第11話

「ふぅ」


 と息を吐いて、ゴールドブロンドの髪を後ろでまとめた青年が、豪華な飾りのついたソファにドカリと腰を下ろした。

 身に纏ったきらびやかな衣服にしわが付くのも気にしないままにソファへと深く腰掛けているその青年を、部屋に入って来たばかりの護衛騎士がとがめる。


「ヴィルジール様……休むのは部屋着に着替えてからにして下さい」


 扉を閉めながらそう言ったのは青い髪の騎士であった。

 気心の知れた騎士に向け、青年――ヴィルジールはソファに凭れかかりながら天井を見上げるのを止めると、首だけを持ち上げて苦笑いを返したのだった。


「いや……すまない」


 そうは言うものの、ヴィルジールはソファから動く気は無いようだった。ぐったりとした彼の顔には明らかな疲労がにじんでいる。自分の仕える主が疲労困憊の色を見せていることを珍しく思った青い髪の騎士は、ヴィルジールの側まで近寄ってから心配そうに尋ねた。


「何かありましたか?」

「……ん? ああ」


 何か思考に耽っていたのか、鈍い反応を返したヴィルジール。

 彼は少し思案した様子をみせると、姿勢を正してから青い髪の騎士を見た。


「ガザン帝国とマリド共和国が頻繁に小競り合いを起こしているのは、マティアスの耳にも入っているだろう?」

「はい」

「その対応について、父上と意見をたがってしまっていたのだけど……結局、私の意見は聞き入れられることが無かったのさ」

「……その話は私が聞いても?」

「問題ないよ……既に父上は両国のいさかいに対して傍観を決め込むつもりでいるからね。私はマリド共和国に加勢するか、加勢しないにしても自国の軍備の拡張のために魔導武器の買い付けをしておくべきではないかと進言したんだ」


 そう言うと、ヴィルジールはサイドテーブルに置いてあったグラスの水で口を湿らせた。


「殿下は、ガザン帝国がランクロワ王国に攻めて来るとお考えで?」

「それはどうだろうね? ただ……」

「ただ……何ですか?」

「ここ数十年間のガザンとの戦争が起きる確率が数パーセント程度だすると、現在はその何倍にも膨れ上がっていると私は見ている」

「政治に関しましては浅学の身ですが……理由をお聞かせいただいても?」


 どこか疲れたように話していたヴィルジールに向けて、マティアスは内心の動揺を隠しながら尋ねた。


「それは、我らがランクロワ王国が将来的に議会制民主主義に移行する可能性が高いことが原因だ」

「……⁉」


 まさか自身の主である王国の第二王子の口から王政廃止を匂わせる言葉が出て来るとは思わず、マティアスは戦慄していた。それに気づくことなく、ヴィルジールは目の前のテーブルを睨みつけたまま続ける。


「我々は今、隣国のマリド共和国がまだマリド王国だった頃と同じ道を辿りつつある……そして、父上はそれを止める術を持たないまま、王政が破綻するまでの時期をただ先延ばしにしているに過ぎない――」

「説明して頂いているところ申し訳ないのですが、理解が追い付いていません……なぜ議会制民主主義へ移行することが帝国との戦争につながるのでしょうか?」

「……そうだね、順を追って説明しよう」


 ヴィルジールの口から語られたのは、マリド王国が共和国となるまでの流れ、そしてランクロワ王国を取り巻いている現在の状況についてであった。






 それはおよそ半世紀ほど前、航海技術の発展に伴い外洋にまで進出できるようになったマリド王国の探査船が、遠い北の海に大陸を発見したことに端を発する。


 北部大陸に住んでいた原住民――ドワーフと呼ばれる人種が確認されてから数十年ほどで、マリド王国とドワーフの国との間で交易が開始され、マリド王国に高性能な魔道具が輸入されるようになっていた。

 輸入された魔道具を利用する、あるいはその魔導具を周辺諸国に売ることで、マリド王国は魔道具を中心とした好景気を生み出し、さらにはそれが民草へと還元され、国を富ませるという好循環が生まれていたのだ。

 また、この時から輸入されるようになった魔道具の一種――魔導武器こそが、マリド王国で革命を起こすきっかけを作ることとなったのである。


 魔導武器――それは、ドワーフ達によって作り上げられた、魔石に内包された魔素を利用する新たなる技術体系を用いて作られた武器のことを指す。


 この武器の伝来によって魔獣狩りの効率が著しく向上した結果、マリド王国内に魔獣素材の特需が生まれていた。ところが、この特需によって一般市民が魔導武器を手に出来るようになるほどマリド王国が豊かになり、国民の自衛能力が上がってしまったことが問題となった。


 そもそもの話が、貴族というものは自国民を魔獣や他国の侵略から守るために存在している。にもかかわらず、彼らが守るべき国民が魔獣に対抗できる武器を持てるようになったことで、貴族の存在価値そのものが揺らいでしまっていたのだ。


 そこにさらに追い打ちをかけるように、傭兵や魔獣狩りを生業とするハンターたちの手によって後の国軍の母体となる自衛団体が組織されると、いよいよ貴族というものの存在価値が目に見えて低下することになった。


 他国の侵略に対しても国民が自発的に対処するのであれば、貴族に対して何のために税金を納めているのか分からなくなってしまう。当然、国に対して治める税金を下げろと要求する運動が国内の各地で巻き起こった。

 この運動の中心となったのは、貴族よりも資産を持っていた資産家や資本家といわれる、いわゆる一般市民に該当する者達である。


 そして、時のマリド国王はこれに激怒した。


 当然のように国王は魔導武器の輸入を禁止する動きを見せ――その結果、革命が起こった。この革命は、マリド国王擁する国王軍と市民達が組織した革命軍による、およそ七年に及ぶ戦いの末に市民側の勝利で幕を閉じることになる。


 この時、明らかに形勢が不利でありながらも、マリド国王軍が七年もの間戦い続けることが出来たのはとある国の支援があったからだとされていた。


 何を隠そう、その国こそがガザン帝国である。


 先代のガザン帝国の皇帝は、マリド王国で起こった事が自国で起こることをひどく恐れていたとされている。またそれは、先代皇帝が施行しこうしていた魔導武器の輸入禁止の政策などからも読み取ることができた。


 そんなガザンの先代皇帝が危険視していた民主化の流れは、ランクロワ王国にもじわりじわりと迫って来ていた。

 というのも、マリド王国で革命が起きた時には、ランクロワ王国に魔導武器がすでに流入した後であったのだ。当時のランクロワ王国の国王は、魔導武器の関税を吊り上げることで何とか問題を先送りにしようとしたが、現在においてはそれも意味をなさなくなりつつあった。

 なにせマリド王国がマリド共和国に名を変えた時にはもう、ランクロワ王国でも西方の大陸の原住民であるエルフの国との交易は始まっていたのだから。


 その時にはすでに、良質な薬草や香辛料、植物のデザインがふんだんにあしらわれた織物や琥珀などの宝石類が輸入されるようになり、ランクロワ王国においても貴族よりも資産を持つ資本家や資産家が誕生し始めていたのである。


 その結果、資金難によりあえいでいた貴族たちが資産家や資本家と婚姻関係を結ぶようになり、その資産を貴族側に取り込むつもりが反対に資産家たちに取り込まれる形となっていた。さらに彼らが改革派の貴族を名乗り始めたことで、王国は今や保守派と改革派の二大派閥に分かれるという状況に陥っていたのだ。


 簡単に言えば、ランクロワ王国の中で改革派が親マリドを、保守派が反マリドを掲げるという構図が出来上がっていたのである。


「――我々王家の支持基盤である保守派は反マリド、反民主化を掲げている。つまり、ランクロワ王国がマリド共和国を支援し、ガザン帝国を敵に回すという選択は絶対にない。けれど、その逆はあり得てしまうんだ……何故かわかるかい?」


 その問いにマティアスは、ゆるゆると首を横に振った。


「い、いえ……話についていくのがやっとです」


 そんな彼にヴィルジールは小さく頷いた。


「既に資本の面では保守派は改革派に負けてしまっているからね……このままではランクロワ王国はどう足掻こうが、民主化するという未来しか見えない。もしそうなった時には、ランクロワ王国は親マリドの国になっているわけだ。そうするとガザン帝国はただでさえマリド共和国に手を焼いているというのに、親マリド化したランクロワとも国境を接することになってしまう……さて、その時のランクロワ王国は一体どちらに加担するのだろうね?」

「……」

「もちろん、王国には加担しないという選択肢もあるのだけど……ガザン帝国はどう考えるのかな?」


 ヴィルジールの話を聞いたマティアスは、絶対にガザン帝国がランクロワ王国に攻めてこないとは口が裂けても言えなくなってしまっていた。

 それどころか――。


「これは私の所感なんだけどさ……ランクロワ王国を攻めるなら、派閥が奇麗に二分化している今が狙い目だと思わないか?」

「――っ⁉」


 ヴィルジールの言葉に、マティアスは不気味な何かに腹の底を撫でられるような感じを覚えていたのだった。

 厳しい顔をしたマティアスの背を、嫌な汗が伝う。


「国王様はそれをご存じの上で……」

「ああ……何も行動を起こすつもりは無いと言っていた」


 ヴィルジールは絶句するマティアスを見ると、苦笑いを浮かべたまま続けた。


「不安を煽っておいてなんだけど……戦争になるかどうかはガザンの皇帝の思惑次第だから、本当のところはどうなるか分からない。それに、父上たちの言い分も分かるんだ」

「……それは、どのような?」


 そうは言うものの、あまり納得のいっていないという顔をしていたヴィルジールに、マティアスは話の続きを促した。


「そうだな…………父上の挙げた理由はおおまかに分けて三つあった」


 ヴィルジールはそう言うと、指数えのジェスチャーと共に説明を始めた。


「一つ――マリド共和国と停戦状態にないガザン帝国がランクロワ王国を敵に回した上で、二正面作戦を行うリスクを負う必要が今のところないこと。二つ――対ガザン帝国に備えた動きを見せることで、むやみに帝国を刺激したくはないこと。三つ――たとえ戦争になったとしても、王国の中央部に蓋をするように存在している二つの山脈と、その山間部に存在する土地が王国の歴史上一度も突破された例がないこと。特に二つ目については私に対して、余計な真似はしないでくれと釘を刺しているに等しいものだった」


 そう言うと、ヴィルジールは大きなため息を吐き、困ったような笑みをマティアスへと向けた。その笑みが、何か頼み事をしようとしている時の彼の癖であることを良く知っていたマティアスは、しょうがないといったようにヴィルジールへと視線を返す。


「貴方という人は……今度は一体、何をなさるおつもりで?」


 咎めているようでありつつも、諦めたようにそう言うマティアスに対して、「ははは」と笑ってみせたヴィルジールは、今までになく真剣なその眼光をもって幼馴染のマリンブルーの瞳を射抜いたのだった。


「マティのところの隊員を何人か貸して欲しい」

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