#6 三つ巴



朝、目が覚める。昨日も暑かったからか寝汗でぐっしょりだ。体も相変わらずダルい。


今日も朝シャワーだなこれは。俺は浴室に向かった。



「……へ?」



脱衣所の扉を開けると先客がいた。幼なじみの美春が着替え中で裸だった。


パンツは履いているが上はまだ未装着。その発育のいい豊かな双璧がバッチリ見えてしまった。


まだ湿っている髪が妙に色っぽい。


そういえば昨日、美春が泊まって言ったんだったか。稀によくある事だ。


しかし随分と女らしい体つきになったよなぁ美春。小さい時に一緒に風呂に入った時はツルペタスッテントンだったのに……などと現実逃避。



「あっ……!これは!その違くてッ……!」



現実逃避してる場合じゃない!美春の鉄拳が飛んでくるッ!?思わず腕で頭をガードしつつ衝撃に備えて目を瞑る。


が、いつまでたっても美春の鉄拳は飛んでこない。


あれ?まず間違いなく、ぶん殴られると思ったのに……。


恐る恐る目を開けて美春の様子を伺ってみる。



「……はやく閉めなさいよ」



手で胸を隠しながら、美春は顔を赤らめつつ、こちらを睨んでそう言った。殴って来そうな気配はなかった。



「は、はい!大変申し訳ありません!」



勢いよく扉を閉めた。俺、助かったのか?


とりあえず改めて謝ろう。美春が脱衣所から出てくるまで俺はその場で正座待機。


しばらくして脱衣所から着替え終わった美春が出てくるのと同時に土下座した。



「ホント申し訳ありませんでした!まさか美春が先に使ってるなんて思わなくて!」


「いいわよ、別に……裸なんて今更だし……」



衝撃。予想外の反応に言葉を失う。


許された?あの暴君美春に俺は許されたのか?絶対、半殺しぐらいにはされると思ったのに……。



「皐月、お腹空いた。朝ごはん」


「はい!直ちに用意させて頂きます!」



美春がなんだか雰囲気が柔らかくなったような気がする。というか何処か甘えた雰囲気さえ感じられる。


いつもとまるで違う美春の反応に困惑する。昨日の今日でなんかあったのか?俺の幼なじみがなんか、おかしいんだが……。




◇◇◇




普通だ。


俺の幼なじみが普通過ぎる。いやわりといい事だとは思うんだけど。


2人で朝食をとって2人で登校して教室に到着。その間、美春から怒鳴られる事は1度も無かった。珍しい、というかこんなこと幼い時以来かもしれない。


美春は会話をしても終始穏やかに対応してくる。なんだろうか、今まであった棘が無くなり丸くなったとでも言えばいいのか。正直、かなり不気味だ。


まぁ、そんなこと美春に言ったらぶっ飛ばされるから口が裂けても言わないけど。


何にしてもいい事ではある。いい事ではあるが調子は狂う。


極めつけはなんだか最近やたらと迫ってくる事が増えた聖歌ちゃんに対しての態度である。


昨日までは俺と聖歌ちゃんが一緒に居れば、何かと難癖を付けて絡んできたが、今日はそれが全くない。美春が来るっ!?なんて思ったタイミングで絡んでこない。


違和感を覚えて美春の様子を伺って見ると、美春は俺と聖歌ちゃんを眺めて、ほくそ笑んでおり、なにやら余裕の表情。


ホント美春はどうしてしまったのか……悪い物でも食べたんだろうか……。



モンモンとした気持ちを抱えながら気がつけば昼休みになった。



「皐月くん、一緒にお昼食べましょう」

「兄さん、お弁当作ってきました」

「皐月、たまには学食奢ってあげるわよ」



昼休みになるや否や。聖歌ちゃんに美春、それと何処から湧いたのか涼花まで俺の元へとやってきた。



「「「あ?」」」



重なる声、不機嫌な表情を隠すこと無く3人ともが互い互いを睨みつける。


昼休み早々に一触即発の空気。じんわり背中に嫌な汗が……。



「皐月くんは私と一緒にお昼食べるんです!ね?皐月くん!」


「いえ兄さんの健康管理は私がしないといけないので、兄さんには私の作ったお弁当を私と2人で食べてもらいます」


「何よアンタら。皐月は私と学食よ。アンタらなんてお呼びじゃないわ」



突然の3択!?いやもうホント皆さん急にどうしたんですか?なんでそんなバチバチなの?キミたちそんなに仲悪かった?いやまぁ元からあんまり仲はよくなさそうではあったけど!



「皐月くんは私と一緒にお昼過ごしたいですよね?」


聖歌ちゃん、穏やかな表情だが有無を言わせぬ雰囲気がある。



「さぁ兄さん。屋上で2人で過ごしましょう」


涼花、自分が選ばれる事になんの疑問も持ってない風である。



「ほら皐月。さっさと行くわよ」


いいから早く来いBy美春



流石の俺でもこの状況で誰を選んでも角が立つのが目に見えてわかる。




「矢田さんに涼花さん……でしたよね?申し訳ありませんが皐月くんは予定があるので、今回……に限ったことでは無いですが、お引き取りくださいね」


「ちょっと何言ってるか分からないわね。アンタこそどっか行きなさきよ白井。あと涼花、アンタ1年でしょ?なんで2年の教室にいんのよ、帰れ」


「兄さんが居るところに私が、私が居るところに兄さんが居るんです。私と兄さんの仲はもはや兄妹という関係を超越しているんです。常に一緒に居ることが普通なんです。先輩方こそ兄さんから離れてください」


「このブラコン。高校生の兄妹でそれはキモいわよ」


「兄妹の仲が良いのは大変良いとは思いますが、過度な干渉はどうかと思いますよ?」


「私がブラコンなら兄さんはシスコンです。過度な干渉?それを言うなら白井先輩はただのクラスメイトの癖に兄さんに付きまといすぎじゃないですか?」


「そんなことありません!私と皐月くんはとっても仲良しさんなんです!ただのクラスメイトだなんて私にも皐月くんにも失礼です!」


「仲良しさん、ね。はいはい。それなら幼なじみでこの中で皐月と1番付き合いが長い私が1番仲良しさんね。アンタら2人とも引っ込んでなさいよ」


「笑わせますね矢田先輩。先輩のそれこそただ付き合いが長いだけじゃないですか。それが何を偉そうに」


「そうです。こういうことは付き合いの長さで決まるものではありません。白井さんは皐月くんにとってはただの幼なじみなだけですよ」


「言ったわね……このブラコンキモウトにメス牛ビッチがッ!」


「なっ!?め、メス牛ってなんですか!それに、び、びびびっちってどういう事ですか!?」


「どういうことも何も無いわよ!普段からそのダラしない身体で誰彼構わず誘惑してんじゃない!」


「そんな誰彼構わ誘惑だなんてしてませんよ!私は一途ですから!」


「どうでしょうかね。私のクラスの男子が「2年の聖女様は土下座で頼み込めばなんでもヤラせてくれる」って噂してましたよ。火のないところに噂は立たないと言いますし白井先輩は裏で何かやってるんじゃないですか?」


「な、なんなんですか、その噂……!根も葉もない事を言わないでください!私は身持ちは固い……か、固い方です、ょ……?」


「へぇ……そういう割には随分とハッキリしない答えじゃない。"よ"が小さいわよ"よ"が!」


「これは噂の信ぴょう性が帯びますね。白井先輩はやはりビッチだったと」


「ち、違います!違いますから……!私はびっちなんかじゃないです!一途です!心に決めた人以外となんてしませんから!」



顔を真っ赤にして瞳に涙を貯め始める聖歌ちゃん。劣勢である。


聖歌ちゃんに限ってそんなことは無いと思う。スケベな事は結婚するまでしません!とか言いそうなタイプだし。


しかし、それと同時に優しさの塊である聖歌ちゃんには土下座でお願いすればワンチャンありそうな雰囲気は確かにある。


そして1度ハマったら最後。どハマりしそうなところもある。ムッツリっぽいしな。聖歌ちゃんの言う心に決めた相手が羨ましい限りだ。


それが俺?最近やたらと絡むようになってワンチャンあるんじゃないだろうか、なんて邪推するが……。


理由が見当たらない。聖歌ちゃんに対してはガラの悪い連中から助けたぐらいで他にこれといって何かをした覚えはない。


それがきっかけ?いや理由にしては弱いと思うんだけどなぁ……。



しかし、3人の口論でクラスの雰囲気が地獄みたいなんだが……さっきからお前が原因だろ何やったんだよこの糞野郎が早く何とかしろよ的な視線が向けられている。


これを俺になんとかしろと?無理無理。


下手になんか言ったら火にガソリンぶち込んだ時みたいに大爆発しそう。



「それで皐月。アンタどうすんのよ」


「はい?」



不意に話を振られて間の抜けた返事を返す。ヤメテ火炎放射器こっちに向けないで。



「はい、じゃないですよ皐月くん!どうするんですか?」


「どうするんですか兄さん」



3人は急かすように俺を見つめてくる。


えっと……誰とお昼一緒に食べるかって話?



修羅場?これが修羅場って奴なの?どうしてこうなったんだろう。俺なんかした?無意識に3人になんかしたの?身に覚えが無さすぎる!


こんなんどうしろって言うんだよ!



「えっと……4人で……」


「まさかみんなで仲良くだなんて言わないですよね?皐月くん」


「当然、私と兄さんの2人っきり以外の選択肢なんて無いですよね?」


「皐月、アンタわかってんでしょうね?」


「…………」




ぴえん。




「あっ、そうだ!俺、昼休みは図書委員の仕事あるんだったわ!すまんッ!」


「あっ、皐月くん!」「兄さん!」「皐月ッ!」



言うが早いか制止の声を振り払い。煌々と燃え滾り焼け野原となりつつある教室から俺は全速力でバックレた。




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