会いとか来いとか言っちゃって

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会いとか来いとか言っちゃって

 私は岐路に立たされていた。目の前には眼鏡を掛けた女が居て、見えないけど眼鏡の下は真剣な表情でいるのだと思う。頭に浮かぶ選択肢は、「ごめんなさい」と、無視すること。穏やかな秋風が私の前髪を嫌味ったらしく揺らす。あなた大変ですね、私吹いてますけど、みたいな感じですごく腹が立つ。


 ——好きです、付き合って下さい


 私が一度も口にしたことの無い台詞を、彼女が高らかに告げてから数秒。未だにどうしていいのか分からない。というかこういうのは放課後の校舎裏でやれ。登校時間の校門の前でするな。え、なにー? って顔で皆こっち見てるから。

 きっと、「あの。すみません、ちょっといいですか」と声を掛けられて、足を止めてしまった時点で私の負けだった。今になってそう思う。だって、私に話し掛けたんですか? って言ってるようなものだから。そして目の前の同じ制服を着た女子は「そうですあなたです」という素振りで表情を崩さない。

 肩に掛けたスクールバッグをギュッと握ると、私は勇気を持って一歩踏み出した。もう一歩。さらにもう一歩。そう、私は一度立ち止まったにも関わらず歩き出した。考え得る限り最大の悪手である自覚はあるけど、私は突然始まった謎イベントの重圧に耐えられるようなメンタルはしていない。

 いやお前いま絶対告白聞こえてたじゃんって周りにいる大勢に思われるはずだ。何かを言われたら、イヤホンしてて聞こえなかったって主張するから平気。っていうかそう主張したいから誰かなんか訊いて。

 後ろから眼鏡の女子が追ってこないことを願いながら、いや追ってこなかったらそいつ今日授業サボりじゃんと気付いて絶望する。どう足掻いても向かうところは一緒なはず。私は早歩きで校門から離れて、0.1秒で靴を履き替えて教室に向かう。

 二年一組。廊下側の、真ん中くらいの席。そこが私の居場所。着席した私は机の横に鞄をかけると、まずは深呼吸をした。今日も周囲から溢れる感嘆のため息が私を彩る。顔がいいせいで、私はこのクラスの高嶺の花だ。いや学年の、と言っても差し支えないだろう。自惚れなんかじゃない。というかこれが自惚れだったら相当ヤバい。”in朝の登校時間の校門の前”はさすがに気が狂ってると思うけど、これまでも数えきれないほどの告白をされてきた。もちろん男子が多いけど、たまに女子からも。

 本当に顔だけはいいから、そういう機会がたくさんあった。しかし、ピンときた人がいないから、未だに誰かとお付き合いしたことはない。高二といえば青春真っ盛りで、周りでそういう話があるのも当たり前に感じられるようになってきた。私、顔ヶ目茶かおがめちゃ 良子よしこは、愛とか恋とかを知らなくて、知りたいとも思っていない。


 ***


 迎えた放課後は呆気ないものだった。てっきり今朝のことを誰かに訊かれたりすると思っていたのに、誰にも触れられなかった。そして気付いた。”アレ過ぎて触れてはいけないもの化”したのだろうと。誰も触れてこないのであれば、私だってそうする。忘れる。多分、今晩夢に見るけど。

 私は時折声を掛けられながら昇降口を目指す。「また明日」「いま帰り? 気を付けてね」「ごきげんよう」。たまにお嬢様っぽい言葉で接してくれる人がいるけど、ここ名門どころか女子高ですら無いから本当に謎。ごきげんようなんて昔やってたテレビ番組の話をする以外で口にする機会ある? って思うんだけど。

 そうして辿り着いた下駄箱。靴を手に取ろうとした私が触れたのは、別のもの。とはいえ、驚くことはなかった。なぜならばラブレターというものを定期的に経験している私に隙はないから。 

 何も書かれていない白い封筒を少し不気味に思う。大体、適当な柄や色付きだったりするのに。ひっくり返して見ると、真っ赤なハートのシールで封がされていた。だからこれ何。漫画やイラストでラブレター描けって言われたらこう描くわっていうデザインのそれ。私は既に嫌な気持ちになりながら中を開けた。


「うん?」


 ——先日は先輩の求愛を無下にしてしまい、申し訳ございませんでした。私としましてはもう少し段階を踏んで関係を深めていくつもりだったと言いますか……驚いてあのような態度を取ってしまいました。貴方を傷付けたのではないかと考えない日はありませんでした、本当にごめんなさい。とはいえこれらは全て言い訳に過ぎません。私は


「いや怖い怖い怖い」


 まだ最後まで読めてないけど、下の方には「死を以て」とか「壊して」とか、不穏な単語がゴロゴロと並んでいる。やけに字が綺麗なところも怖い。こういうフォントありそうってくらいに整った字で、私との思い出について触れている。架空の。

 そう、架空の。私は誰にも求愛していないし、拒絶された記憶も無い。私とのストーリーを勝手に思い描いてそれを本人にぶつけて来てる。夢小説を本人に送りつけてるのと実質やってること一緒。ヤバいよ、こいつ。

 あと私は結構アホだから、ところどころ読めない漢字がある。せめて理想を押し付けるのは妄想の内容だけにして欲しい。先輩なら読めない漢字とかないんだろうなぁという考えを押し付けるな。振り仮名を書けバカめ。


「ふぅ……」


 怖い単語が転がっているので、びっちりと書きこまれた文字の全てを読んだ訳じゃない、けど……私は戦慄した。文末に、学年とクラス入りで記名してあったから。普通、こんなヤバい文面を送っておいて自分が何者なのか明かす……? 私だったら絶対に知られたくないけど……。


「後輩だ……」


 自分よりも短い人生を歩んでいるはずの女が、こんなに恐ろしく感じるだなんて。名前は、手玖尾てくび 霧奈きりな

 そこでピンときた。秋風に揺れる緑の布を思い出したのだ。一年生は、セーラー服のリボンが緑色。ちなみに二年がカーキで、三年が黒。制服デザインした人マジでセンスないからデザイナー引退してて欲しいって週一くらいで考えてる。


「あの女……」


 校門で告白してきた頭のおかしい女。霧奈という、どことなく儚げな名前であることに理不尽な怒りを抱く。すごい眼鏡だったし、名前は「瓶底びんぞこぐりんぐりん」とかじゃないと納得できない。娘にそんな名前を付けるなんて虐待としか思えないけど、どうしても納得できない。

 ふと、違和感を感じて封筒の中を覗くと、何かが入っていた。


「これは……」


 真っ赤な紙に黒い字で、「本日、校舎裏でお待ちしております」と書かれていた。

 まず赤い紙に何か書いてあるなんて戦地に招集かかるヤツしか知らないし、なんで時間を指定していないんだ。これじゃまるでずっと待ってると言われているみたいだ。


「……いや」


 待ってそう。日が暮れても、夜になっても、ずっと居そう。こんなイカれた妄想を本人に叩きつけて、公衆の面前で告白をカマすような女が、まともな訳がない。

 とはいえ、私が行く義務はない。勝手にずっとそこにいればいいと思う。けど、来なかったと逆恨みされるのも嫌だ。また頭の中に選択肢が浮かんでいる気がする。

 行くか行かないか。散々悩んだ結果、私はあの女にはっきりと断りを入れる為に、校舎裏に赴くことにした。あと、もう二度とあそこで告白するなって教えてやりたい。これ以上被害者を出させない為に。



 ***


 校舎裏にやってきたけど、そこには誰もいない。人の気配もない。顔面偏差値が激高なこともあって、私はこの場所を良く知っている。隠れて待っていられるような場所は無い、はず。悪戯だったのだろうか。それならそれでいいと、その場を離れたようとした、その時だった。


「待って!」

「へ?」


 斜め上から声がする。きょろきょろしていると、近くにあった窓が開いて、女が窓から飛び出してきた。あの教室は、理科室? まさか校舎内で待っているとは……。


「ふふ。これで掴みはバッチリ……」

「第一印象最悪なんだよな」


 なんだこの女。片手を地面に付いて、颯爽と着地を決めている。顔を上げると、私の顔がどこにあったのか寸分狂わず分かってたみたいに目を合わせて、ニッと笑ってきた。タヌキ顔で、結構可愛い。断言する。今朝のぐりんぐりんとは別人だ。

 逆になんでだよ。手紙の主と今朝の女、同一人物であって欲しかったよ。

 頭が痛くなるのを感じながら、私は真っ赤な紙を胸くらいの高さに持って見せた。


「これ、アンタ?」

「うん♥ 久々だね、先輩」

「……なんでこんなものを?」


 久々もなにも、初対面なんだけど……。でも、とりあえずはこうなった経緯を説明してもらうことにした。しかし、それは意味不明な言葉によって、一瞬で片付けられた。


「って言われてもな……先輩と過ごすことになる未来をあらかじめしたためて渡しただけだから」


 いや意味分かんなくて怖い。こいつ国を滅ぼした時も表情を変えずに「一つの国を滅ぼしただけだけど」って言いそう。っていうか、こいつの妄想の中では私から手を出す予定になってるんだよね。やりたい放題過ぎるだろ。


「っはー……ここに呼んだ理由は?」

「は?」

「え?」

「私は先輩を呼んだ理由をいーっぱい書いたけど」


 霧奈の目が一段階細くなる。さっきの、ちょっとほわっとしたギャルっぽい空気はどこいっちゃったんだろう。急に寒くなった気がするんだけど。

 あ、書いてたんだ、って思った。でもそんなことを口に出来る空気じゃない気がする。そんなことを口にしたら「どうして読んでないの?」ってナイフでずしゅずしゅってされるような、とんでもない威圧感を感じる。


「ねぇ。書いたけど」

「……」

「まさかと思うけど、読んでない?」


 いつの間にか、霧奈の目はギンギンだった。国宝級の日本刀を想起させる、スパスパの刃物みたいな目で私を見ていた。

 でも、ここで適当に話を合わせてしまったら、それこそ後が厄介だ。私は決断した。肝心なところをオブラートで包みつつ、ありのまま伝えてみる、と。


「読んでないよ」

「……なんで?」


 心臓がひゅってなる。だけど私は屈しない。多分これが正解だと信じて言葉を紡ぐ。


「待ち合わせ時間が書いてなかったから。ずっと待ってるのかなって、急いで来ちゃった」

「……!」


 よし、なんかよく分からないけど、上手く行ったっぽい。読んでないことを伝えつつ許された。そしてここから、私はすかさず言葉を続ける。好感度が上がり過ぎないようにしなければいけないと思ったから。


「でも、どうして私のことを? 初対面だと思うけど」

「っっっっっっっっっっっっっ!?」

「いやどんだけ息飲むんだよ」


 大丈夫? 息イッキしてる勢いだけど。

 だけど、こんな分かりやすいギャルと邂逅した記憶はない。謎を解き明かすため、私は彼女の言葉を待った。


「音楽室の場所、教えてくれた」

「……うん?」

「入学したてでまだ友達が居なかった時に、助けてくれた」

「……っあー」


 確かにそんなことがあった。言っちゃなんだけど見るからに友達が居なさそうな地味な子が、半ベソかきながら廊下を行ったり来たりしてたから声を掛けた。前の授業で爆睡してて起きたら誰も居なかったとかなんとか。もう本当に自業自得でしかないなって思いながら、場所を教えてあげた。


「思い出した」

「それから先輩が好きそうな女子にイメチェンしたってワケ☆」

「勝手に私をギャル好き百合キャラにするな」

「先輩のためにたくさん努力したよ」

「まぁ、それはわかるよ」


 だって、数ヶ月前に出会った女の子と同一人物とは思えないから。見た目をガラッと変えるには努力も必要だけど、度胸もそれと同じくらい要るはず。人一人が変わるきっかけになれたのは、素直に光栄だと思う。


「先輩との夢小説もたくさん書いたよ」

「流れ変わったな」

「母の勧めで登場人物の名前変えて公募に出したら賞獲ったよ」

「結果を出すな」


 ちょっと待って今、母の勧めって言った? お母さんどういう気持ちで娘の夢小説読んだの? 親子セットで怖いんだけど。


「私以上に先輩を愛してる人なんて居ないから、私と一緒になるべきだと思う」

「えぇー……」


 確かに私は性別に頓着はない、と思う。そんなことよりも気が合うかの方がよっぽど重要だ。とはいえ、この子と付き合える自信は無い。なにかする度に「先輩はそんなこと言わない」とか「解釈違い」って言われそう。私が本人なのに。

 きっと、断り方が重要だ。期待を持たせてもいけないだろうし、かと言ってキツい言い方をすれば逆上するかもしれない。


「……恋人を作る気は無いよ」


 これでどうだ。あなたがダメなんじゃなくて、そもそも受け付けていない、と。これなら必要以上に機嫌を損なうこともないだろう。ひりついた感情の中、ゆっくりと顔を上げると、平然とした表情の霧奈がいた。え、何? 大して傷付いてなさそうだし、もしかしてドッキリだった……? いや、私には後輩を音楽室に連れて行った記憶がしっかりとある。顔も声も覚えてないけど、でも……。


「分かった! じゃあ、パートナーってことだね!」

「……」

「先輩?」


 いや違う違う。

 私が言ったのはそんなポジティブな言葉に要約されるようなことじゃない。


「びっくりして閉口したわ」

「え? 閉経?」

「口だよ。なんでびっくりして生理止まるんだよ」

「そう……」

「若干残念そうなのも意味分かんないし」


 なんだこいつ。私に閉経して欲しいのか。そうなったとしても霧奈にメリットは無いはずだけど。だけど、霧奈は嬉しさを隠しきれない様子で言った。


「閉経したらもう子供は望めないよね。私のせいでそうなるなら当然私が責任を取るべきだよね。つまり人生のパートナーになって償うべきだと思うんだよね」

「めちゃめちゃ強い人とスマブラやってる気分だわ」


 復帰上手すぎて全然残機減らないやつ。起こった事象全てをプラスに解釈するな。もう逃げるしかないと思ったけど、体を動かす直前に思い付いた。走って逃げるよりも、きっとこっちの方がいい。自分でもなかなかの妙案だと思う。


「今、私に不幸があることを喜んだ?」

「あ、いや」

「嬉しそうに話したよね」

「……そういう、意味じゃなくて」

「私が事故に遭って歩けなくなっても、お世話が出来るって喜びそうだね」

「それはそうだけど」

「そういう人とは付き合いたくない」

「ちょっ、先輩! 待って!」


 霧奈に背を向けて校門へと向かう。私はこのまま帰るつもりだ。手が震えてる。極端な例え話をしたつもりだったのに、肯定したよアイツ。つい「いや”そうだけど”ってなんやねーん」ってツッコミそうになったもん。

 背後に神経を全集中させながら、脚を動かす。追ってくる気配は無い。無い、と思う。まぁ私を怒らせたと思ってるだろうし、しかも図星だったワケだし、申し開きのしようがないよね。

 角を曲がると、少し歩調を早める。校門を左に出ると、背後から声を掛けられた。一瞬びっくりしたけど、私は耳馴染みのあるその声を歓迎した。むしろ、待っていたと言っても過言ではない。


「よーしこ」

「可憐!」


 振り返ると、そこには心のどこかで待ち望んでいた子がいた。ふわふわの髪が夕陽を浴びてキラキラと光ってる。小柄な体のせいか、ほとんど同じサイズである筈のスクールバッグが大きく見えた。彼女は、字戸杉あざとすぎ 可憐かれん。私の幼馴染で、通う学校は違えど、たまにこうして迎えに来てくれる。

 いつもサプライズみたいに私を校門前で待ち構えているので、事前に連絡が入ることは少ない。可憐はすごくタイミングのいい子で、私が暇にしてる時に限ってこうして迎えに来て、たまに遊びに誘ってくれたりするのだ。今日まで、これほど彼女を待たせたことはなかった。


「今日、遅かったね」

「ごめん、待たせて」

「可憐が勝手に来てるだけだもん、良子は悪くないよ」


 可憐は、心からそう思っていますという表情で言う。だけど、私のためにここで待っていてくれた可憐が悪いだなんて結論になると、こっちもちょっとムキになってしまうというか。良かれと思ってしてくれてることが悪いなんて、そんなの酷い。


「可憐は悪くないって」

「……」

「可憐?」

「あ、ううん!」


 一瞬、可憐の愛くるしい目が校舎の中を見て絶望するような眼差しになってたんだけど……まぁいきなり絶望するなんてことはないから気のせい、か。

 行こうと声を掛けようとしたところで、可憐に遮られてしまった。私の腰に抱きついて、胸に顔を埋めている。それ、息出来てる?


「どしたの?」

「これはねー、充電!」

「はは、変なの。行こ」


 そうして私達は家に向かう。幼馴染だけあって家はかなり近い。友達と帰っても、バイバイしたあとの帰り道は一層寂しく感じたりするから、そういう意味でも可憐と帰るのは好き。

 私は今日あったことを可憐に聞いてもらうことにした。朝、校門でいきなり知らない女子に告白されたこと。どんな子だったか聞かれて、眼鏡の、それ以外印象がない子と伝えると、可憐は驚きの声を上げた。


「え〜! どこにでもいる感じの子がそんな突拍子も無いことするなんて、びっくり!」

「もう本当だよ。嘘でしょって思ったもん」

「良子はどうしたの?」

「それが……どうしていいか分からなくて、聞こえなかったフリして急いで教室に向かったんだよね」


 今でもあれが正しい選択だったのか、分からないでいる。すると、可憐は言った。もっとちゃんと振らなきゃダメだよ! と。いつもはふんわりしている可憐だけど、やけに語気が強い。


「そうなのかな」

「そうだよ!」

「でも、大勢の前で振られるって、可哀想じゃない?」

「大勢の前で告白してくる方が悪いじゃん!」

「確かに」


 もうぐうの音も出ないくらいの正論で辛い。自分でこの考えに至れなかったことが恥ずかしいレベルだ。私が可憐の言葉に納得していると、彼女は怒った顔で腕に抱きついてきた。


「良子、美人なんだから毅然と振る舞ってね!」

「はいはい」

「ねぇ! ぶー、だよ!」

「分かったって」


 ぶー、だよ! というのは可憐の口癖だ。小さい頃から、いけないことをするとそう言われる。子供達の間で流行った言葉だから、私も遣っていたんだけど、いつの間にか遣わなくなった。というか普通の女子高生が「ぶー、だよ!」なんて言ったら、「お前がな」と言って頭を叩かれるだろう。可憐のキャラクターだから許されてるというか。現に、全然嫌でも気持ち悪くもないから、可憐ってすごいと思う。どちらかと言うと私なんかよりも、か弱くてぽけーっとしている可憐の方が気を付けるべきだと思うけどな。

 朝のことにこんなに過剰反応されると、放課後にあったことを話しにくいけど……でも、遅れてしまった直接の原因を話さないのも心苦しい。なんでも話してくれる可憐に、隠し事をしているというのも。言わないという可能性をちらりと見た後、少し迷ったけど、私は可憐に告げた。


「実は、放課後にも変な子に呼び出されて」

「もしかして、遅かったのって、それ?」

「うん……まぁ……」


 どこまで話そうと考えながら、辿々しく言葉を紡ぐ。結局、手紙で呼び出されて告白されたことと、相手の性別しか伝えなかった。

 夕陽を眺めながらのんびりと歩いていたのに、それは私達の日常であったはずなのに。可憐は脚を止めた。ぎゅっと組まれた腕が少しだけ痛い。恐る恐る横を見ると、そこには亡霊のような、どこか生気の無い表情をした可憐がいた。


「か、可憐?」

「手紙。見せて」

「……いや、それは」

「見せられないの? どうして?」


 ……今日の可憐、なんか変な気がする。もらった手紙は確かに鞄に入ってる。持って帰ってどうするんだって感じだけど、私と相手の名前が入ってたから。それに、どんな内容だろうと手紙を捨てるって、ちょっと抵抗がある。


「もしかして、告白してきた子、結構可愛いギャルっぽい子じゃない?」


 なんで知ってるんだろう。ここで嘘をつくことは出来る。けど、そうする必要も無い気がした私は、静かに首肯した。


「じゃあ、ぎゅってして見せつけたからもう大丈夫だよ!」

「え……?」


 いきなりハグをされて、変なのとは思ったけど……そういえば可憐は直前に何かを見てすごく怖い顔をしていた。霧奈が校舎の敷地内から私を見ていたのか……静かに忍び寄るスキル高過ぎるでしょ。


「充電ってしたやつ。あっ、可憐とのハグが当たり前過ぎて忘れちゃったかな?」

「いや、覚えてるよ」


 どっちかっていうと放電じゃねぇか。放ってるのは電気じゃなくて殺気だけど。

 可憐なりに、私に悪い虫がつかないよう気遣ってくれているのかもしれない。好意的に受け止めるとそういうことになるんだけど、朝から妙な目に遭っている私はどうしてもシンプルに考えることができなかった。そんな私の予感を裏付けるように、可憐は話を戻す。で、手紙は? と。

 圧力に負けた私は、結局手紙を差し出すことにした。まぁ書かれてるのはただの妄想なんだけど。


「……はい」

「ありがとっ! 読むね!」


 可憐の反応が気になる。私は歩こうよ、と彼女の手を引いた。自然と手を繋ぐ形になる。それでも可憐は片手で手紙を持って、目を離そうとしなかった。

 夕陽が沈んで刻一刻と夜に向かうのと比例するように、可憐の表情も段々と暗くなっていく。もう十年以上の付き合いになるけど、こんな顔、見たことがない。


「良子からの求愛って何?」

「全部この子の妄想」


 これが事実なのに、私がシラを切ってすっとぼけてるみたいで辛い。だって、ラブレターの内容が全部妄想と願望を描いたものである訳がないもん、普通。


「あの、嘘に聞こえるかもしれないけど、」

「ううん。信じるよ。良子は嘘をつくときは、可憐の目を見ないもん」

「そ、そう」


 何その癖、初耳なんだけど。とはいえ、信じてもらえて良かった。隣でぶつぶつ言ってる可憐は怖いけど、とりあえず家を目指そう。今日は、みんな疲れてるんだ。根拠はないけど、明日になったらきっと大丈夫。

 私の家が見えてきた辺りで、また可憐が足を止めた。何かを見つめて、いや、睨んでいる。え、そんな修羅みたいな顔できたの? と驚きつつも、可憐の視線を辿る。そこには、霧奈と名前も知らない眼鏡の女がいた。朝、告白してきた女だ。


「だからー。良子先輩はアンタみたいなブスお呼びじゃないから」

「はいダウト。我ブスにあらず」


 少し近付いてみると、なんかすごく嫌な言い争いをしている。あと眼鏡の子が実は美人だったとしてもあの口調の女と付き合うのはイヤ。

 呆れて立ち止まったけど、そうしたのは私だけだった。可憐はスタスタと歩み寄って言い放つ。


「二人とも、可憐の彼女の家の前で、何してるの?」


 いつ私が可憐の彼女になったのかは分からないけど、それであの二人が撃退できるならそれでいいのかもしれない。自分のつま先を見つめてそんなことを考えたけど、ビリビリと音が響いて顔をあげた。ひらひらと舞うのは、赤い紙。霧奈が私に宛てたものに違いない。


「こんなので気を引くの、やめてくれる?」

「そんな、ひど」

「可憐! それはやりすぎだ」


 私を守ろうとしてくれた可憐には悪いけど、書いた本人の前で手紙を破るなんてダメだ。学校で習った訳でも、誰かに教えられた訳でもないけど、私はそれを知っている。


「なんで!? じゃあ良子はこいつと付き合うの!?」

「こっ……そういうつもりじゃなくて! 分かるじゃん!?」


 誰かをこいつ呼ばわりする可憐なんて見たことが無くて、私は少し怯んでしまった。だけど、引かなかった。


「良子……ぶー、だよ?」

「きゃっ!」


 口癖のホラーみたいな活用法やめろ。私は可憐に突き飛ばされてバランスを崩す。鞄の中身がバラバラと床に散らばったけど、その行方を目で追う者は居ない。なぜならば、三つ巴でぎゃーぎゃーと言い合ってたから。仕方なく持ち物を拾い集めようとすると、身に覚えがないものがあった。

 プラスティックの小さいキーホルダーみたいな。四角くて黄色くて、真ん中には赤いボタンが付いている。なんだろう、これ。そこには、RESETと書かれていた。


「リセット……?」


 顔を上げると、眼鏡の子が何故か可憐と霧奈に叩かれていた。いやなんで。可哀想だって。その人ちょっと常識が無くて口調がおかしいだけだから許してあげて。今となっては、この三人の中で一番まともまであるよ。

 何がリセットされるのかは分からない、けど。試す価値はある。ボタンを押すと、めこっという感触の直後に、視界が白んだ。




 ***




 ここは、通学路だ。たった今意識を持ったというのに、何故か私の足は学校に向かっていた。さっきまで夜だったのに、どう見ても朝の通学中だ。これまでのことは夢だった……?

 校門をくぐろうとしたところで、背後から声を掛けられる。どこかで聞いたことのある声だった。


「あの」


 この声は。

 まさか。半日前の光景が、頭を過る。

 立ち止まりそうになった私の背中を、後押しするように秋風が吹く。足を止めたら、いけない気がする。


「あの……!」


 再び呼び止められた私は、さらに強く認識した。

 選択は既に始まっている、と。

 どうする、私。


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