なんてものは混ざってない。キミのことを幼なじみとしては、それなりに思っている可能性はありはするけれども――……」
やめろ……やめろ、やめろ、やめろ……!
その先を言うな。
言うな、言うな言うな言うなッ!
体を動かそうとも動かない。声をあげようとしても声は出ない。
何も出来ずに私はただその女の言葉を聞くしかなった。
聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
そこから先の言葉を聞きたくない。
しかし、私の思いなどとは関係なくその言葉は言い渡させる。
「――彼はキミのこと、愛してなんかないよ……」
違うッッッ!!!
叫びたかった。叫びたかったのに声は、出なかった。
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