#19 こじらせた生徒会長とただの鈴木



「はぁ……はぁ……鳥乃先輩……マジでバケモンなんだが……」


「なんとか……撒いたみてぇだな」



荒い息をつきながら膝に手をやって呼吸を整える。


隣に居る鈴木に目をやると汗はかいてはいるが息が上がってる様子は見受けられない。流石は生ける神話の火の神様だ。



鳥乃麻沙美、生徒会長。屋上に乗り込んできて、訳のわからんことを散々に喚き散らかした。



「遺憾だが私はあのクソ女に言われて気がついてしまったのだ……私も、もう3年。そして、もうすぐ高校生活最後の夏休みだ。今まで私は生徒会の仕事にかまけて学生らしい事などまったくして来なかった。だが私も……私だって、普通に高校生らしく恋に恋する高校生活を送りたかったんだ。今ならまだ間に合う。まだ夏は始まったばかりだ。この期を逃したら私はこのまま特にこれといった甘酸っぱい思い出もなく高校生活を終えてしまう。そんなのは嫌なんだ。そして私は、お前に心惹かれている。お前はこれといって特筆する所は確かに無い。お前との間に特にこれといった事があったわけでも無い。しかしな、お前はなんだかんだで傍に居てくれる。言ったことは嫌がる素振りを見せながらも最後までキチンとこなすし、私の愚痴も聞いてくれるし、頼めば大概の事を断らない。そんな私に寄り添ってくれるお前に私はいつしか心惹かれていた。だから、そんな、お前に……私のご主人様になって欲しいんだ!私の事をそれはもう雑に!まるで物でも扱うように扱って欲しい!そして時には砂糖でも吐きそうになるぐらいに甘やかしても貰いたい!そんなご主人様になって欲しい!私は残りの高校生活を皐月きゅんの所有物として過ごしたいんだ!はぁ……はぁ……!はひぃ!そうでしゅ!麻沙美はいつもこんなふしだらな事を考えてるダメな生徒会長でしゅう!こんなダメダメな麻沙美をお仕置してください!お願いします!なんでもしますから!ホントなんでもしますからぁ!あぁ!そんな激しくされたら壊れてしまいます!ダメです!そんな!いけません!ああああああああぁぁぁッッ!!!皐月きゅうううううんんんッッッ!!!」



逃げた。



初めの方は良かった。わりと普通な感じがしないでもなかった。でも途中からヤバい薬でもキメたのか錯乱し始めた鳥乃先輩。ご主人様って何?鳥乃先輩は一体どんな願望を隠し持ってたんですか?生徒会忙しくて脳みそイカレちゃったんですね。病院に行ってください。治らないとは思いますが。



流石の俺でもこんなん聞かされたら、そりゃ逃げる。鈴木と共に鳥乃先輩から逃走するも執拗に追い回された。恐怖でしかなかった。



「鳥乃先輩……なんであんなことに……くっ……本当はあんな人じゃないのに……!」


「イヤ皐月。アレは根っからがアレだったんだと思うぜ」



言ってやるな鈴木。



「まぁ、とりあえず鳥乃先輩は撒いたし。帰るか」


「んだな」


「送ってくぞ」


「あぁ?んな必要ねぇよ。1人で帰れるっつーの」


「まぁ鈴木ならなんの心配も無いけど、鈴木も女の子なんだしさ」


「お、おう……そうか……女の子、か……」



鈴木と2人。すっかり暗くなった夜道を並んで歩く。


特に会話は無かったが、気まずい雰囲気は無かった。



「なぁ……皐月」


「どうしたか?」


「あー……いや……その、だな……」



何やら歯切れが悪い。何かを言いたいみたいだが言いずらそうにしている。



「手……握んねぇか?」


「手?」


「あーっと……別に深い意味はねぇよ?ねぇんだけど……ほらっ……!またせーと会長様が湧いて出てくるかもしれねぇからさ!手ぇ握ってた方が咄嗟に逃げやすいだろ?」



確かにそうかもしれない。あの錯乱した鳥乃先輩だ。何時また湧いて出てくるかもしれない。その時は鈴木に引っ張られた方が逃げやすくはあるかもしれないが……。



「ダメ……か?」



不安気な瞳が俺を見つめる。鳥乃先輩も鳥乃先輩だったが、鈴木も鈴木で何かおかしい。本来なら、こんな表情をする奴でも、こんな事を言い出す奴でもない。


でも悪い気はしなかった。



「わかったよ」



そう言いながら俺は鈴木の手を取った。



「へへっ……あんがとなっ!」


「礼を言われる事じゃないと思うんだが」


「細けぇことは気にすんなって!」



手を繋ぎ、鈴木と歩く。鈴木はやたらと機嫌が良さそうである。


握りしめた手を通して温もりを感じる。思ったよりも鈴木の手は小さく感じられた。



「あのさ、皐月」


「今度はどうした?」


「さっきさ、俺、皐月の事、見てっとモヤモヤするとかなんとか言ったろ?」


「そういえばそんな事、言ってたな」


「そのモヤモヤがなんなのかさ。俺なんとなく分かったかもしれねぇ」


「へぇ。結局なんだったんだ?」


「へへっ……そりゃ秘密だぜ!」


「言っといて教えてくれないのかよ……」


「テメェには教えてやんねぇよ!」


「はいはい」



無邪気に笑う鈴木の横顔を見る。そこに普段のとんがった様子は全く無く。ただ年相応の1人の少女がそこに居た。


鈴木の言うことが気になりはするが、まぁいいかぁ。



「そういえば鈴木の家どこら辺?」


「ああ、俺ん家はもうすぐ着くぞ」


「意外と近いんだな。それならもうすぐお別れだな」


「そうだな……」



言いながら鈴木は不意に立ち止まった。それにつられて俺も立ち止まる。様子を伺うと思い悩んでいるのか俯いていた。



「鈴木?」


「あのさ……皐月……ッ!」



バッと顔を上げた鈴木の表情は緊張していて、いつになく強ばっている。



「もう少し……もう少しだけ……一緒に居らんねぇかな?」


「…………?別にいいけど。なんかやりたい事でもあるのか?」


「あっ……イヤ……別になんかあるわけじゃねぇんだけど……なんとなくつーか……そうだ!メシ!一緒にメシ食いに行こーぜ!」



メシか。うーむ。さっきスマホを確認したら涼花から今日も夕飯作って待ってるって連絡来てたんだよなぁ。流石に2日連続で待ちぼうけさせるのも悪いし。というかそもそも美春を待たせてる事を思い出した。


となればだ。



「鈴木、俺ん家来る?」


「…………へ?皐月ん家…………?そ、それって、おおおお、おま……ッ!そういう事か……!?」


「まぁそういう事だな(俺ん家でみんなでメシの意)」


「さ、さっきの今で、また、って事か……い、いや落ち着けよ、俺……こちとらもうやることやってんだ……なんも怖気付くこたねぇ……しかし、コイツはどんだけ……ブツブツ」



顔を真っ赤にしてブツブツと何か言っている鈴木はしばらくして意を決したかのように宣言した。



「わーった!テメェん家にイッてやんよッ!」


「よしそういう事なら私も行こう!」


「「……ッ!?」」



背後から声がして、鈴木と共に振り向くとそこには笑顔の鳥乃先輩が立っていた。



ヒィイイ!?出たァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッ!!?!






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