中編「すぐに準備してきますわ」



「おはようございます。いい朝ですわね!」




辺境伯様ことオーエン様のお部屋に入り元気よく挨拶をしたら、彼は大変驚いた顔で固まってしまいました。まあ、朝から驚かせて しまい申し訳ないですわ。何をしに来たのかって言われてしまいましたわ。




「旦那様のお世話をしに参りましたのよ。今日は朝から暖かいので、少し冷たいお水を用意しました。洗顔はこちらでどうぞ。


そうそう、タオルはこれ、すごいですね! この地の名産品なのでしょうか。とてもふわふわで…え? なぜ君が、って。ウナさんのお仕事を代わってもらいました。なるべく一緒に過ごしたほうが、わたくしのことを知っていただけると思って。


ええ、そうです。昨日、お屋敷に到着した後皆さんにはご挨拶させてもらいましたわ。



これから一緒に暮らす大事な家族ですからね」




家族、という言葉が引っ掛かったようで、オーエン様は聞き返していらっしゃいました。我が家では、家に仕える方々も含めて家族として 接してきました。もちろん、主人と使用人、としての立場は忘れたことはありませんが、皆大切な家族です。




「ふふっ、おかしなオーエン様。


お召替えはこちらでよろしいでしょうか? いえ、お気になさらないでください。確かにわたくしは公爵家の令嬢ですが、働いていないと落ち着かなくて……ほかにも御用がありましたらなんなりと。



あら、どうなさいました? お着替えもお手伝いできますわ。


そんなに慌てて、あら、ちょっと……」




追い出されてしまいました。まあ、仕方ありませんわ。裸を見られたくない男性もいますわよね。朝食の用意をお手伝いしてき ましょう。











「こちら前菜のサラダです。上に乗っているのは、低温調理してからカリッと焼いた鴨肉のローストですわ。赤ワインベースのドレッシングをかけてお召し上がりください」




朝食のメインは、と説明しようとしたら、なぜ君が給仕をしているのか、と聞かれました。




「それは……一緒に過ごす時間をなるべくたくさんとろうとれるように……」




一緒に食べればいい? あら、確かにそうですわね。つい料理に夢中になって失念していました。




「わたくしの作った料理を食べていただきたくてついつい給仕する側に回ってしまいましたわ。昼食からはご一緒させてくださいませ」




そういって給仕を再開すると、オーエン様は本日は領地の視察に出るので昼は屋敷にいないとのことです。




「まあ! でしたら視察に同行させていただきたいですわ! お邪魔はいたしません」




わたくしは、少し興奮したように前のめりに挙手しました。するとオーエン様はのり出したわたくしを手で制してから了承の返事をくださいました。




「ありがとうございます! 一時間後ですね。すぐに準備してきますわ」











「お待たせしてしまいましたか?」




急いでいろいろと用意してエントランスに来ると、すでにオーエン様はお支度を終えて待っていました。


お待たせして申し訳ないと言えば、わたくしの着ているワンピースに興味をお持ちになられたのか、まじまじと見ていらっしゃるので、簡単に説明させていただきました。




「この服は、ひとりで簡単に着替えられる、ちょっとしたお出かけ用のワンピースですのよ。

裾は引きずらないように少し短くしていて、足元がさらされないように長めのブーツを…ええ、とても歩きやすいのですよ。わたくしのブランドの中でも売れ筋商品ですわ」




わたくしの手がける事業の一つに、服飾ブランドの展開があります。オーエン様はそのことが気になったのか、聞いていらっしゃったので、夜会用のドレスから夜着、靴にバッグにアクセサリーまで、わたくしがデザインしているということを話しました。




「あとでカタログをお持ちしますわ。商品一覧が載ったものがありますので。

詳しい説明は……いえ、いけませんわ、すみません。御用が済みましたら、空いた時間にご説明させていただきますね。さあ、出発いたしましょう」




エントランスを出ると、大きな馬車と立派な馬が寄せられていました。




「まあ、さすが辺境伯領の馬車ですわ。とても……強そうですわね!」




聞けば、このまま敵陣に突っ込んでも大丈夫な頑丈さ、とのことです。素晴らしいですわ!


あら、でも、戦でも使うのでしょうか? 馬車を……?




「内装も、シンプルですがとても質の良いものをお使いですのね。あら、ジュンガ産の布ですわね! すてきですわ」




オーエン様は、長時間の移動にも快適なように作られているのだと説明してくださいました。


しばらく馬車に乗っていると、目的の場所に到着したようです。




「ここがシャルノン川ですのね。きれいな水が流れていますわ。先ほど馬車の中で説明してくださった水害についてですが…この川はブルームン山から流れてきているのですよね? ブルームン山は標高が高いですもの、やはり上流と下流の高低差が多いと水害が起きやすいですのね。


このあたりですと、放水路を作るのはいかがですか? 大規模な工事になりますが、そのぶん雇用も増えますし。新たな水路の脇にも家を建てて田畑などを増やせるし、おすすめですわ」




そういうと、オーエン様は目をパチパチとさせ不思議そうにこちらを見ています。おかしなこと言ってしまいましたか?


と、思いましたが、どうやらわたくしの提案に驚いたようです。




「ええ。治水についてもひと通り学んでおりますし、自領でいろいろ試していますからお役に立てるかと」




オーエン様は、是非わたくしの案を採用したいとおっしゃいました。その知識を生かして河川保全事業に協力してくれ、と。


この辺り、アイル地方は毎年雨が多く降る秋口に川が氾濫するので、近隣の町をまとめる役所が、対策として土嚢を積んだり川に近づかないよう警告したりしていたそうです。でも、それでもその場しのぎにしかなっておらず、どうにかならないかとオーエン様のところへまで話が上がってきたとのこと。




「それでしたら放水路は有効な手段だと思いますわ。近隣の町が協力しあえるのでしたら、大規模な工事でも対応できるでしょう。すぐに地質調査をして、水を流す場所を探しましょう」




方向性が決まったらすぐ実行! ですわ。



と、その前に。




「あの、実は……。ご昼食は外になるとおっしゃっていたので、こちら、公爵家の専属料理人アルタァン直伝の具沢山サンドウィッチです。よかったらお昼にしませんか?」




わたくしはサンドウィッチが詰まったバスケットを馬車から持ってきました。


オーエン様が承諾してくださると、随行していた侍女のイーファが椅子やらテーブルやらをセッティングしてくれました。

もちろん、護衛の皆さんやイーファの分もありますので、それらを渡していると、オーエン様は不思議そうにしています。




「え? ええ、皆さんの分もありますわ。出かける支度をしているときに作っておきましたの」




あの一時間で? と驚かれてしまいました。パンはあるものを使わせてもらったので、切って塗って挟んで、くらいしかしていませんし、そんなに時間のかかるものではございません、と説明させていただきました。




「お口に合ったようで、安心しました。アルタァンのサンドウィッチは、具材が多彩で、飽きずにたくさん食べられますの。ぜひあなたにも、わたくしのお気に入りの味を食べていただきたくて……」




サンドウィッチを食べ終わり、食後にイーファが淹れてくれたお茶を味わいながら午後の予定を聞きました。


このあとは、ダブリィンにある役所で先ほどの治水の件をお話になるとのことで、わたくしにも同行してほしいと言ってくださいました。







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