催眠アプリを手に入れた恋する乙女がスマホの画面を見せてくる

#18 三人娘

決闘前、放課後。

｢皐月、帰んわよ｣

｢あ、美春……えーっとだな……ちょっと……｣

私が声をかけると苦笑いに頬を引き攣らせる皐月。何やら歯切れが悪い。

｢は？なんか用事でもあんの？断りなさい｣

何においても私を1番に扱うのが幼なじみで皐月の役目だ。私がＮＯ言えばＮＯ。YESと言えばYES。一緒に帰ると言ったら一緒に帰る。用事があるならあるで断るなりバックレればいいだけの話。

｢いや、そうもいかなくてだな……｣

｢何よ。私よりその用事の方が大切だとでも？｣

ありえない。皐月は私の事を好き過ぎて襲い掛かるぐらい好きなのに私の誘いを断って別の用事？ヤバい殴りたい。

｢へぶっ！？｣

殴った。

｢ちょっと美春……！手が！手が出るの早すぎないです！？｣

｢っさいわね。それでアンタホントに私の事をす――……｣

好きなの？と言おうとして口を紡ぐ。

昨日あの女から言われた事を思い出した。

……確か。催眠アプリを使った時の話や、ソレを使って知った事はあんまり言わない方がいい、だったか。

脳が混乱して廃人になる可能性があるとか無いとか。

焦れったい話ね。まぁでも皐月が私の事を好きなのは間違いの無い話だ。私にあんな事やそんな事をしたいと思ってる皐月。そのうち我慢出来ずに私にすがりついてくるはず。

大丈夫、もう焦る必要なんて無いんだから。余計な事は言わずにいつも通りでいい。

｢いいから帰るわよ｣

｢いや、あの、理由ぐらい聞いてくれても……｣

｢分かったわ。言ってみなさい。まぁ結論は変わんないけど｣

｢…………｣

押し黙る皐月。なんなのよまったく。コイツは大好きな私と一緒に居る事の他に優先することなんて無いでしょ。わけわかんないわね。

｢実は鈴木に呼び出されててな｣

｢鈴木？｣

｢あの火之迦具土神｣

｢あぁ……あの巫山戯た名前のアホヤンキーね｣

｢アホヤンキーて……｣

｢だったらいいわよ。あんなアホヤンキーなんてほっときなさいよ｣

｢そうもいかないって、多分、俺が行かなきゃそのアホヤンキーはずっと屋上で待ち続けるから｣

｢待たせときゃいいのよ｣

｢美春｣

ジッとこちらを見つめる皐月。そして私は理解する。あぁ、この目は私が何を言ったところで譲らない時の目だと。

｢たくっ……アンタは……｣

でも、私はこの目をする皐月が、す…………す…………。

｢…………｣

｢あでっ！？｣

蹴った。

痛みに後ずさる皐月。

何にしてもだ。この目をする皐月は嫌いじゃない。

｢皐月、鍵｣

｢ほら｣

皐月はポケットから取り出したソレを私に向かってほおり投げた。放物線を描いて私に元に届いたソレを私は事も無げに掴む。

皐月の部屋の鍵だ。

｢さっさと帰ってきなさいよ｣

｢あんまり部屋ん中、荒らすなよ｣

｢それはアンタ次第ね｣

｢はぁ……頑張る｣

ため息ひとつ。皐月は肩を落として教室を出ていった。

｢皐月くんは行ってしまいましたか……大丈夫でしょうか？｣

気がつくと傍にメス牛ビッチが立っていた。白井は皐月が出ていった教室の扉を心配気に見つめている。

｢私の皐月よ。なんの問題も無いわ｣

｢むぅ……皐月くんは矢田さんのモノではありません｣

頬を膨らませ訴えてくる白井。あざとい行為ながらあざとさを感じさせない白井はやはりクソビッチだなと思った。

｢アレ？兄さんは居ないんですか？｣

そして、今度はどこからともかくキモウトが現れた。毎回湧いて出てくるわねコイツ。

｢鈴木に呼び出されたらしいわ｣

｢鈴木？｣

｢火之迦具土神｣

｢あぁ、あのちょいちょい私の兄さんに絡みやがる邪魔なアホヤンキーですか……兄さんに何の用でしょう……｣

｢皐月くんは涼花さんのモノでもないですよ。決闘だって皐月くん言ってました｣

｢決闘ですか……ハッ！？もしやそれに託けてあのアホヤンキーは兄さんを襲うつもりじゃ！？｣

｢は？なんでアホヤンキーが皐月を襲うのよ？｣

｢え……？矢田先輩……あのアホヤンキーが兄さんに気があるとお気付きでない？｣

｢えっ……？そうなんですか？｣

｢矢田先輩はともかく白井先輩もですか……考えても見てください。あの一匹狼で有名な、かの火の神様ですよ？それが何故か兄さんにだけは懐いてる様子が見受けられる。間違いなく火の神様は兄さんに気がありますよ｣

｢そうなの？｣

｢そうなんですか？｣

｢はぁ……これだから脳みそ筋肉な幼なじみさんと栄養が胸に行って脳みそが足らない聖女様は……｣

呆れたように頭を抱える涼花。何よ。私がバカだって言いたいの？そりゃ勉強は多少……ほんの少しだけ苦手だけど。

｢でもまぁ私の兄さんですし、アホヤンキーに絆される事も無いでしょう｣

｢アンタのじゃないわ私の皐月よ｣

｢皐月くんは涼香さんのでも、矢田さんのでも無いです。皐月くんは私の……えへへっ……｣

｢私の兄さんです｣

｢私の皐月よ｣

｢私の皐月くんです｣

｢｢｢…………｣｣｣

沈黙が訪れる。私とそれに2人が静かに互い互いを見つめる。

ホント、コイツらは私の皐月に色目を使って、ちょっかいを出して……涼花は仮にも妹だから兎も角として、白井はなんで皐月にこうも執心すんのよ。

皐月が決闘って言うならこっちもこっちで白黒付けなきゃなんないわね。

｢皐月が居ないなら、それはそれで丁度いいわ。コレもある事だし｣

私は皐月の部屋の鍵をチラつかせながら涼花と白井の2人に言った。

｢アンタら2人、ちょっとツラ貸しなさいよ｣