第47話 長寿化し『めでたい』と言ふしかすがに『ボケたくはない、老いたくもない』

「長寿化し『めでたい』と言ふしかすがに『ボケたくはない、老いたくもない』」―。


 人間とは勝手な生き物だ、とつくづく自省する。


     ◇


 聴診器をはずして「いい音だ!」と断じる。


 百寿の婆さんは「なかなかお迎え来なくて…」など宣う。

「向こうも混んでるらしいから順番待ちだって…」と両手で握手をする。


 老いの会話に満足したように、なぜか「また来年」と車椅子をこいで診察室を出ていく。


     ◇


 ハリ治療を「これ貼ればよぐ寝れるんズ」と北津軽郡の方言で、毎週のようにせがんでいたアラハン婆さん。


 ボケてきたので、こちらから「ハリ貼るが?」と問う。

 …と、思い出したように笑顔で応える。

「これ貼ればよぐ寝れるんズ」


     ◇


 高齢者には、爪白癬や巻き爪が多い。


 近くの工具店で入手したペンチやニッパーが役立つ。


 変形した爪にゼムクリップを合わせて矯正するなど、工作好き少年だった爺医には朝飯前である。


     ◇


 処置の後は、忘れずカルテに記載する。


 お婆さんが手を合わせてつぶやいた「ありがでぇごどぉ」なども書き込んでおく。


 次回の診察では、これを手掛かりにお婆さんとの会話が弾むこと間違いなし。


 爺医にとって、〈記憶〉の助けになるのが〈記録〉である。


(20220915)

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