#7 図書室



部活動の他に委員会活動なるものがある。自由参加の部活動とは違って委員会活動は全生徒強制参加になっており、みんな何かしらの委員会を割り当てられる。


俺が割り当てられた委員会は図書委員。


図書室の整理整頓や、昼休みと放課後に本の貸出を請け負う。担当はローテーションを組まれていて、週に一、二回、当番がある。幸か不幸か、今日の昼休みは俺の当番だった。


辿り着いた図書室は閑散としており、学生は1人も居なかった。


昼休み始まったばかりなのもあるが基本的にうちの学校の図書室の利用者は少ない。


走って来て上がった息を整えながら、カウンターに腰を降ろして、大きく息をつく。



「はぁ……」



聖歌ちゃん、涼花、美春の3人の様子がなんだか、おかしい。みんな昨日の今日で様変わりしている。ホントに何があったんだろうか。つい数日前まではこんなでは無かったのに……。



「昼飯忘れた……」



元々、今日は図書委員の仕事があるからと予め昼飯を買ってきては居たのだが……あの状況で持ってこれるはずもなく……まぁ、いいや。あとで食べよう。教室には戻りたくないし、昼は我慢するか。



ガラガラガラ。



扉が開く音が聞こえて、一瞬、奴らが追ってきたか!?なんて考えたが、図書室に入ってきた学生を見て、アイツらではないことがわかり、ほっと息をついた。


俺は見知ったその学生に声をかけた。



「緑ちゃん、こんにちわ」


「あっ、先輩……こ、こんにちわ……です……」



オドオドとしながらも挨拶を返してくれたのは同じ図書委員で後輩の少女、上岡かみおかみどり


長い前髪は目元を隠していて表情が見えない。背は低く、小柄で全体的に小さい。


自分に自信が無いのか、いつもオドオドしていて、声が小さく、小動物みたいで守ってあげたくなる可愛いさ。


地味で根暗でコミュ障、そんなんだから友達も居ないぼっち、まさに絵に書いたような陰キャである。


同じ図書委員ということで知り合い。初めのうちは声をかけても吃るばかりで、まともな会話にすらならなかった。


根気よく接してるうちに普通に会話できる程度にはなったので、少しは仲良くなれたんじゃないかと思ってる。


そんな緑ちゃんは図書委員の仕事云々関係なく図書室に入り浸り1人で本を読んでいることが多い。



「随分と早く来たけど、昼飯食べたの?」


「は、はい……食べました」


「ホントに?」


「えっと……ゼリー飲料を……」



ウィダーがインしてる奴か。


見た目に違わず緑ちゃんは少食である。そんなんだからペッタンコなんやで?と言いたくなったが流石にやめた。



「それで栄養足りてる?」


「……栄養バーも……食べて、ます」


「それなら安心」



うちのメイトのカロリーか。


それかソイしてるジョイだろう。


どうでもいいけど、ソイしてるジョイって下ネタっぽい……やめとけ、やめとけ、いろいろ怒られる。


ソイしてるジョイを美味しそうに頬張る緑ちゃん……ふむ……だからやめとけって。


とりあえず今度からジョイを買って持ち歩こうと思った。あわよくば俺の栄養バーを緑ちゃんに食わえて貰いたい……他意は無いよ?無いからね?



なんにしても、そんな食事で安心かどうかは定かではないが、あまり口煩くしてウザがられたら泣けるので、程々にしておくことにする。


会話もそこそこに緑ちゃんは席に着いて読書を始めた。


以前なら隅の方に陣取ってヒッソリと読書していたが、緑ちゃんが着いた席はわりと俺が居るところの近くで、声をかければ届きそうな位置だ。


こういうところを踏まえても、やはり緑ちゃんとの距離は少しだけ近づいている気がする。




◇◇◇




「それで栄養足りてる?」


「……栄養バーも……食べて、ます」


「それなら安心」



はぅ……先輩と、会話、会話……ふふふっ……。



私は席について本を読む振りをしながら、先輩を見つめていました。


私の前髪は長く、それで目が隠れているので先輩は私が先輩を見つめていることには気がついてはいないでしょう。



私、上岡緑は最底辺のどうしようも無い女です。



地味で根暗でコミュ障で陰キャで引きこもりのオタクで友達の1人も居ないぼっち。背も低く、胸も小さく、顔も良くない。勉強も出来ない。運動も出来ない。


性格も、見た目も、能力も、何一つ良いところなんてありません。


だから小、中学校共にイジメられて、ほとんど不登校でした。


しかし、高校には普通に通えていました。それもこれもここに来れば皐月先輩に会えるからです。



高校に入学してからは幸いにもイジメられる事はありませんでしたが、高校デビューなんて真似が出来るほど度胸も無く。それまでと同じように教室の隅で1人息を殺して過ごしていました。


他人と関わるのが怖かった。


高校生になったからといって何が変わる訳でもない、そう思っていました。


私の通う、この学校では部活動は自由参加でしたが、委員会活動は強制参加でした。人と関わり会いになりたくはありませんでしたが、こればかりはどうしようもありませんでした。


ひっそりと教室で本を読んでいたのが誰かの目に止まっていたのか、おまえ本好きだろ、と気がつけば図書委員にされてしまいました。


辛い現実を一時でも忘れられる。そんな、私みたいな奴にとって在り来りな理由で、よく本を読んでいます。好きか嫌いかを問われると正直わかりません。


読書は現実逃避する為のひとつの手段に過ぎませんでしたから。


嫌々ながら行われた委員会活動でしたが、私はそこで皐月先輩と出会いました。


理由は分かりませんでしたが、皐月先輩は一人でいる私に何かと話しかけてくれました。


しかし、男の人とまともに会話した事なんて無い私は吃るばかりで、まともな返事を返せません。


それでも、そんな私でも、皐月先輩は嫌な顔ひとつ見せず話しかけてくれました。何度も、何度も。



私は皐月先輩に恋しました。


恋した理由、話しかけて貰ったから。



チョロい。あまりにチョロい。チョロインです。いや人類の最底辺に位置するモブ以下の壁のシミみたいな私がヒロインなんて大変烏滸がましい事ではあるのですが。


皐月先輩は変な人です。壁のシミに話しかける変人です。


ですが、壁のシミはそれが、ただ、ただ嬉しかったのです。


誰も好き好んで壁のシミに話しかける人なんて居ない。誰も見向きもしない。見てもなんとも思わない。ああ、ちょっと汚れてるぐらいにしか思わない。それが普通。


だから、普通じゃないその行動は非日常で。


交わした言葉は多くはありませんでした。私が上手く話せないから。


それでも、その会話のひとつひとつが私にとって新鮮で、楽しくて、幸せで、嬉しくて。



好き。



こんな私を見てくれて、こんな私を相手にしてくれて、こんな私と会話してくれる、皐月先輩が好き。


少し会話をしただけで好きになるとは驚きのチョロさでしょう。


でもチョロい事に何か問題はあるのだろうか?


皐月先輩の事を考えているだけで幸せになれる。今まで経験したことの無い温かさに身を包まれる。


だけどその気持ちが強くなれば強くなるほど、もどかしさに胸が締め付けられる気持ちだった。


もっと知りたい。もっと見ていたい。もっとお話したい。もっと一緒に居たい。もっと触れ合いたい。もっと、もっと、もっと。



でも何も出来ない。



どうしたらいいかわからなかった。両親とだってまともに話した事が無い私のコミュニケーション能力は壊滅的で、他人とどうやって会話をすればいいのかまるでわからない。


下手を打って皐月先輩に嫌われでもしたら、もう私の生きる希望は潰えてしまう。



だから現状に甘んじた。いつも通りにしていれば皐月先輩は変わらず私に話しかけてくれる。それでいい。このぬるま湯のような程よく心地いい温もりがいつまでも続けばそれでいい……それがずっと続くものでは無いのに。



現実から目を逸らしながら降って湧いてくる幸福な時間に身を委ねる日々を送っていた、そんなある日。



偶然にも私は見てしまった。皐月先輩が綺麗な女の人と仲睦まじく話をしている姿を。



頭が真っ白になった。知らない。私は皐月先輩のそんな顔を知らない。そんな表情を私に向けた事なんてない。知らない。シラナイ、シラナイ、シラナイ。


白くなった頭の中が黒く。黒く染まっていく。思考がどんどん濁っていく。


今までの幸せな時間が音を立てて崩れ去っていく。


嫌だ。やめて。皐月先輩は、私の。私の……。


頭の中はめちゃくちゃで、上手く思考が回らない。ここ最近の記憶が曖昧だった。自分が何をしていたのか、よく覚えてない。



気がつけば私のスマホのその中に催眠アプリなるものがダウンロードされていた。















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