2#19 分岐



「はぁぁぁなぁぁぁぞぉぉぉのぉぉぉおお!!!」


「会長、鳥乃先輩が鬼の形相で叫びながら、こちらに突撃してくるんですが?」


「いやー!今日も麻沙美ちゃんは元気だねぇ!」


「今度は何をおやらかしになりやがったのでしょうか会長様」


「さて。なんだったかな?如何せん、心当たりばかりで些か原因の特定は困難を極めるね。皐月くんボクは一体何をやったのかな?」


「俺に聞かれても困るんですが?」


「とりあえず……」


「とりあえず?」


「逃げるかな」


「ちょっ!?会長ッ!?俺を置いて行かな――!」


「捕まえたぞ久保ぉおおおお!!!」


「うひぃいいいい!!?!」


「はっはっはっー!皐月くん!毎度毎度麻沙美ちゃんに捕まってしまうとは情けないね!ちょっとは逃げ足を鍛えた方がいいと思うよ!それではいつもの如く麻沙美ちゃんの相手をしてくれたまえ!愛してるぜ皐月くん!」


「いぃぃーやぁぁー!会長!俺を置いてかないで!何が愛してるだ!適当言いやがって!この人でなしぃっ!ド畜生ぉおお!!!」


「ぎゃーぎゃー喚くな久保!さっさと行くぞ!」


「くっそ!なんで俺がこんな目に!会長ぉおお!覚えといてくださいよ!コンチクショウ!」




◇◇◇




ふと脳裏を過ぎった過去の記憶。この場に削ぐわぬ楽しい記憶。なんの脈絡もなければ関係も無い記憶。


しかし、その記憶が一瞬、フラッシュバックした事でボクは手を止めた。



ボクはこれから何をしようとしていた?



いけない。ボクらしからず頭に血が登っていたようだ。冷静に、冷静になれ、今現在、ボクがしようとしていた事の結末はおそらく楽しいモノになりはしない。それは違う。ボクの求めるものは楽しく幸せな未来であって、ボクがたった今しようとした事はそれの為に必要なモノじゃない。ただ自分の激情を発散するだけの行為に過ぎない。



だからやめておけ。



「さて矢田美春。これでボクが言うことが真実だと理解出来たと思うんだがどうだろうか?」



ボクは差し込んでいたボールペンを抜き取る。



「ボールペンは途中で止まった。それがどういうことを意味するかわかるだろ?キミは皐月くんとしていないんだよ。あくまでキミが体験したのは夢の中での話だったというわけさ。それともまだ信じられないと言うのならこのボールペンで貫通させてあげようか?」



ボールペンを指でクルクルと回しながら彼女に問うと、彼女は力なく首を振り、項垂れた。


これでトドメになったかな。


矢田美春に突きつけた写真、画像、動画、音声……そのどれもが彼女にとって受け入れ難い『現実』だ。



「命令だ。もう戻していいよ。あと話してもいい」


「…………」



話していいとは言ったものの彼女は黙ったまま項垂れている。



「矢田美春。これで彼がキミのことを愛してなんかいないことが理解出来たと思うんだが……さてここで質問だ。別に愛してもいないキミにをされた彼は、果たしてキミの事をどう思うだろうね?」



先程のボクが介入した光景を思い出す。


血塗れで傷つき倒れた彼に跨り、彼の血を啜っていた彼女。あれはまるで悪魔か吸血鬼か、普通の人間がする行動とはまるでかけ離れていた。



「…………」


「そう黙っていないで何か話したらどうだい?もう言葉を発することは出来るはずだが?それとも精神へのショックが大きすぎで言葉を忘れてしまったかな?」


「――――す…………」


「ん?なんだい?よく聞こえないよ?」


「――殺す……ッ!殺す殺す殺す殺す殺すッッッ!!!殺していやるッ!アンタがッ!アンタさえいなければッ!こんなことにはならなかった!殺してやるッ!私のッ!私の皐月をッ!アンタなんかがッ!許さないッ!絶対にアンタだけは許さないッ!必ず殺してやるッ!」



堰を切ったように矢田美春の口からは言葉が溢れた。憎しみが、ボクを呪い殺さんばかりの怨嗟の声が次から次へと溢れ出る。



「あぁ怖い怖い。やはり話させるべきではなかったねぇ。まったく五月蝿くて叶わない。命令だ。口を閉じろ」


「…………ッ!」



命令すると矢田美春の罵声が止んだ。



「キミは少し自分の立場を理解した方がいい。催眠状態にあるキミの生殺与奪の権利は今はボクが握ってるんだぜ?ボクが「死ね」と命じればキミは自ら自分の命を絶つ。それを理解しているのかな?」


「…………ッ!」


「ふむ。これはまるで理解した様子が無いと……まぁもういいかな。キミを虐めるのも飽きてきたところだ。そろそろ終わりにしようか」



くるくると回していたボールペンを放り投げる。ボールペンは放物線を描いてボトリとゴミ箱の中に落ちた。



「さて矢田美春。ボクはキミに退場してもらおうと思ってる訳だが……まぁ端的に言ってキミから久保皐月を取り上げようと思う」



ゆっくりとボクは矢田美春に近づき、その両目を至近距離で見つめる。彼女の瞳の奥底にドロドロに濁った感情が見て取れた。



「矢田美春、命令だ。久保皐月に関する全て記憶を失え」



ボクは彼女に対する制裁を決行する。



「安心してくれよ矢田美春。ボクの催眠アプリによる記憶操作は完璧だ。何かの拍子に思い出す可能性は一切ない」



よくある話だ。記憶操作されたが何かをキッカケとして、その記憶が呼び起こされてしまう。


だが、残念ながらそんな事は起こりえないように作ってある。


だからもう何があっても矢田美春が久保皐月を思い出すことは無い。



「さようなら矢田美春」








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