第8話
学園の舞踏会から六日後。
再びクレマン教頭のもとを訪れていたリアナは、部屋に備え付けられた応接用のソファで書簡に目を通していた。それを一通り読み終えてから、彼女は厳しい顔で向かい側に座るクレマンへと尋ねる。
「これは決定事項ですか?」
「そうです……エルネス君には闘技場にてアラン君と決闘をしてもらう必要があります」
「アラン殿はリーザルに対して決闘を挑んでいたにもかかわらず……ですか?」
「こちらとしても不本意ですが、そうせざるを得ませんでした」
「エルネスは私の精霊です。どうして拒否権が適応されなかったのですか?」
淡々と答えるクレマンに対して、納得のいかないリアナは
決闘とは、身分や性別が同じ者同士でしか成立し得ないものである。例えば貴族が市民に決闘を申し込んだ場合や、男性貴族が女性貴族に決闘を申し込んだ場合などは、決闘を申し込まれた側に決闘を拒否する権利が与えられる。
リアナが言っているのは、精霊のトラブルは召喚主である自分にその責が及ぶはずであり、さらにその場合は自分が女性であるのだから、アランからの決闘の拒否権を持つことが出来るはずではないか、ということであった。
「それについては、決闘の制度に『女性は自身の代役を立てることが出来る』とあることから、エルネス君をリアナさんの代役とすることで、何も問題が無いと判断されました」
「そんな……勝手な」
書簡には、エルネスが勝利した場合には学園の試験を免除し、敗北した場合には恒久的に学園の敷地への侵入を禁ずるとある。
あんまりな決定にリアナは絶句した。
「騎士学校側との協議の結果そうなりました……力及ばず、申し訳ありません」
「……っ」
頭を下げるクレマンに、リアナは言葉もなく奥歯を噛み締めた。
クレマンには責はない。リアナにもそれが分かってはいても、あまりにも不平等ともとれる決闘の条件に、不満が口をついて出てきてしまいそうだったのだ。
しばらく手に持ったままでいくつかの皺が入ってしまった書簡を、リアナはテーブルの上にそっと置いた。
「闘技場で決闘を行うことにも何か理由が?」
「箱庭闘技会の前座として扱うつもりであると聞いています。決闘当日は数万人の観衆の前で戦うことになるでしょう」
まるでエルネスが負けることを期待して誰かが仕組んだかのようなその決定に、リアナはうら寒いものを感じていたのだった。
◇ ◇ ◇
ランクロワ王国の王都シルアスには闘技場が三つ存在する。
その三つの中でも最も大きいとされるのが王都第一闘技場だ。この闘技場は、王都北西部の貴族街のさらに北西の端にあり、闘技場の外壁は王都をぐるりと囲う城壁の一部になっている。
王都を代表する建造物であるこの第一闘技場は、中央部のアリーナと呼ばれる場所の周囲を三階層からなるスタンドが囲う円形闘技場で、その全体像を上から見ると綺麗な楕円形をしていた。
スタンド部分にある観客席は一階席が貴族席、二階席が富裕層のための席、三階席が一般市民の席といったように身分ごとに分けられており、さらに一階席は貴族の階級ごとにおおまかに区分けされていて、その中でも王族だけが個室形式の席を設ける権利を有しているとされる。
そして――六月の第二週、太陽の日。
収容人数約四万人の第一闘技場は現在、一階席と二階席のほとんどが観客で埋められ、闘技場のアリーナ部分では余興としてミュゼットと呼ばれる楽器が用いられた曲と共に演舞が披露されていた。
舞踏会が女子が男子にアピールする場であるとするならば、『箱庭』は男子が女子にアピールする場と言ってもいい。そのため今日この時だけは、その身分にかかわらず学園生全員が最前列の特等席に座ることが許されていたのだった。
他の学園生達と同様に、その最前列の席にエリーゼたちと共に座っていたリアナは、どこか浮かない顔で演舞を眺めていた。彼女が時たま左手のあたりを気にしていることからも、エルネスを心配しているのは明らかだ。
そんな彼女の様子を、隣からエリーゼがちらちらと伺っていた。
エリーゼが気まずそうにしているのは、エルネスの決闘の相手であるアランという騎士学校生が自分の家――バーミリオン家の門下生であったためだ。
自分の知り合いがエルネスの決闘相手となったことを知ったエリーゼは、リアナの置かれている状況を伝えるべく、騒ぎが起こった翌日にはアランに手紙を送っていたのである。
ところが、いつまで経ってもアランから返信は帰ってこなかった。
アランの性格を考えれば、手紙を読んですらいない可能性がある。そんなアランであるが、彼は強いのだ。それも門下生であった時から一目置かれるほどに。
それを知っていたエリーゼは、リアナにどう話したものかそれとも話さないべきかと頭を悩ませていたのである。
しばらくして余興が終わり、アリーナから人がはけると、闘技場全体に響くほどの大きな太鼓の音が鳴らされた。
そのあまりの五月蠅さに顔を顰めるリアナ。
隣にいたジェシカに至っては目を丸くして、両手で耳を塞いでしまっているほどであった。
太鼓の音が止むころには闘技場の喧騒も止み、それを見計らったかのようにアリーナに通じる通路から壮年の男が現れた。騎士学校の校章がでかでかと入ったマントを身につけた筋骨隆々のその男は、アリーナの中央に立った途端、三階席に届くほどの大声で宣言した。
「これより、ランクロワ騎士学校、学内闘技会を開会する‼」
リアナ達が客席で演舞を見ていた頃、エルネスは闘技会の出場者用の控室にいた。
控室には椅子と机が一セットと、壁際に大きな武器の収納棚が置かれている。
それらは簡素なものである代わりに、室内には剣を振り回しても問題ないほどの十分なスペースが確保されていた。
そんな場所で、エルネスが何をしているのかと言えば――何故か椅子に座って一枚の紙とにらめっこしていた。しかも彼は自分の出番を待つ間、ずっとぶつぶつと何かを呟いていたのだった。
しばらくの間そうしていると、エルネスは突然鳴ったドンという音に体をびくつかせた。
その音が闘技会の開会の合図だと思い出したエルネスは、急いで紙きれをポケットにしまい、扉の横にある収納棚の方へ向かう。
『たしか、使っていいのは剣と盾だけだって言ってたっけ?』
ここにあるものは全て使っていいとは聞いてはいたが、どれもこれもがエルネスの見たことのないものばかりだった。
刺すことに特化した形をしているモノや、叩きつけて使うような先端のトゲトゲしたモノなど、取り扱いの難しそうな武器を見ながらエルネスは「うーん」と首を傾げる。
とりあえずと手近にあった細長い剣を手に取ってみたエルネスであったが、彼は手にした剣のガードの部分に細長い金属が巻き付いているのを見ると、
『……なんで剣にパスタが巻き付いてんの?』
と、困惑した表情で呟いた。
ちょうどその時、コンコンコンというノックの音と共に扉の向こうから声が掛けられた。
「エルネスさん、時間です!」
一拍ぶんの時間を要してやっと言葉の意味を理解したエルネスは、ぱっと目についた武器を適当に掴むと、アリーナへと急いだのだった。
アリーナの舞台の上では、決闘のための最低限度の防具であるレザー装備一式とマントを身に着けていたアランが、仁王立ちの姿勢でエルネスを待っていた。
彼はやって来たばかりのエルネスを見るなり、その腰に
「……やはり素人だったか」
エルネスが腰に佩いているのは、闘技場が貸し出している何の飾り気のないダガーナイフが二本。さらに、防具についても胸当て一つしか身に着けていない。
時流に
目の前の少年は教会が保護を申し出るほどの人物であるらしい――と、そうフェリクスから聞いていたアランは、エルネスに対する失望を隠せないでいたのだった。
眉を顰めるアランを見て、何か失礼でもしてしまったのかと勘違いしたエルネスは、一度自分の服装をチェックすると、首を傾げながら尋ねた。
「何か、ダメだった?」
「すまない……顔に出ていたか。君には何ら落ち度はない、気にしないでくれ」
アランの小難しい言い回しなどはまだ理解できなかったエルネスは、適当に「うん」と頷いて返す。
するとその時、二人の横から声が飛んだ。
「……君たち、もう試合を始めてもよろしいか?」
二人にそう問うたのは壮年の審判の男である。
「構わない」
「うん」
そうして、自分の問いかけにそれぞれが頷いたのを認めると、審判は大声で宣言した。
「これより、アラン・レッドフィールドとエルネス・ドラゴンキーパーとの決闘を行う‼ 両者、宣誓‼」
それを受けて、右手を胸に当てたアランが宣誓の言葉を言い放った。
「我――アラン・レッドフィールドは、己が信念のために戦うことを女神リュテイアに誓う‼」
アランがそう宣言している間に紙切れをポケットにしまっていたエルネスが、少し遅れてアランに続く。
「我――エルネス・ドラゴンキーパーは、己が名誉のために正々堂々戦うことを女神リュテイアに誓う‼」
互いに宣誓を終えると、アランは盾を持っていた左腕のアームガードを外して、エルネスに向けて精霊紋を見せつけた。
アランの左腕の前腕部には赤いトカゲの紋章がある。決闘相手に精霊紋を見せつけるというこの行為は、互いが決闘するに足る同格の存在であると確認するためのものだ。
本来は互いに精霊紋を見せ合うものであるが、精霊そのものであるエルネスには精霊紋は存在しない。その代わりにと用意してもらった証明書をアランに見せつけるべく、エルネスはポケットをまさぐって――ぴしりと固まった。
エルネスは焦ってポケットをひっくり返して見てみたものの、証明書は見つからない。あったのは、宣誓のセリフを書き写したカンペが一枚だけ。
困り切った彼は、ばつの悪い顔で審判の方を見た。
「……ない」
それを聞いて審判は渋面を作っていた。
審判の男はこの決闘の証人の役割を引き受けた時点で、既にエルネスの身分を含めた決闘に必要な情報は前もって確認していた。
そのため、格好はつかないが特に問題はないと判断した審判は、一度ため息を吐いてからアランに向けて言ったのだった。
「試合を始めます……準備はよろしいですか?」
「……精霊紋の確認が終わっていないのでは?」
「問題ありません、エルネス殿には精霊紋がありませんので」
「なに⁉」
驚いたアランはエルネスを凝視した。
精霊紋が無いということは魔法が使えないということ、貴族ではないということになる。
しかも相手はどこからどう見ても、成人前の子供だった。
つまり、エルネスに刃を向ける事は一般市民に刃を向ける事に等しく、それは弱者を守るというアランの正義に反していたのである。
そこまで思考が及んだ瞬間、アランは審判の方を睨んだ。
「審判よ……私は戦えぬ者へ振るうような刃は持ち合わせてはいないぞ?」
「その点については教会から『問題ない』と」
「教会が……? なぜ?」
「分かりません……これ以上時間を延ばすわけにはいきませんので、準備をしてください」
審判の言葉に納得がいかない様子であったが、アランはしぶしぶアームガードを付け直すと、盾を構えた。
対してエルネスはアランと審判のやりとりが終わったのを見て、ほっと胸を撫で下ろしていた。
宣誓をの言葉をちゃんと言えてよかった――と。
「ではこれより、試合を始める‼ ――――両者、構え‼」
静まり返った闘技場に、審判の声が良く通った。
その声に即座に反応したアランが、揺らめく炎のような刀身をしたレイピア――フランベルジュといわれるそれを腰から勢い良く引き抜き、自身の眼前に掲げた。
それを見たエルネスが、アランの動きを真似をするように右手に持ったダガーナイフを眼前へと移動させていく。
そして、エルネスのダガーナイフが所定の高さに達し、ピタリと動きを止めたその瞬間、アランは猛然と地を駆けた。
その距離を盾を構えながらただ真っすぐに走るアラン。
このような突撃行為は普段であれば決して行うことはない。がしかし、アランは今すぐにでも確かめたかったのだ――エルネスが戦士であるか否かを。
一撃入れてみればすぐにわかる。
そう考えていたアランはエルネスに肉薄すると、手加減など一切なく、
答えはすぐに帰ってきた。それも――アランが望む形で。
エルネスはフランベルジュにダガーナイフをやさしく添えてみせたかと思えば、ほとんど音のないままに斬撃の軌道を逸らしてみせたのである。
彼が披露したのは、美しいまでの受け流しであった。
しかし、上体が左に流されつつあったアランにはそのことに感心する暇などない。その時にはすでに、エルネスの反対の手に持っていたダガーがアランの首元を狙っていたからである。
「らあっ‼」
防御が間に合わない。そう考えたアランは体を沈めると、さらに一歩踏み込み、己の体格を活かしたショルダーチャージへと移行した。
手傷を負うことは承知の上で、エルネスを吹き飛ばし距離を開けることを優先したのである。
しかし、それは難なく
エルネスは直前でダガーを引っ込めると、アランの肩をハンドスプリングの要領で跳び越えていったのだ。
その瞬間、背筋が泡立つのを感じて、アランは急いで前方に転がった。
直後――アランのうなじの近くを鋭い風が通り過ぎる。
受け身を取り、すぐに背後を振り返ったアラン。
その時に彼が見たものは――上下逆さの状態でダガーを振り抜くエルネスの姿だった。
しかも、ダガーを振り切った姿勢のまま自由落下を始めていたエルネスは、中空で器用に体を捩じると、ネコか何かの動物のように四肢の全てを使って着地してみせたのである。
その間もエルネスの蒼い瞳は見開かれ、じっとアランを捕らえて離さない。
――まるで野生の獣のようだ。
エルネスの戦い方には型もへったくれもなかったが、その動きには確かに実戦を経験した者特有の匂いがあった。
それを認めた途端、アランは笑う。
戦士に対して気を使うなど、何と馬鹿らしいことか――と。
「精霊召喚‼ 顕現せよ、イグニスっっ‼」
前方に突き出したアランの左手、その先の空中に真っ赤な炎の玉が生まれた。そしてそれが地に落ちた瞬間――炎の玉はサラマンダーへと姿を変えた。
「フレイムアロー‼」
アランがそう唱えると、大きく口を開いたサラマンダーの目の前に赤く輝く魔法陣が現れ――矢の形に押し固められた五つの炎がエルネス目掛けて放たれる。
しかし、魔法の標的となっているはずのエルネスは、なぜかその瞳をきらきらと輝かせていた。
エルネスがアランの魔法の発動を許したのは油断などではなく、サラマンダーを召喚し魔法を発動する行為に感動していたがゆえ。
眼前に迫る炎の矢を軽業師のごとき動きで躱していたエルネスは、「かっこいい……」という呟きを漏らしてすらいた。
エルネスの背後で、地面に着弾した炎の矢が直径一メートルほどの爆炎を発生させる。
と同時に、アランが再びエルネスに向けて突っ込んでいった。
もちろん同じ失敗を繰り返すことはしない。
相手に肉薄するその間に剣の持ち方を変えていたアランは、エルネスの左
それに合わせてエルネスが左手のダガーを繰り出した途端、アランが右手首を返す。
フランベルジュの切っ先が上へと跳ね上がり、エルネスの喉を狙った突きへとその軌道を変化させていた。
迫りくる刃を咄嗟にダガーで受けたエルネス。彼の左耳のすぐ近くを、ギャリギャリと刃同士が擦れる嫌な音が通過していく。
そして、突き技を放ったアランのその隙をエルネスは見逃さなかった。アランの伸びきった右腕を目がけて、逆手に持ち替えた左手のダガーを突き立てんと振り下ろす。
「ゼプト・フレア‼」
「⁉」
挑戦的な笑みを浮かべながら呪文を唱えたアランの背後。
アランの剣によってちょうど死角になっていたその場所から、大きな魔法陣が発生するのをエルネスは見た。
「やばっ⁉」
エルネスが攻撃を躊躇した一瞬を逃さず、アランはバックステップを踏んでその場から飛び退る。
それから少し遅れてエルネスが後ろに跳び――。
直後、巨大な火の玉が二人の目の前で爆発し、真紅の業火がエルネスだけでなくアランさえもを飲み込んだ。
闘技場の中央で燃え盛る直径八メートルの巨大な炎。
アランの放ったその自爆技に観客は皆、息を飲んでいた。ジェシカに至ってはその光景を見ていられなかったらしく、「ああっ⁉」と悲痛な声を漏らして顔を押さえてしまっている。
「アランったら、やりすぎじゃありませんの⁉」
「もともと加減とか考えられる頭してないでしょ……アイツ。エルネス君が強かったせいで、手加減できなかったのかもしれないけれど」
隣で何やらエリーゼとアリシアが言い合っていたが、そんな二人の声は、ぽかんと口を開けたまま固まっていたリアナの耳には全く入っては来なかった。
それは、エルネスが炎に飲まれたことにショックを受けたから――ではない。
左手の精霊紋が、エルネスの勝利の意欲をリアナに伝えていたからである。
しばらくすると、炎の中から黒い何かが飛び出した。
その物体はアリーナを転がるようにして炎から離れると、もぞもぞと動き出す。
そうして黒い布のようなものの中から
「うおお!」
観客がアランの勝利を確信して湧き上がる。
しかし、アランはいくつもの声援を受けながらも、フランベルジュを構えたまま燃え盛る炎の前から動かなかった。
アランの様子に違和感を覚えたのか、観客の声が騒めきに変わり始めたその時、突如として巻き起こった暴風が炎をかき消した。
炎の中から現れたのは大きな白銀の翼。
人一人包み隠せるほどの大きな翼を背に現れたのは、アースアイの瞳の奥に銀色の光を宿した少年――エルネスである。
エルネスはその目にアランを認めた途端、背に生やした翼を羽ばたかせ猛然と宙を駆けた。
「――くっ⁉」
先の攻撃でほとんどすべての魔力を使い、剣術のみでの対応を余儀なくされていたアラン。彼は一瞬にして間合いを詰めてきたエルネスへ向けて、体が動くに任せて突きを放った。
眼前に迫りくる刃をエルネスはローリングして躱すと、さらにフランベルジュを舐めるような軌道で宙を舞う。
咄嗟に突きから横への斬撃に変えたアランの剣先は虚しく空を切った。
フランベルジュの剣先がエルネスの髪を掠め、その拍子に銀髪がはらりと散っていく。
その直後、エルネスは突撃した勢いをほとんど殺すことなく、無防備となったアランの右脇腹をすれ違いざまに両手のダガーで切りつけた。
エルネスが狙ったのは金属の留め金の類が存在しない、皮鎧の継ぎ目である。
「ぐっ……⁉」
しかし、二振りの刃がレザーアーマーの繋ぎ目に触れたその瞬間――ギィンという鈍い音が響いた。
自身の攻撃が決まったと確信していたエルネスは、ダガーから伝わる手ごたえに驚き、目を丸くしていた。
エルネスは知る由もないことであるが、『箱庭』で使用可能なレザー装備には魔獣の皮から作られたものが含まれており、その装備は鋼鉄製の武器では貫くことは出来ない。
また、闘技場が貸し出している武器のほとんどは鋼鉄製――つまり、エルネスの武器では貫くことは難しかったのである。
それを良く知っていたアランは、歯を食いしばって鈍い痛みを耐えていた。
アランに攻撃を加えるためにエルネスが速度を緩めたこの時、この瞬間こそがアランにとっての最後の好機。
アランの戦士としての勘が、今ここで全力を振り絞れと訴える。
スローモーションに見える景色の中で、アランは自分の横を銀色の翼が通過するのを間接視野で捉えていた。
「はあああああああっ!」
彼は振り向きざまに両手で握りしめたフランベルジュを大上段に構えると、烈士の気合と共にその剣を振り下ろす。
そして、フランベルジュを振り下ろすその最中に、アランは見た。
エルネスがまともに空を飛んでいるとは到底思えない不可解な動きで繰り出した回転蹴り、その踵が自分の顎を目がけて放たれたのを。
そのときアランは自身の敗北を悟った。
――まるで得体のしれない化け物と戦っていたようだ。
高速化していた思考の中、アランは自分の意識の刈り取られるその時まで、戦いの余韻を噛み締めていたのだった。
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