第13話


 ランクロワ王立学園が襲われた――そのニュースは王国の貴族達のみならず市民たちをも震撼しんかんさせた。それも、狙われたのが一個人ではなく複数の貴族子女であり、さらにそのほとんどが改革派であったことを考えれば、その答えは自然と限られてきてしまうからだ。


 そしてこの事件が起きた翌日に、世に広まるよりも前に誰よりも早くその情報を知ることが出来ていたランクロワ王国国王――テオドール・セタチュート・ランクロワは、会議中にもたらされたとある情報に頭を抱えていた。


「……それはまことか?」

「はっ! ヴィルジール第二王子より、第二近衛隊からの情報であると」

「そうか……」


 大臣たちが列席する会議のその途中で、テーブルの上に置かれていた文書を気にもせずにその上に両肘をついた国王は、顔の前に手を組みながら長い長い溜息をつく。


「して、陛下……ヴィルジール殿下は何と?」


 大臣の一人の問いに、国王は重い口を開いた。


「……学園を襲ったのがガザン帝国の暗殺者であったと」

「ガザンですと⁉」

「それは確かな情報なのですか? 学園の警備兵からはまだ情報が来ておりませんが……」


 大臣たちの言葉を苛立たし気に手で制してから、国王は続けた。


「報告によれば、マルーティアであるルチア殿の立会いのもと、第二近衛隊が暗殺者を尋問したと……それを指示したのもおそらくヴィルジールであろう」

「……なっ⁉」


 それを聞いて、懐疑的な反応を示していた者達が口を噤んだ。

 沈黙が会議室を支配する中、国王の最も近くの席についていたロマンスグレーといった表現が相応しい老紳士が、モノクルをかけ直してから口を開く。


「であれば、早急に手を打つ必要がありますな……帝国の真意を確かめるために外交官を送ると同時に、国境付近にオロージュ元帥の軍を向かわせるというのはどうでしょうか? そうすれば、山間部に王国軍を布陣させるまでの時間稼ぎも出来ましょう」

「宰相殿のおっしゃる通りですな……闘技会での成績も著しいオロージュ元帥であれば、王国北部領域の防衛もお手の物でしょう」


 宰相の案を後押しする声に、国王は一度頷いてから口を開いた。


「オーギュストの案に賛成する者は挙手を!」


 国王の言葉に、列席した大臣たちのほとんどが一斉に手を上げた。蒼い顔をして手を上げるのが遅れていた者や、すぐに手を上げなかった者はいたが、やがて会議室にいた全員が賛成の意を示したのだった。

 全員が挙手したのを認めて、国王が大仰に口を開いた。


「オーギュストの案を採用しよう……皆の者、直ちに防衛の準備を!」


 国王の言葉に大臣たちは一斉に、「はっ!」と返事をすると、胸元に輝く獅子の国章に手を当てながら、国王に向けて頭を垂れた。






 ◇ ◇ ◇






「大丈夫ですか……リアナさん?」


 心ここにあらずといった様子で、馬車の車窓から街の様子をボーっと眺めていたリアナに対して、ジェシカが心配そうに声を掛ける。それを受けてパレードか何かの準備をしている町の様子から目を離したリアナが、力のない笑顔をジェシカに返した。


「……え? うん、大丈夫……お金はちゃんと持ってきたから」

「は、はい……そうですね……」


 リアナから返って来たのは、てんで的外れな答えだった。

 それを聞いて眼を瞬かせていたジェシカはどうしていいか分からず、向かいに座っていた二人に助けを求めて視線を送る。

 ところが、エリーゼもアリシアも処置なしと首を横に振るだけであった。


 学園襲撃事件から五日。


 今日になってやっと蘇生の一般受付が再開したことを耳にしたリアナは、心配していたエリーゼたちの付き添いのもとで、朝早くに教会へと馬車を走らせていたのであった。


 教会の北口に着くや否やリアナは箱馬車から飛び降り、わき目も振らずに受付へ急ぐ。傷心している様子の彼女は、蘇生料金の支払いを終えてオーバルを手渡した後も待合室への案内すら断り、その場から全く動こうとはしなかったのだった。

 そうして、クリッサがやって来るのをしばらく待っていると、


「久しぶりですね、リアナ殿……そちらの皆さんはご学友で?」


 と、リアナへと声を掛ける者が現れた。

 四人が振り返った先にいたのは、いつぞやのユーグという神官である。

 ユーグの問いに、心ここに在らずといった様子のリアナに代わって、エリーゼが前に出てそれに応対した。


「はい、そうですわ。神官の方と存じますが、リアナさんにどのようなご用件で?」

「いや……そう大したものではありませんよ。あまりにもリアナ殿の顔色が悪かったものですから、声を掛けさせて頂いただけです」


 ユーグはそう言うと、明らかに憔悴しょうすいした様子のリアナを一瞥してから言った。


「もしよろしければ、すぐにでもお会いになりますか?」

「え?」


 蘇生したばかりの人間は全員が眠った状態にあるため、教会には彼らが目を覚ますのを待ってから依頼主に引き渡すという決まりがある。というのも、蘇生された者達が犯罪に巻き込まれるのを防ぐためだ。

 蘇生したばかりの者と合わせてくれるというのは、特別な計らいなのである。

 それを聞いた途端、リアナの目はたちまちに活力を取り戻していった。


「ほんとですか⁉ ありがとうございます! それでクリッサは今どこに?」


 そう言って詰め寄ってくるリアナの肩を、ユーグはそっと手で押し返しながら困ったように笑うと、


「どうぞ、こちらへ」


 と言って、教会の奥にリアナたちを案内したのだった。


 四人が連れて行かれた先は、小さな個室。

 部屋の窓際に置かれているベッドの上では、窓から差し込む陽光を浴びながら一人の女性――クリッサがすやすやと寝息を立てている。


 静かにベッドへと近づいたリアナは、眠っているクリッサの脇腹の近くに突っ伏すように顔を埋めたのだった。それから少しして、扉の側で見守っていたエリーゼたちのもとに二つ分の寝息が届き始めた。


「眠ってしまいましたわ……」


 ブランケットに肩頬を埋めて眠っているリアナを確認して、エリーゼがふふっと微笑む。


「……よほど疲れていたのでしょうね」

「私たちはどうしますか?」

「とりあえず……リアナさんと知り合いらしい神官の人に、二人を寝かせておいて貰えるように頼みましょうか」


 そうしてエリーゼたちがひそひそと話をしていると、ベッドの方から困惑した声が発された。


「これは一体……?」


 その声はクリッサのものであった。

 彼女はベッドから上体を起こし、自分の側で突っ伏すように眠っているリアナを見て首を傾げている。


「あの夜のことは覚えていませんの?」

「……‼」


 クリッサはエリーゼの言葉に一瞬びくりと体を震わせると、


「そうでした、私は確か……リアナを庇って……?」


 と、呆然と呟いた後、目をぱちぱちと瞬かせた。それから部屋をぐるりと見回したクリッサは、側にいたエリーゼたちに向けて尋ねる。


「ところで、皆様はお揃いでなぜこんなところに?」

「……それはもちろん、リアナさんが心配だったからですわ」

「酷いやつれ具合だったものね……」


 二人の言葉を聞いたクリッサは、リアナの目元に大きな隈を見つけると「ひどい隈……」と、一言つぶやいてから慈しむように主の頬を撫でた。

 とちょうどその時、リアナが寝言を口にした。


「ごめんね……ララちゃん」


 それを聞いた途端、クリッサが表情を悲痛なものへと変える。


「ララちゃん?」

「リアナさんの御友人ですの?」

「……」


 クリッサの表情の変化にすぐに気がついた三人が、そのことについて尋ねるべきかどうかと悩んでいると、ジェシカの目が不意にクリッサと合ってしまった。


「え、えっと……その」

「構いませんよ。このことは皆様には知っておいてもらった方が良いと思いますので」

「なら、その……ララという方と、リアナさんの様子がおかしかったのには何か関係があるんでしょうか?」


 遠慮がちに尋ねるジェシカに、クリッサはこくりと頷いてから答えた。


「幼少の頃、リアナ様とララは親友でした。そして、とある出来事をきっかけにララを失って以来、リアナ様はオーバルに恐怖を示すようになったのです」

「オーバルに恐怖……ですの?」

「あまり聞き馴染みが無いわね……」


 クリッサの話にあまりピンと来ていないらしいエリーゼとアリシアに対し、その話に心当たりのあった様子のジェシカが難しい顔で口を開いた。


「確か、戦争孤児などにそういった症状が多く見られると聞いたことがあります」

「……戦争孤児と同じ?」


 戦争というものから縁遠い彼女たちであっても、戦争孤児――戦争によって敵国に親を奪われた子供たちの存在は知っている。

 また、そんな子供たちとリアナが似たような症状を発症していると聞いて、何も気づかないような三人ではなかった。

 彼女たちは、はっと息を飲むと沈痛な面持ちでクリッサの方を伺った。


「ララと――私の妹とは、生きているうちに再び会うことはもう無いでしょう」


 予想通りともいえるその答えに、返す言葉の無かったエリーゼたちは、揃って口を噤んでしまう。すると、突っ伏して眠っていたリアナをベッドにそっと寝かせていたクリッサが、ゆっくりと口を開いた。


「あれは今から八年ほど前の事でした――――――」

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