第20話

 王都から西に広がる穀倉地帯。

 その丘陵きゅうりょうに構える陣幕じんまくの中で、ヴィルジール第二王子がティーパでの戦いについての報告を厳しい顔で聞いていた。


「そうか、オロージュ元帥がその男に手も足も出なかったか……」

「はい。その通りにございます……逃げ帰ることしか出来なかった我々の処遇につきましては、どのようにでも――」

「……別にどうともしないよ? それに、君らを罰する意味もない」


 頭を下げるギャエル軍団長に、ヴィルジールは天幕の外へと遣っていた視線を戻してからそう答えると、ギャエルの背後に並ぶ師団長らに顔を向けた。


「無事だったとはいえ、酷い面構えをしている君たちにすぐに仕事を頼むほど、私は人でなしではないつもりだ。だから、今は休め」

「ですが……」


 今も陣営の外では、新しく創設したばかりの国軍が数千の魔獣たちと戦闘中である。それを遠目に眺めて、ギャエルが歯がゆそうに表情を歪めていた。


 構成員のほとんどが一般市民である国軍にとって、この魔獣の掃討作戦は軍事演習としての役目がある。表向きにはあまり言いたくない事であるが、市民らが軍隊として行動するため、最低限の決まり事を短時間で頭に叩き込むのに丁度よかったのだ。


 それを知らされてなお、一向にその場から動こうとはしないギャエルを見て、ヴィルジールが「ふう」と息を吐いた。


「自分たちの尻ぬぐいを市民達にさせてしまっていることに負い目を感じるのは分かるが、今はそれは無用だ……挽回したいという思いがあるならば、来たる決戦の時にまでとっておくといい」


 ヴィルジールが面倒臭そうにそう言えば、ギャエルも引き下がるしかなかった。

 渋々といった様子で頭を下げたギャエルは、律義りちぎにも騎士の礼を執ってからその場を去っていく。


 ギャエルらを見送ったヴィルジールは、「はぁ」と深いため息を吐いた。


「……どうかされましたか?」


 側に控えていたマティアスの言葉に、ヴィルジールは草臥くたびれたような視線を返す。


「どうしたもこうしたもないだろう? 解決すべき問題がまた一つ増えたばかりじゃないか」

「……敵の将軍のことでしょうか?」

「ああ、オロージュ元帥を軽くあしらったという実力の持ち主だ……それをどうやって抑え込むかを考えるだけでも頭が痛い」


 そう言いながら目頭を押さえるヴィルジールに、マティアスは苦笑した。


「抑え込むだけならば私でも……」

「それは出来んよ……父上を処刑した時のパフォーマンスが想像以上に利きすぎてしまったからな。王国の旗頭はたがしらである私が討たれでもしたら、それこそ軍は総崩れになる可能性が高い。市民達の士気を維持するために前線に居続けなければならない私が、王国最高の盾を手放せると思うかい?」

「…………いいえ」


 マティアスが少しだけ表情をほころばせて答えたのを見ると、ヴィルジールは肩をすくめながら言った。


「こんな時こそ、もう一人でも称号持ちがいてくれると心強いんだけどね」

「それはそうですが……」

「まあ、今更言っても栓無せんないことではあるんだけど……我が妹君がエルフの国へ王国最高の矛を連れて行ってしまったせいでもあるのだから、小言くらいは言いたくもなるさ」

「……?」


 ヴィルジールの話を聞いて、マティアスが首を傾げていた。というのも、マティアスは王国最高の矛の称号を持っているのはオロージュ元帥である、とそう認識していたためである。


「『グラディウス』の称号を持っているのは、オロージュ元帥のはずでは?」


 その問いに、何かを思い出すかのように目線を上にやったヴィルジールは、公私を明確に分けていた過去の自分を静かに呪っていた。


「表向きにはそうなってはいるね……でも、真に王家が矛であると認めていたのは、ランクロワ王立学園の学園長ガブリエル・マギステル・ウィルダースピン。魔法のエキスパートとされる『マギステル』の称号を持っている彼だけだ」


 それを聞いてしばし逡巡しゅんじゅんした後、マティアスがハッとした表情をみせた。ヴィルジールはすでにその考えに及んでいるのだろうと考えながらも、彼はその場の思い付きを尋ねずにはいられなかった。


「エルネス少年に、ガブリエル卿を連れ戻してもらうことは不可能なのですか?」

「それは私も考えたさ。ただ困ったことに、そもそも頭脳労働が苦手なエルネス君が単身でエルフの国に渡ったとして、限られた時間で彼が無事ガブリエル卿を連れ戻せるかどうかは怪しい。それに、エルフとトラブルになる可能性だって容易に想像が出来てしまう……決闘騒ぎの時のようにね」

「しかし、それ以外には方法が――」

「それともう一つ」


 反論しようとするマティアスの言葉をヴィルジールは遮った。


「エルネス君が王国の矛に匹敵、またはそれを凌ぐ力を持っていた場合は、ガブリエル卿を連れ戻す必要が無くなる」

「少年に、そんな力があると?」

「ああ……私はそう考えているよ――とある理由からね」


 ヴィルジールの含みを持たせた物言いに慣れていたマティアスは、「とある理由」とやらの部分をスルーして問うた。


「まさか、少年を大将首にぶつけるおつもりで?」

「それも選択肢の一つだと言っているだけさ」

「……」

「どちらにしろこれは、エルネス君が我々の頼んだお使いを成功させられるか、それとも敵将を討ち取ることが出来るかどうかの違いでしかない。オロージュ元帥が討たれたことで、我々に残された手のどちらもがエルネス君の可能性に賭けるものとなってしまったわけだ…………実に他人任せで情けのないことだよ」


 ヴィルジールはそう言うと、見て分かるほどに肩を落とす。そして「ただでさえ、クロード伯爵に借りを作ったばかりだというのにね」と、誰にも聞こえないようにぼそりと呟いたのだった。


 二人しかいない陣幕の中に沈黙が下りる。

 すると、ただなんとはなしに軍事演習の様子を眺めていたヴィルジールが、他愛のない話をするかのように言った。


「なぁ、マティ…………こんな時、お前ならどうする?」


 その問いにマティアスはすぐには答えを返さない。

 なぜなら、こういう時は大抵ヴィルジールの頭の中には答えがあることを知っていたから。

 彼が必要としているのは後押しとなる言葉だけだ。


 ――であるならば、いつものように所感を伝えるだけにとどめよう。


 それからしばらくの間、ヴィルジールと同じように外を眺めていたマティアスは、ようやくその口を開いた。


「私ならば、きっと――――」






 ◇ ◇ ◇






「――ふぇっくし!」

「おおっと⁉ 女神リュテイアの加護がありますようにっと……」

「ん? おっちゃん……何言ってんだ?」


 エルネスはそう言うと、人のよさそうな顔をした警備兵らしき中年の男へと、何か痛々しいモノを見るような視線を向けた。


「いやいや、お前さんこそ知らないのかい? くしゃみをすると魂が口から出ていっちまって、悪いモノを引き寄せやすくなるんだよ……だからこうやって、女神様に祈りをだな?」

「――え? 俺の魂なら大丈夫だけど?」

「んん? そんなことは誰にも分からんだろう?」

「いやだから、大丈夫だって……ほら」


 そう言いながら両手をグー、パーと閉じたり開いたりして見せる銀髪の少年に、今度は中年の警備兵の方が困惑する番であった。

 話が噛み合わず小首を傾げるエルネスと、困ったように後ろ頭をく中年の警備兵。野戦病院として使用されている倉庫の入り口付近で見合っていた二人の間には、なんとも微妙な空気が流れていた。


 そんな空気を断ち切ったのは、仕切りの向こうから現れたリアナである。


「そんなところで何を……えっと、うちのエルネスがなにか失礼でも?」


 自分の従者に向けて困ったように眉間にしわを作っている警備兵を見てとったリアナは、丁寧な物腰でそう尋ねた。


「いえいえ、失礼とかではなくてですね。なんといいますか、意思疎通がうまくはかれなかったとでもいいましょうか……」

「まあ、それはそれは……うちの従者がご迷惑をおかけしました」


 エルネスの常識はこの国では非常識。

 そのことを身をもって知っていたリアナは、エルネスがまた何かしでかしたのだろうとあたりを付けると、いかにも不服ですといった様子のエルネスを余所に、警備兵のおじさんに軽く頭を下げたのだった。






 リアナが野戦病院を出たのは、もう夕暮れになろうかという時間帯である。

 王都の西区の端にある倉庫を出発し、北区にあるアンテマリア邸へと向かう箱馬車の中。その窓際で行儀悪くも片肘をついていたリアナは、ここ数週間で様変わりしてしまった王都の様子を眺めて物思いにふけっていた。


 学園が襲撃されてから今日でちょうど一か月。


 本来であれば、今日は学園で四度目の舞踏会が催される日であったが、華々しい生活の象徴であった学園に戻ることはもう叶わない。

 事件以降閉鎖していた学園は、国王の処刑を契機とした国民総動員令の発令と同時に、軍事施設として利用されることが決定していたためだ。

 戦争が始まってしまったのだから、それも当然のこと。


 そして、王宮ではなく学園に司令部を置いた理由も明白だった。

 王宮とは王族とそこに務める貴族たちの優雅さの象徴であり、もとより防衛機能などを考慮に入れて設計されていない。古いとはいえ、防衛設備が現存している学園の方が防衛に向いているのである。

 だからといって、王宮がもぬけの殻になっているのかといえばそれは違った。

 そこでは文官たちが第二王子主導の下、この戦争に勝利した後の共和国化に向けた法整備や、国軍に参加した者たちへの給金の割り当てなどといった様々な調整を今もなお行っているのだ。


 そして、国民総動員令の対象となっていたのは王立学園の学園生も同じであった。

 貴族は国民を守るためにこそ存在しているという理由から、貴族としてその利益を享受していた者たち全員に拒否権は与えられなかったのである。もちろん、成人していない十五歳未満の子供や妊婦などは除かれている。


 強制動員されたリアナたち学園生に与えられた仕事は、軽症の負傷兵らの衛生管理や看護師らの補助であった。これはリアナ含め学園生全員が知るよしもない事であるが、ティーパの地での戦いが劣勢であることを受けての決定であった。


 学園生達が簡単な医療を学びながら、野戦病院に務めるようになってはや六日。


 看護師たちの補助にも慣れ始めてきた今日という日に、リアナたち学園生が目の当たりにしたのはおびただしい数の負傷兵だった。

 今までは軽症者しか見てこなかった学園生たちの所にまで、焼けただれたような跡や、何かに噛み千切られたような傷、手足を失ったような者たちまでが続々と運び込まれたのである。


 その時の現場を言い表すならば、阿鼻叫喚あびきょうかんというのが相応しかった。


 この時運び込まれたのは、マルーティアの蘇生を受ける必要がないギリギリのラインで生かされた者達であり、リアナ達にはそういった負傷兵らの症状をこれ以上悪化させないことこそが求められていたのだった。

 言い換えればそれは、完璧な手当てをする必要が無く、痛み止めを飲めば戦場に立てるくらいの最低ラインを維持できればいいというものだったのである。


 しかし、現場ではかなり際どい線引きがなされていたにもかかわらず、明らかに軍医や看護兵の手が足りていない瞬間というのはどうしても訪れてしまう――。


 その時のことを思い出して、リアナは盛大に顔を顰めた。

 そうして、車窓の向こうの不穏な雰囲気に包まれている黄昏時の王都をしばらく見つめていたリアナが、誰ともなく呟いた。


「これから私たち、どうなるのかな……」






 リアナは自分の部屋に入るなりベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

 誰も見ていないのをいいことに、「う~っ!」と、うめき声を上げながら枕に顔をうずめる。

 しばらくの間、そうしてリアナが体に溜まっていたおりのようなものを吐き出していると、ガチャリと扉が開かれた。


「ノックくらいしてよ……」


 ベッドから顔だけ上げて恨めしそうにリアナがそう言えば、あられもない恰好のリアナを見てクリッサが苦笑を返した。


「行儀が悪いですよ、お嬢様」

「いいのよ、どうせ戦争が終わったら貴族なんてものは無くなるんだし……」

「貴族が無くなっても、礼儀作法までなくなるわけではありません」


 キッパリとそう答えるクリッサに向けて、ベッドの上で体を起こしたリアナが半眼を返しつつ抗議した。


「クリッサだってノックなしに部屋に入って来たじゃない……」

「リアナが気づかなかっただけです」

「えー」


 非情に素っ気ないメイドの返答に、リアナは不服顔だ。

 そうしてわざとらしく不満を垂れてみせるリアナに、クリッサは「これを」と、とある手紙を差し出した。


「え?」


 クリッサから手渡されたのは、王国の最高級の紙で作られた封筒にエルフの好む植物のデザインがあしらわれ、アマドコロの花の模様の封蝋が使用されたそれ。

 その手紙に見覚えがあったリアナは、怪訝そうに眉の根を寄せた。






 そして、翌日。


 そろそろ雨季も明けようかといううらららかな朝に、リアナはエルネスを連れてウィルダースピン家の邸宅を訪れていた。

 倶楽部の部外者であるはずのエルネスを同行させているのは、手紙にそう明記されていたからである。


 アンテマリア邸よりも大きな屋敷の中。これまた花や植物がモチーフのデザインがふんだんに取り入れられた豪華な調度品が配置されている廊下を、リアナはメイドの案内に粛々しゅくしゅくと着いて歩く。


 その間もリアナの頭の中は、疑問で一杯だった。

 もとより学園における倶楽部とは、学園生活やこれからの貴族生活を豊かにするために、同じ目的や趣味を持った同士を集めるためにこそ存在している。

 いくらシード・ソロモンが普通の倶楽部とは違うとはいっても、戦時中であり学園が封鎖されている今、倶楽部活動にかまけている時間などないはずなのだ。


 しかも、エルネスの招集についても本当に今更だった。エルネスはリアナの精霊かつ護衛として学園に入ることを許されていたのだから、招集する機会などいくらでもあったはずなのである。

 だからこそ、なぜ今になってエルネスを呼び出すような真似をするのかがリアナには分からなかった。


 もしかしたら、エルネスを必要とする何かがウィルダースピン家で起こったのやもしれないと、リアナがそんなことを考え始めていたあたりでメイドの歩みが止まった。


「少々お待ちください」


 そう言うと、メイドは美しい所作で一礼して、扉の向こうに消えていく。

 それから少しして戻ってきたメイドは、リアナへと深々とお辞儀をした後、


「どうぞ、お入りください」


 と、開いた扉をそっと抑えながらリアナを丁重に部屋に招き入れた。

 メイドのえらく格式ばった振る舞いに、リアナは侯爵家の教育は一味違うのだなと感心しながら扉を潜る。


 そして、リアナの些細ささいな勘違いはすぐに正されることとなった。

 それもテーブルの上座に座していた人物と目が合ったその瞬間に。


 華美な衣装に負けない端正な顔立ちに、艶やかなゴールドブロンドの髪を後頭部で束ねたその青年の琥珀色の瞳が、リアナのヘーゼルアイを捉える。

 テーブルの向こうから優し気な笑みを向けているその青年のことは、社交界に疎いリアナであっても知っていた――。

 彼女の目の前に居たのは、ヴィルジール第二王子だったのである。


「やあ、初めまして。リアナ・アンテマリア伯爵令嬢――――それと、その精霊のエルネス・ドラゴンキーパー君」

「……⁉」


 悪王テオドールがランクロワ王国を帝国に売り渡そうとしたのを防ぎ、それを罰した正義の象徴。国のために肉親を断罪し、王政を終焉に導いた悲劇の王子。これまではあまり人前に姿を見せることの無かった彼は、父王を処刑したその日から帝国に抗う国家の象徴となり、今や知らない者はいない。


 時の人と呼べる人物の登場に、リアナは言葉もなく固まってしまっていた。

 辛うじて我に返り、不躾な視線を送っていたことに気がついたリアナは、すぐさまカーテシーを披露した。


「お初にお目にかかれて光栄でございます……ヴィルジール殿下」


 言いながら、隣でボーっと突っ立っていたエルネスに気が付いて、リアナがエルネスの脇腹を肘で小突く。それでようやく何かに気が付いたらしいエルネスが、目をぱちくりさせてから慌てて紳士の礼をとった。

 それを横目に、リアナが尋ねた。


「それで私……いえ、私たちはどのような用件でここに呼ばれたのでしょうか?」


 王子の側に座っているクリスティーヌを気にしながらの質問に、リアナの警戒している様子を感じ取ったヴィルジールが苦笑を浮かべた。


 というのも、これから自分が頼もうとしていることを考えれば、「そう固くならずに、楽にしてくれ」などとは口が裂けても言えなかったからだ。

 その代わりにヴィルジールは努めて優しい口調を意識しつつ、言った。


「立って話すのもなんだろうから、まずは二人とも掛けてくれないか」


 リアナはこの状況に尋常ではないナニカを感じてはいたが、自国の王子の言葉を無下にすることなど出来ようはずもなく、緊張に身を固くしながら席に着いた。

 そして、それを確認するなりヴィルジールが「単刀直入に言おう」と、話を切り出した。


「君たちを呼んだのは他でもない――帝国との戦いに勝つために、エルネス君の力を必要としているからだ」


 王子の口から語られた、唐突な戦争への参加要請。

 あまりに突然のことにリアナは動揺を隠せなかった。


「戦争に……エルネスをですか? 戦争が一人の力でどうにかなるようなものとは、とてもではないですが思えません。ましてや、王子様が直々に頼みに来るほどの何かがエルネスにあるようにはとても……」

「そうだね……私も独力で戦況を覆せるような存在は稀有けうなものだとは思っているよ」

「でしたら――」

「ただそれは一人に限っての話であって、エルネス君は違う……そうだろう?」

「……?」


 王子が一体何を言わんとしているのかがリアナには分からなかった。

 困惑を露わにして揺れるリアナの瞳。それを見据えながら、ヴィルジールは続けた。


「戦争に参加してもらうのはエルネス君だけではない――――君もだよ、リアナ嬢」

「私も……ですか?」


 王子の言葉がすぐには飲み込めなかったのか、しばらくリアナはキョトンとしていたのだが――ヴィルジールの言葉を理解した途端、誰が見ても分かるほどに狼狽うろたえだした。


「……そんな⁉ 何の取り柄もない私が戦争なんて、足手まといにしか――⁉」


 胸に手を当てて身を乗り出すようにしてそう主張するリアナに向けて、ヴィルジールはゆっくりと首を横に振るう。


「そうじゃないよ。私が期待しているのは、君の――――魔法だ」

「私の……魔法? 私には魔法は使えません。何度魔法を使おうと試してみても、精霊紋は私の魔力になんの反応も示してはくれませんでした」


 顔を顰めながらもリアナが悲し気にそう訴えるが、それに対してヴィルジールが思案するように目線を上に遣りながら続けた。


「そうだね……正確には違うのかな? 私が欲しているのは、君が精霊を介して使えるかもしれないチカラであって、それが魔法であるかどうかはあまり関係がない」

「ですから、私にチカラなんて――」

「おとなしく説明をお聞きなさいな、リアナさん」


 二人の話に割って入ったのは、クリスティーヌであった。彼女はたしなめるようにしてそう言うと、取り乱しているリアナへと視線を遣った。


「あなたの気持ちが分かるなどとは言いませんし、言えません。ですが、ヴィルジール殿下は根拠もなしに何かをおっしゃるような方ではありません。否定やら何やらは、話を全て聞いてからになさい」

「……は、はい」


 少しして、リアナが落ち着くのを待ってから、ヴィルジールは続けた。


「クリスティーヌが言ってくれたように、君の力については一応の根拠はある。それも、教会の高位神官であるユーグ殿と、マルーティアであるルチア殿の言質がね」


 予想もしなかった人物たちの名前が出てきたことにリアナが戸惑いを見せる。


「二人の証言によれば、君の精霊は魔力によって召喚されたのではなく、神力によるものである可能性が大きいのだそうだ……君の魔力に精霊紋が反応しないのはそれが原因なのかもしれないね」


 ヴィルジールはそう言いながら、リアナのオペラグローブに包まれた左手へ、そしてエルネスへと視線を遣ると、目をぱちくりとさせているリアナの反応をしばらく待った。


「……神力?」


 あまりピンと来ていない様子の彼女を見かねて、ヴィルジールがさらに説明を重ねた。


「そう……教会のマルーティアだけが使えると言われているチカラのことだよ。もしそうだとすれば、君の精霊紋が魔力に反応しないのも納得だろう?」


 それを聞いてリアナが思い返していたのは、精霊召喚に失敗した日のこと。


 記憶の中で、石ころを召喚した時の魔法陣の輝きがマルーティアの儀式の時に見たモノと重なった瞬間、リアナはハッと目を見開いた。

 その直後に、リアナが慌てて左手のグローブに手を掛けようとしたのを、ヴィルジールがやんわりと止める。


「今すぐに確認したい気持ちも分かるけれど、それは後にしてもらってもいいかな?」

「……はい」


 申し訳なさそうにシュンとしてしまうリアナに、「すまないね」と、一言添えたヴィルジールは、先程からずっと難しそうな顔で話を聞いているエルネスへと、真剣な眼差しを送った。


「私は君のようなイレギュラーな存在がこの国に現れてくれたことに、浅からぬ因縁のようなものを感じているんだ。まるで、この戦のために君が天から遣わされたのではないかと考えてしまうほどにね……だから」

「……?」


 ヴィルジールの琥珀色の瞳が、話について行けずにポカンとしているエルネスのアースアイを捉えた。


「君には、帝国総大将を討つ役目を引き受けてもらいたい――――」

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