2#17 覚醒
「ほらっ!もっといい声で鳴けよッ!このブタァァッッ!!」
皐月の付けていた黒革の革ベルトが唸る。強かに打ち付けられるそれが渇いた音を爽快に打ち鳴らす。
地肌に直接、打ち付けられた革ベルト。皐月の表情が苦痛に歪み、短い悲鳴があがった。
あっ、ダメだコレ。
それを見た時、私は私の内心を悟った。
兼ねてより私の内に燻っていた気持ち。
アレはいつからだっただろうか。
おそらく、きっかけはバカズを最初に怒鳴りつけた時だ。
私の声でバカズが恐怖し涙目になったあの姿を見た時から。
その頃から私の中で変化が起きた。
そもそもバカズが鬱陶しかったというのが一番の原因ではあったが、私はバカズが馬鹿な真似をするために怒鳴りつけ、その度にアレは怯えた表情を見せる。それに言い様のない高揚感を覚え始めた。
自覚は無かったが、おそらくそれは楽しかった。
皐月のことを殴って、蹴って、叩くようになった。
理由は周りの目が気になって、それが恥ずかしくて、素直になれなかったのが原因ではあった。
だけど、私の大大大好きな皐月を痛めつけて、そして、苦痛に歪む皐月の表情を見る度に、私の中で皐月に対する好意とは別の何かーードロドロに濁った暗い感情が着実に溜まっていた。
その濁った感情に気がついてはいた。
気がついてはいたが、コレは決して表に出してはいけないものだとも理解していた。
コレを全てさらけ出してしまえば、最後、もう後戻りは出来なくなるし、そもそも受け入れてもらえる訳が無い。
皐月の事が好きだ。離れたくない。この感情に身を任せたら、皐月に拒絶されるかも知れない。それが何より怖くて、だからこそ私の理性によるブレーキは機能していた。
そう思っていたが転機が訪れた。
皐月の気持ちを知り、両思いだと気が付き、結ばれた。まさに幸せの絶頂のただ中であったが、事はそう上手く運ばなかった。
皐月の周りにチラつくメス共。あろう事か皐月と関係を持ったという。
その事が許せない思いはあったが、私の中でもほんの少しだけ非があったのは事実、それを容認するにはしたが。
嫉妬。私以外のメスと仲良くしないで欲しい、一緒に居ないで欲しい、話さないでほしい。そんな醜い醜い嫉妬と共に私の内底に押さえつけていた濁った感情が顔を出してきた。
壊したい。
私の私だけのモノ。他の誰にも渡さない。その全ては私のモノ。私が、私だけが、皐月の全てを自由にしていい。全部、全部、全部、私のモノ。
壊したい。
皐月が好きなのは私だ。私だけを好きで、私だけを愛してる。皐月に他のモノは何もいらないのだ。私を、私だけ、を好きで、愛してい、ればいい。
壊したい。
なのになんでアンタは他のメスと居るのか、話すのか、触れるのか、どういうことだ。意味がわからない。アンタはただただ私だけを見てればいい。
壊したい。
皐月の目が何かを訴えるように私を見る。苦痛に歪んだ表情で私を見る。そうだそうだ私を見ろ。アンタの愛しい愛しい私だ。もっとだ。もっと私を見ろ。
壊したい。
痛めつける度に表情が苦痛に歪む。恨みがましい目で私を見る。もうやめてくれとその目が訴える。許しを希う言葉が口から出る。その表情が、その目が、その声が、私の気持ちを高ぶらせる。ソレだ。私にだけ向けられるソレが堪らなく気持ちがいい。
壊したい。
ソレが欲しい。もっともっと欲しい。もうダメだ。止まれない。知っていた。知っていた。知っていた。この感情に身を任せたら、最後、私はもう止まらなくなる。
愛しい皐月の全てを全て、壊して壊して壊したくて堪らない。
「あははははははッッッ!!!ブタァッ!鳴けッ!もっともっといい声で鳴いてみせろッ!鳴いて!泣いて!喚いて!もう許してってみっともなくナいてみせなさいよッ!」
渇いた音が響く。何度も何度も革ベルトを鞭のようにしならせて打ち付ける。打ち付ける度に小さな悲鳴があがる。それに気を良くした私の腕がさらに苛烈さを増していく。
「み、みは……も、もう、やめ……」
「煩いッ!ブタが人間の言葉を話すなッ!ブタはブヒブヒみっともなく鳴いてればいいのよッ!家畜がッ!人間様の!私の!糧でしかないのよッ!ほらもっと私を楽しませろッ!」
打ち付けた肌が赤く染る。私が付けた跡が残る。もっとだ。コレがもっと欲しい。何度も何度も繰返し、やがて爛れて、傷ついて、血が滲む。
傷が、私の付けた傷が増える。愛しい皐月の肌に私が刻まれていく。
血が流れる。肌を伝って皐月が流れ落ちていくのを私は指ですくって口に運んだ。
ぬるりと口内ひろがる錆びた味。喉を伝って皐月が私の中に入ってくる。堪らない。
「はぁ……はぁ……ちゅぱっ……じゅるっ……」
気がつけば私は荒い息と共に傷ついた肌に舌を這わせていた。私が付けた傷を上から舐めるとビクリと皐月の身体が震える。
流れる血を啜り、体内に皐月を取り入れる。
不味い。錆びた鉄を舐めているようだ。だけど止められない。血を啜り続けた。
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