後編「尽力しますわっ!」



「あらあ、ずいぶんと豪華な内装ですのね。金の装飾がたくさん……お好きなのかしら?」




アイル地方、ダブリィンの市街地にある役所に着きました。


この地方にある町、コークゥ・リムリィク・エニャスの統括は、ここダブリィンの町長が兼任しているのです。




わたくしたちは応接室に通され、町長兼所長が来るのを待ちます。




「まあぁ、ソファもふかふかしていますわね。座り心地はいいけれど、このふかふかっぷりでしたらぜひ寝室に置きたいですわ」




きょろきょろとはしたなかったかしら、と思ってオーエン様を窺うと、何やら難しい顔をしていらっしゃいます。




「やはり、豪奢すぎますわよね。

いくら複数の町を統括する役所の所長だからといって、これほど金をあしらった装飾を置けるほどの収入はないはずです。それに、所長はジョン・ブラウンさん、でしたわよね? ブラウン家は代々ドイル辺境伯家に仕えていたクラーク家を押しのけて、先代の時代にアイルの統括になった。

もともと農家で、十年ほど前に統括になったばかりなのに……。それまでにそんなに蓄えがあったとは思えませんし……きな臭いですわね」




そういうと、オーエン様はわたくしがそこまでこの地方に詳しいことに感心なさってうなずきました。

嫁ぎ先の領地のことですもの、知っていて当り前です。というのもありますけれど、いちおう王子妃になる予定でしたので、国内はもちろん近隣諸国の事情も知識としてあります。


まあ、過ぎたことはいいのです。これからはオーエン様のお役に立つよう頑張りますっ!




少し待つと、恰幅の良いな男性がやってきて、自分がアイル統括のジョン・ブラウンだ、と挨拶してくれました。もちろんオーエン様は面識がありますが、わたくしは初めましてでしたので、丁寧に挨拶をしました。




オーエン様が治水工事についてお話をされて、わたくしも詳しいところを補足していきます。




するとどうでしょう。ブラウンさんは、それはお金がかかりすぎる! とおっしゃるのです。大規模工事ですもの、当たり前ですわ。



「アイル地方全体の問題ですので、地域保全のための予算からも出してもらうことにはなりますが、先ほどドイル伯がお伝えしたように、辺境伯家からもそれなりに支援はさせていただきます。そのため、こちらからも会計士を何名か派遣させていただくことになります。予算の管理はこちらの会計士と役所の会計科の皆さんとで上手いこと回してくださいませ」




『悪魔の瞳を持つ鮮血の辺境伯』が来たというだけで最初から大きなタオルで汗を拭きながら入室してきたブラウンさんですが、わたくしがそういうと、焦ってさらに大量の汗を流し始めました。内部調査もかねて、と思ってそう告げたのですが、これはもう、黒決定でしょうね。




「あら? 大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけれど……。具合が悪いのでしたらわたくしたちはここで。お話もできましたし、あとは資料をまとめてこちらのものに持たせます。ドイル伯、よろしいですか?」




わたくしがオーエン様を見やると、オーエン様も今日はここまでと話を切り上げることになりました。




役所を出て、馬車に乗り込みます。


オーエン様は、やはり横領の疑いが強いという判断で、ジョン・ブラウンを調べることにしたようです。




「よかったですわ。4つの町があるこのアイル地方は、辺境伯領の中でも結構な予算が振り分けられていたはずです。

それなのに毎年河川の氾濫が起きるのにその場しのぎでしか対処していなかったなんて、きちんと役場が機能されていない証拠ですものね。早急にトップを入れ替えるべきですわ。さすがのご英断です。前任のクラーク家にはもう使いを? まあ、仕事が早いですこと。素晴らしいですわ!」




その後はゆっくりとお屋敷に戻りました。


川の視察に役所に河川の氾濫の対策を提案して、移動は快適な馬車でしたし、充実した一日でしたわ。



このあとの夕飯はオーエン様とご一緒することになっています。楽しみですわ。











「まあ! なんて美味しいのでしょうか! 前菜のサーモンは油がのっているけれどレモンと合わせることでさっぱりと食べられますし、ケールのサラダもドレッシングが……あら、これはダブリィンで買ってきたキネシュビールを使っていますの? まあぁ……とても美味しいキネシュシチューですわぁぁ……! スープにつけて食べるソーダブレッドは、噛めば噛むほど味が広がって……どれもとても美味しいですわ! ええっ、デザートもいただけますの? もう、これ以上はほっぺが落ちてしまいますわっっ!」




わたくしは大満足でお食事を終えました。どれもすばらしいお料理でしたわ。公爵家お抱えのアルタァンの料理とは違った魅力がありますわね。ここでの暮しもとても楽しくなりそうですわっ。




「ごちそう様でした。まだ少ししかお話ししていませんが、料理人のニーシャさんはとっても腕がいいですわね! 数年前まで世界を回って武者修行をしていたと聞きしましたわ。今回はこのあたりの料理を振舞ってくださったのですね。嬉しいです。あとでお礼を言いにいってきますわね」




わたくしは大満足して食後のお茶をいただきます。するとオーエン様が、「今日は視察に同行してくれてありがとう」と言ってくださいました。






会ったこともない女が急に婚約者になったと押しかけてきたのに、追い返すことなく受け入れてくださったあなた様。




早く仲良くなりたいからと身の回りをうろちょろしているわたくしを追い払うことなく視察にまで同行させてくれたあなた様。




出しゃばりすぎるなと言われ続けたわたくしに、その知識を生かして領地改革に協力してくれと言ってくれたあなた様。






ああ、わたくしはますます、あなた様のことが好きになってしまいました。










「こちらこそ、ありがとうございます。




わたくしは、あなたに出会えてとても幸せです。






どうか、末永くよろしくお願いいたしますね」










え? まだ結婚を承諾したわけではない?






あら、手ごわいお方。




いいですわ。






これからわたくしのいいところをたくさん知ってもらって、そちらから結婚したい! と思っていただけるよう尽力しますわっ!














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わたくしを、もらってください辺境伯さま。 井上佳 @Inoueyouk

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