突然跳ね起きた松坂長叛。しまった! と声を上げて辺りを見回すと、向こうの山から朝ぼらけの日が、ゆっくり昇って来るのが見える。涼しい朝の風が鼻を心地好く突いた。

 おのれ……と、長叛は悔しそうに歯軋りして、飛び起きる。またしても、庚申の日に眠ってしまった。何がいけなかったのだろう。彼には分からない。ただ確かなのは、昨夜もまた、体の中にいる憎き虫どもが天帝の許に報告に行って、寿命が縮まったということだ。

 次第に昇りくる朝日を見つめながら、長叛は唸り声を洩らした。その眼は今ではなく、六十日の後にくる庚申の日を見据えている。

 今度こそ、今度こそは……そう呟く長叛の頭上を、寝起きの鳶が鳴きながら飛んでゆく。村に目を向ければ、あちこちで昇る白い煙。

 庚申待を終えて、元の、いつも通りの暮らしが始まろうとしていた。 

(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

庚申談義 @RITSUHIBI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ