第12話

「……紋章官を目指しているわけでもないのに、どうしてこんなことをしないといけないのかしら?」


 クリスティーヌから渡された、学園に通う貴族子女の名簿とその家の紋章の一覧と、そして子女たちの属している派閥が書かれた書類をにらみながら、アリシアがそうぼやいた。


「先輩は私たちに保守派の人とはあまり接触して欲しくないみたいでしたし……何か理由があるようにも思いますわ」

「それはそうかもしれないけれど……そもそも、私とエリーゼの家は昔から代々保守派でしょうに」


 真面目に作業に取り組むエリーゼを見ながら、アリシアが呆れたようにそう返す。


 ちなみに、ここにいるメンバーの中でエリーゼと同じ保守派に属しているのはアリシアだけであり、ジェシカの家は改革派に属している。

 どの派閥にも属していないリアナには関係のなかったことであるが、学園におかずとも互いにあまり仲の良くないはずの派閥同士を含むこの四人が和気藹々わきあいあいとテーブルを囲めているのは、ひとえにエリーゼの人柄によるものであると言ってよかった。


 そういった派閥のことなど頭に無かったらしいエリーゼはというと、アリシアに言われて今気がついたといったように、「そうでしたわね」と、目をぱちくりとさせていたのだった。


 そんなやり取りを見て、リアナとジェシカの二人は顔を見合わせると、二人してふふっと笑みを零し合った。


 しばらくそうした安穏あんのんとした日々が続き、学園生活も七月の最終日を迎えていた。

 月末の舞踏会も三度目ともなればももう慣れたもので、エルネスでさえも指導役の上級生に注意されることもほとんど無くなっていた。こうして、リアナは三度目にしてようやく舞踏会を恙なく終えることが出来たのであった。






 そして舞踏会を終えて、その夜――。


 自室で眠りに就いていたリアナは、左手の精霊紋から伝わってくる熱のような何かに寝苦しさを感じて体を起こしていた。体を涼ませるべく、サイドテーブルに置いてあったランプを手にして、リアナは窓辺へとゆっくりと近づいていく。

 すると、彼女が窓から入ってくる少し肌寒い風にネグリジェが靡くのを手で押さえたその時、どこかでガラスが割れるような音がした。


 それから少し遅れて聞こえてくる誰かの悲鳴。


 それに驚いて一瞬だけ体をびくつかせたリアナであったが、それでも外の様子が気になって恐る恐る扉の方へ向かっていく。そうして、リアナが鍵を外してドアノブにそっと手を掛けたその瞬間、扉が外側から開け放たれた。


「……⁉」


 リアナの目の前に立っていたのは、黒ずくめのローブを纏った怪しげな男。

 フェイスマスクで鼻から下を覆ったその男の手には、血にまみれたナイフが握られていた。それに気づいたリアナの口から、「ひっ」と引きつったような悲鳴が漏れる。助けを呼ぼうにも思うように声が出ず、少しずつ後退あとずさることしか出来ない。


 そんな彼女へと、黒ずくめの男が獲物を追い詰めるようににじり寄っていく。


「あっ……」


 後ろに下がる途中で、椅子に足を取られた拍子にリアナの手からランプが落ちた。

 ごろりと転がったランプから、じわじわとその明かりが消えていく。

 その間もなお男から離れようと足掻いていたリアナの背中が、ついに窓の下の腰壁にぶつかった。


 窓から差し込む薄らとした星明り。

 それが、リアナへと近づいて来る黒ずくめの男の顔を浮かび上がらせる。


 おびえに揺れるリアナの目が、黒ずくめの男の目元が喜悦きえつに歪んだのを捉えた。と同時に、リアナに向けて血塗れのナイフが振り下ろされた。


 その恐怖にぎゅっと目を瞑るリアナ。しかし、いつまで経っても彼女のもとには痛みはやってこなかった。

 その代わりに、リアナの頬をぬるりとした温かいモノが伝う。

 すぐ近くから誰かの気配を感じて、リアナはゆっくりと目を開いた。


「…………え?」


 リアナの目に映ったのは、彼女の良く知るメイドの姿。自分を守るように覆いかぶさっているクリッサの口元から、赤黒い血がしたたっていた。

 その表情を苦し気に歪めていたクリッサは、リアナと目を合わせた途端に力尽き、リアナへと伸し掛かるようにして崩れ落ちた。


「……クリッサ⁉」


 リアナは男には目もくれずにクリッサへとすがりつく。


 それを見て興が削がれたらしい黒ずくめの男は、苛ついたように「ちっ」と舌打ちを一つ飛ばすと、リアナの首根っこを今度はしっかりと手で押さえつけた。

 そして、男がリアナの滑らかな首筋にナイフを突き立てんとしたその瞬間――。


「があっ⁉」


 と、突然野太い声を上げて黒ずくめの男が吹き飛んでいった。


 リアナの頭上を一陣の風が吹き抜け、首が圧迫感から解放される。

 咳き込みながらも顔を上げたリアナは、その先に銀翼を背に生やした少年の姿を認めると、


「どうしよ……エルネス…………クリッサが……」


 と、ぽろぽろと涙をこぼしながら途切れ途切れに訴えたのだった。


「うん……ゴメン。間に合わなかった」


 背後のリアナを一瞥いちべつしてからそう言うと、エルネスは悔しそうにグッと歯を食いしばった。

 扉の近くの床に倒れ痛みに悶えている黒ずくめの男。それを認めて表情をスッと消したエルネスが、男へと何の気負いもなく近づいていく。


 男の側に転がっている血塗れのナイフ。

 エルネスがそれを手に取ろうとしたその時、黒ずくめの男が突如として飛び起き、手に忍ばせていた暗器で切りかかって来たのだった。


 それを驚くでもなく冷めた目で見ていたエルネスは、迫る刃を素手で掴んで止めてみせると、そのままぐしゃりと握りつぶした。


「――――は?」


 直前までニヤリとした笑みを浮かべていた男が、驚愕に目を見開く。


 暗器の毒が効いていないというだけではない。何かと形容しにくい銀色のオーラのようなものを纏っていたエルネスの手元は傷一つついていなかったのである。

 それは、教会の神殿騎士の使う技に酷似していて――――。

 次の瞬間、思考していた黒ずくめの男の視界にエルネスの銀光を纏った手刀が閃いた。


「ん?」


 黒ずくめの男に止めを刺したエルネスの背後で、リアナの腕の中で完全にこと切れていたクリッサの体が淡く白い光に包まれていく。その光に気づいたエルネスが背後を振り返った時には、クリッサの体は光の粒子に変わり、さらに卵型の宝石へとその姿を変えていたのだった。


 玉化と呼ばれるその現象を見て、エルネスは目を丸くして固まっていた。

 そんなエルネスの視線の先で、ネグリジェのスカートの上に転がっていたオーバルを大切そうに拾い上げたリアナが、それをひしと掻き抱く。


「なに……それ? なんで、人が石に変わったんだ?」


 ネグリジェの袖で顔を拭っているリアナへと近づくと、エルネスが怪訝けげんな顔でそう尋ねた。


「……え?」

「――ご無事ですか⁉」


 リアナが泣きはらした顔をエルネスへと向けたちょうどその時、開けっ放しになっていた扉から騎士の格好をした二人の男が押し入ってきた。

 物々しい雰囲気で現れたのは、中年の騎士と年若い騎士のコンビである。

 彼らの方をエルネスが振り向けば、年若い騎士がぎょっとして身構えた。しかし、それを隣の中年の騎士が手で制する形で止めた。


 そんな彼らを見てエルネスもやっと警戒を解いたのだった。しかし、騎士たちの立っている扉の近くに黒ずくめの男の死体がない事に気が付いて、エルネスが首を傾げる。

 騎士たちの足元付近には血だまりだけしか存在せず、そこには白い石ころが二つ転がっているだけ。その石を拾って確かめようと近づいたエルネスの目の前で、中年の騎士が石を二つとも拾い上げてしまった。


「――あ」

「これはもしや……君の知り合いのものかな?」

「知り合い? 石に?」


 騎士の質問の意味が分からず、エルネスが困惑したまま頭を捻っていると、後ろからリアナの助け船が入った。


「襲ってきた黒ずくめの男のものです……もう一つの方は分かりません」


 中年の騎士は、リアナのネグリジェが血だらけであるのを見ると、痛ましげにその表情を曇らせた。


「君のその手に持っているのは?」

「……私のメイドのです」


 涙声のリアナの言葉に、中年の騎士は「そうか……」とだけ呟いた。

 少しして、部屋の中を調べて回っていた若い騎士が中年騎士のところに「異常ありません」と報告をしに戻って来る。

 若い騎士はそのついでといったように、リアナへと優しい声音で尋ねた。


「良ければその石はこちらで預かりますよ」


 それを聞いてリアナは怯えるようにびくりと肩を震わせると、首を横に振った。


「い、いえ……結構です」

「でも、その方が後で手続きも……」

「マートン、よせ」


 中年の騎士は、なおも食い下がろうとした若い騎士を制止すると、リアナとエルネスの二人を見てから口を開いた。


「すぐに本館に避難しましょう」






 そうして騎士たちに連れられ無事に学園本館に辿り着いたリアナであったが、彼女が通されたのは避難スペースとして利用されている本館のダンスフロアではなく、医務室だった。

 リアナの血塗れの格好を見た教師によって、ここへ押し込まれてしまったのだ。

 しかも、医務室と呼ばれているこの場所は、本来はカフェテリアとして利用されている空間であり、その内部の設備は医務室と呼ぶには心もとないものであった。


 負傷者を寝かせるためのベッドはテーブルの上にブランケットを重ねて敷いただけの簡易的なもので、その上には負傷したらしき女生徒やメイドなどの使用人たちが今も横たわっている。

 その周りを今も女医やその助手らしき人たちが忙しそうに動き回っていた。


 自身が怪我を負っていない事が分かっていたリアナが、医療関係者の人たちに遠慮して医務室から出ようしたその時、そんな彼女の動きに気づいた女医の一人が声を上げた。


「そこの子、ちょっと待ってなさい‼」


 入り口付近に突っ立っていたリアナにそう言ったのは、学園の専属医のクローディーである。

 クローディーは女生徒の腕の傷を縫いながら、近くにいた助手に指示を飛ばした。


「コレット! すぐに行くから、そこの新しい子を移動させといて!」

「はいっ!」


 返事をしたのは小柄な女性だった。

 コレットと言うらしいその女性はリアナのもとに早足でやって来るなり、「失礼しますね」と一言だけ断りを入れると、その細見の外見には似合わない腕力でリアナを抱え上げ、そのままベッドへと運んでしまう。


「ここで待っていてくださいね」


 コレットはそう言い残すと、リアナが口を利く間もなくすぐにどこかへ行ってしまうのだった。そうしてコレットを待つ間、手持無沙汰となっていたリアナがベッドに座ってボーっとしていると、ふと自分の後ろから話し声が聞こえてきた。


「こちらが同意書で、こちらが証明書になります……利用する場合はこの両方にサインをお願いします」

「…………はい。これでいいかしら?」

「はい……確かに」


 リアナが声のする方に視線を向けた時には、ちょうど女生徒が何かの紙にサインを終えたところであった。

 ベッドの上で上半身を起こしていたその女生徒は、右目のあたりに血だらけのガーゼを当てていて、さらにその上からぐるぐると包帯を巻いた痛ましい姿をしている。


 そんな彼女に向けて、医療助手の女性がサインした紙と引き換えに、薬液の入ったビンらしきものを女生徒に手渡す。

 女生徒は受け取ったばかりのビンをしばらくの間じっと見つめていた。

 かと思えば、彼女はおもむろにその蓋を開け、一息にビンの中の液体を飲み干してしまう。


「――うっ⁉」


 途端に苦し気な声を上げた女生徒が、服の上から胸を掻きむしる。

 悶え苦しむ女生徒の側では、医療助手の女性が何かするわけでもなくただそれをじっと眺めていた。


 医療助手の女性はただ待っているのだ――女生徒が毒で命を落とすのを。


 一見すればただの服毒自殺に見えるこれは、蘇生された人間は五体満足で復活するという特性を利用した、れっきとした医療行為の一つである。このことは女生徒が先程サインしていたもの――ランクロワ王国の貴族のみに適応される蘇生保険がそれを証明していた。


 女生徒はしばらく苦しんだ末、前のめりに倒れ込んだままピクリとも動かなくなる。するとすぐに、彼女の体はオーバルに変化した。

 急ごしらえの粗末なベッドの上に残されたのは、空っぽになったビンと卵型の宝石だけだ。

 そして、医療助手の女性がオーバルを手に取り、頭陀袋ずだぶくろの中へと放り込んだその時――。

 その光景を見ていたリアナの心臓がドクンと跳ねた。


「うあ……」


 と、声を漏らしたリアナは、知らずクリッサのオーバルを強く胸に抱き締める。


「――あら、大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」


 そのうめき声を耳にして、リアナの方を振り向いた医療助手の女性が心配そうに眉をひそめながら尋ねた。さらに目の前の少女がオーバルを持っているのに気が付いたその女性は、頭陀袋を持ったままリアナへと近づいていく。


「もし良かったら、こっちで回収しておくわよ……それ」


 そう言って、彼女はリアナにも良く見えるようにと頭陀袋の口を開いてみせる。

 それを見て「ひっ⁉」と、引き攣った様な声を漏らしていたリアナに気づかず、医療助手の女性はリアナの持っているオーバルを取ろうとした。

 ――――取ろうとしてしまった。


「いやぁっ‼」


 突然悲鳴を上げ、女性の手を思いっきり払いのけたリアナ。彼女は医療助手の女性を怯えた目で見ると、震えながらブランケットにくるまってしまうのだった。

 そんなリアナの尋常ではない様子に、医療助手の女性は頭を抱えた。


「どうしよ……」

「なにしてるんだい、アニスっ⁉」


 怒声と共に、立ち尽くしていた医療助手の女性の頭に拳骨が落とされた。


「……痛っ⁉」


 アニスと呼ばれた女性の頭をぶっ叩いたのは、女医のクローディーである。

 クローディーは、子供のように抵抗するリアナにも構わず、ネグリジェを乱暴にまくり上げると、手早く診察を済ませてしまう。


「別に目立った外傷はないね……ここはコレットに任せるから、アンタはさっさと仕事に戻りな!」

「……は、はい!」


 アニスはそう返事をすると、急いで服毒死した女生徒の居たベッドの清掃を済ませ、いくつかの書類と頭陀袋を手にその場を離れたのだった。

 そうして次の持ち場に向かう途中、アニスは着替えを手に戻ってきたコレットに向けてどこか気落ちした表情で謝罪を口にした。


「コレット、ごめん……あの子にも、私が謝ってたって言っておいてもらえる?」


 アニスはそう言うと、一度リアナの方へと視線を遣ってから、返事を待たずにコレットの横を通り過ぎていった。


 もちろん、いきなりそんなことを言われてもコレットには何のことだかさっぱり分からない。

 ぽかんとアホ面を晒したコレットの口から、「ふぇ?」と間抜けな声が漏れた。






 ◇ ◇ ◇






 その頃、リアナと別れて行動していたエルネスは、騎士たちと共に学園の侵入者の討伐任務にあたっていた。エルネスに与えられていた役割は、戦闘音がする場所に駆けつけ、黒ずくめの男たちへと上空から不意打ちを食らわせるという、翼の機動力を生かした強襲である。


「ん?」


 真夜中の学園上空を飛行していたエルネスの目が、敷地内にある雑木林の中に、動く人影らしきものを捉えた。

 即座に急旋回したエルネスは、目撃した地点のすぐ側にある少し開けた場所へと着地する。それからしばらくの間身構えていたエルネスであったが、いつまで経っても攻撃はやってこなかった。


 木々の間から薄らと差し込む星明りしかない雑木林の中では、目視だけで何かを探すことは難しい。このままではらちが明かないと判断したエルネスは、瞳の奥にプラーナと呼ばれるエネルギーを集めると、銀色の光を宿したその瞳で林の中を見渡した。

 その直後、すぐ右手側の茂みの中に違和感を見つけたエルネスは、臨戦態勢を取りながら声を上げる。


「そこにいる奴! 出てこないと切る!」

「いやー…………まじかよ」


 そんな呆れを含んだ声と共に現れたのは、リアナを襲った男とはデザインの異なる衣装を纏った全身黒ずくめの男。その男は敵意が無いことを示すためか、両手を上げたままエルネスへと近寄って来たのだった。


「黒ずくめだけど…………どっち?」

「どっちってなんだ? 敵か味方かで言えば、お前らの味方だ」


 エルネスの問いに対してそう抗議しながら、男はエルネスから少し離れたところに立ち止まった。


「ホント?」

「本当だって…………ほらよ」


 そう言って、男は何かの紋章らしきものが入った短剣を見せるが、エルネスにはその紋章が何を意味するかは分からない。

 首を傾げる少年を前に、黒ずくめの男は乱雑に頭を掻いたのだった。


「お前、紋章の識別が出来ないでどうやって敵味方判別するつもりだったんだ?」


 男はそう言うと、「よりにもよって、なんでこんな奴に見つかるかなぁ」と、意気消沈しながら頭を抱えてしまう。

 そんな男の言葉に「確かに」と納得したエルネスは、それならば誰かに見てもらえばいいじゃないかと、至極安易な結論を出した。


「……リアナとかに見てもらう?」

「どうやって?」

「え?」

「人前に姿を現したくないからこーゆう格好をしてるんだって……お前さんもそれくらいはわかるだろ?」

「……あ!」


 エルネスとのスローテンポな会話に黒ずくめの男は若干苛ついているらしく、かなり投げやりな感じで会話に臨んでいた。がしかし、それをエルネスに言っても無理というもの。エルネスはエルネスで頭を使った上に慣れない言葉を使う会話に頭がパンクしかけていたのだ。

 だからと言うべきか、早く討伐任務に戻りたかったエルネスは、思考をポイと放棄してしまうのだった。


 面倒臭そうに顔を顰めながら、エルネスが言った。


「もうわかんないから、気絶させて騎士のおっちゃんのとこに連れてく」

「……それだけはマジで止めてくれ」


 ものすごく嫌そうにそう言った黒ずくめの男は、盛大にため息を吐くと、フェイスマスクとフードをはぎ取ってみせた。

 その下から現れたのは、赤茶色の髪をした二十代後半くらいのつり目の顔。


「俺は第二近衛騎士隊偵察部隊所属、隊員のジョルジュ・シモンズだ」

「……?」


 名乗りを聞いたにも関わらず首を傾げたエルネスを見て、分かりやすく青筋を立てたジョルジュは、こめかみをぴくぴくとさせながら言った。


「俺を連れて行くんなら……クリスティーヌ嬢の所にしてくれ」


 その名前を聞けば、エルネスにも彼女のことがすぐに思い当たった。

 なぜならエルネスは、指導員として舞踏会に参加していたクリスティーヌのことをよく覚えていたからである。

 それも、礼儀作法に厳しい悪魔のような人物として。


 テーブルマナーを何度もクリスティーヌに直されたのを思い出していたエルネスは、物凄く嫌そうな顔でジョルジュの申し出を受け入れたのだった。

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