第63話 亡き父の半纏みつけ羽織りたり朝の寒さに父のぬくもり

「亡き父の半纏(はんてん)みつけ羽織りたり朝の寒さに父のぬくもり」―。


 父が70代のころ着ていたもので、当時はずいぶん爺臭いと思ったが、今や色味もサイズもジャストフィットである。

 父子二代に役立ち、半纏も本望だろう。


     ◇


 大学受験に失敗し、仙台の予備校へ出かけた18歳の春だった。


 下宿を決めたあと、父と二人で駅前のホテルに入る。

「なんでも頼め!」と言うから、甘えたほうが父は喜ぶのだろうと「ステーキが食いたい」と浪人生は気遣った。

 なぜかステーキ定食は一つだけで、父はビールを飲んでいた。


 医者になって大分たったころ、その時の父親の財布の中身を母から聞かされた。


     ◇


 父親と息子の関係は、母親と娘とに比べれば実にあっさりしていると思う。


 でも「男同士だな」と感じたこともある。


 父の亡くなったのがゴールデンウィーク前で、火葬場の都合が取れずに2晩ほど棺の前で線香を絶やさぬよう息子と飲みながら明かした。

 息子の「先に休めば」の一声が、頼もしく嬉しかった。

 

     ◇


 亡き父の半纏を羽織り「医者冥利に尽きる」などと言えるのも、そんな親のおかげでだ。


 十数年前に「老衰」の死亡診断書を書いたことが、せめてもの償いだと思っている。

 ―南無阿弥陀仏。


(20221001)

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