人面虫の恐怖
かわばたあらし
1話完結
今年の夏も暑い夏でしたね。
まあ、寒い夏などないのですが。
今年もあともう少しですが、今年の夏のことですよ。
私は暑いのが嫌いなので、なるべく外にでないようにしているのです。
私は一応大学生で夏休みにはいっていたのですが、クラブやバイトをしてなかったので、あまり外にでずにすんだのです。
私の住むぼろアパートは緑に囲まれていて、ちょっと窓を開けていたりすると、よく虫が入ってくるのです。
蚊、蛾、ゴキブリはもちろんのこと、見たことのない虫もはいってくるのです。
あるよく晴れた日中のこと、私は寝転がりながら、テレビを見ていました。
すると突然背後で声がしたのです。
もちろん、テレビの声ではありません。
「テレビばっかりみてんじゃねえよ」
振り向いてもだれもいません。ぞっとしました。
それから床の上を見ると、黒い大きな虫がいてドキッとしました。
十センチくらいあるその虫ははじめゴキブリかと思いました。
でも、よく見ると違うのです
頭の部分にへんな模様ようなものが入っています。
さらにじっと見ると、それは人の顔に見えるのです。
「なにじろじろ見てんだよ」
なんと顔模様の口が動き、濁った高い声を発したのです。
信じられませんでした。言葉をしゃべる虫がいるなんて。自分の目を疑い、何度も目をぎゅっと閉じたり、開けたりしました。
でも、その虫はたしかにいるのです。
「はらへったな。めし食わせろよ」
私は反射的に手元にあった袋のポテトチップス一枚をつまんで近くに投げました。
虫はそれをパリパリ食べました。
一枚をあっというまに食べてしまいました。
また一枚投げるとあっというまにパリパリと食べてしまいました。
虫はげふっとげっぷをしました。
「またな」
というとササッと走って、窓の少しあいたすきまから出て行きました。
私はしばらく茫然としていました。あまりにも信じられないことだったからです。
虫がいなくなると、またもとの世界にもどった感じです。
あれは本当のことだっあのかと、ばっと立ち上がり、窓を開け、外を見ました。
見る限り、虫はどこもいません。
なにか飛んでいるので、はっとしました。が、それは普通のとんぼでした。
窓を少し開けていたために虫に入られた。もう開けるのはよそう。クーラーがあるのだから開けなくてもいい。
それからというもの窓をしめていたので、虫に入られる心配はなかったものの気持ち悪いものがありました。
外にでるときは、あの虫がいないか心配でした。歩いている途中も下ばかり見ていました。
そしてドアを開けるときはサッと開けて、サッと閉める。そのすきをねらって、あの虫が入ってこないか心配でした。
そんなふうですから、夜ねようとするときも、あの虫がはっていないか気になりました。
やっと寝付いても、あの虫が現れ、あれこれとはなしかけてきて、ついに私におそいかかってくる悪夢を見て、とびおきることもありました。
結局あれ以来見ないのだから、気にしないでおこう。なにかのまちがいではないか。いや、体調がおかしくって、幻覚でも見たのだと思おうとしました。
しがし、どこか気持ち悪いのはかわりませんし、このボロアパートにこだわる理由もないので、なんとか引っ越ししようかと考えはじめているころのことです。
また、日中テレビをだらだらと見ていました。何気なくワイドショーをみていますと、ある殺人事件がとりあげられました。
ある工場勤めの青年が、会社からの帰りに殺されたというのです。
どうやら日頃仲の悪かった同僚が犯人らしく行方不明で逃走中とのことでした。
その男の写真がテレビの画面に出て、あっと声をあげてしまいました。
その顔があの虫の顔にそっくりだったからです。
この激似ぶりはなんなんだろうと思っているときでした。
被害者の母というおばさんの話が出てきました。
そのおばさんは後ろ姿だけで表情はわかりません。でも、怒っているというのがすぐわかるほどの激しい身振り手振りで、こんなことを言うのです。
「うちのひとり息子をなんということをしてくれたんだ。犯人を憎んでも憎みきれない。虫けらにでもなって殺されりゃあいいんだ。ええ、毎日そうなるように仏壇にお祈りしてるんですよ」
と言うではありませんか。
最後にはごていねいに仏壇の前でお祈りしている映像までありました。
まさか、この人が祈った通りに……。
窓を開けて、外を見ました。
暑い夏の熱気を感じるばかりで、あの虫は見えません。
やっぱりあの虫は幻で、偶然指名手配犯と似ていただけではないか。
私は窓を少し開けたままにしておきました。
もしあの虫が現れたら殺せるように、殺虫剤スプレーを用意して。
それから横目でテレビを見ながら、待ちましたが、なかなか虫は現れません。
太陽がかたむき、陰がおおくなり、あたりが柿色になろうとしていました。
そろそろ晩飯はどうしようかと思っていました。コンビニにでも弁当を買いにいこうかと思いはじめていました。
「ハラへった。なにか食わせろよ」
ハッとうしろの床を見ると、あの人面虫がいました。
私はためらうことなく、殺虫スプレーを浴びせました。
「うえっ、やめろよ」
と部屋の中を逃げまくります。
私は容赦なく追いかけ、浴びせ続けました。
やがて、部屋の角に追いつめ、床がベトベトになるまで、直射しました。
人面虫はひっくりかえりました。
八本ある脚で空をバタバタとかきみだしました。
そして、じょじょにですが、色が薄れていき、消えてしまいました。
そう、あとかたもなく消えてしまったのです。
それは殺虫剤に溶けたわけではないようでした。
床にはおびただしい透明の液が溜まっているのでした。
私はまだ信じられない思いでした。
あの虫はなんだったのでしょうか。
ただ、やっつけたという達成感はありました。
もう、あの虫があらわれるということはないでしょう。
あとは床を掃除してすっきりしました。
それからずいぶんと時がたってしまったのですが、ひとつどうしようかと思っていることがあります。
あの虫はあの被害者の母が祈って虫になったのだとしたら、私があの人にかたきはとりましたと言うべきなのかと。
なんの証拠もありませんし、頭のおかしな奴だと思われはしないかと心配で、言いそびれているのでした。
人面虫の恐怖 かわばたあらし @kawabataarashi
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